第6話「ニンジャ」

『まさかあんたと一緒に酒を飲む日が来るなんてねえ、グロッズ。

それになんだい、娘なんて連れてきてさ。

なんだいこれは、未婚のあたしへの当てつけ会かなんかかいこれは』


スプリスはだいぶ出来上がっているようで、卓についたグロッズに容赦なく管を巻いていた。


「いやあ”!ずぷりず!

おめざもずいぶんとわがくなったな”!

びっぐりじだぞ!」


『だからズプリズじゃねっつってんだろ!!

…はあ、この会話も何年振りかしら』


「そうだなあ…まじで懐かしいなぁ、この雰囲気。

まるで昔に戻ったみたいだ」


リドルゲンが酒ビンを片手にそうつぶやく。


「うむ、よく皆で宿屋の酒場で、旅先のキャンプで、こうして酒を酌み交わしていたものだ」


ガヴリノールがワインを口に含んでそういった。

私もその言葉にうなずき、杯を傾ける。


「そういえばコタロウは来るのであろうか?」


私がそうつぶやくと、ガヴリノールが髭をなでつつ答えた。


「コタロウか、また懐かしい名だ。

あやつは使命を終え、旅の終わりとともに姿を消したが…今も東国で元気にしておるのだろうか?」


「いや、元気にしておるよあやつは」


私が酒を飲みつつ答えると、ガヴリノールは心底驚いたのか酒を吹き出し、せき込んだ。


「ごホッ!ゴッホ!

…なに!?

もしやお主、コタロウとつながりがあったのか!?」


「まだもなにも定期的に手紙をよこすのでな、今回の集まりも文で知らせてある」


「あやつ…わしには文の一つもよこさんくせに…」


『あー、あいつ英雄のこと主君だなんだって心酔してたからねえ』


スプリスが納得といった感じでつぶやく。


「コタロウなあ…あいつまだあっちでニンジャやってんすかねぇ」


リドルゲンが杯に酒を注ぎつつつぶやく。


「ニンジャですか!

私も一度お会いしたいものです。

きっと冷静で物静かで、かっこいいのでしょうねえ!」


デルケが目を輝かせていう。


「ああ、やめておけ。

あいつはそのどれにも当てはまらんぞ。

まあ、実力は折り紙付きだが」


ガヴリノールが水を差し、デルケがしょんぼりと肩をすくめる。


「おで、あいづにじゅりげんつくっだ!

…大事にじでぐれでるといいなあ”」


「大事にしておるよグロッズ」


ふいに頭上で声が上がった。


「ブッ!!

何やつ!?」


ガヴリノールが酒を吹き出しつつ腰の剣に手を伸ばす。


「うむうむ、このやり取りも久方ぶりでござるな!」


見ると天井の梁に、蝙蝠さながらにさかさまにぶら下がる男がいた。


「コタロウ、もしやお前コタロウか?」


私がそう問いかけると、男は音もなく床に舞い降り、頭巾に覆われた顔でもわかるぐらいに、ニッと笑った。


「お久しぶりでございますな我が主」


「…この言葉も久方ぶりに口にするが、入るときはドアからはいれ馬鹿者。

…よく来たな友よ!」


コタロウは驚き戸惑っていたが、私は関係なく彼に抱き着いた。

コタロウも、少したってから抱き返してくる。


「主のご健在、まことにうれしゅうございます…」


「全く、森に張らせていた隠密をまあいとも簡単に抜けてくるとはな」


そういってガヴリノールは窓の外の森に目を向ける。


「毎度思うことだが、我が国の隠密も質が落ちた…というかやはりお前が異常なのか?

…コタロウ、会いたかったぞ」


「ガヴリノール様おひさしゅうございます。

いやいや、今回もあえて!あえて挑んでみもうしたが、あれはだめでございますな!

私なら、というより、私の弟子でもあれの10人20人よりましでございますぞ。

それに相変わらずの眉間のしわでございますなあ!」


「うるさいわい!

これは年相応の皺だ!」


「あ、あなたがあのニンジャなのですか!?

うわー!

感激だ!憧れのニンジャに会えるなんて!」


デルケが興奮した面持ちで、そうコタロウに問いかける。


「おお!

これはミルレシアの若君!

大きくなられましたなぁ!」


「え?

私は一度お会いしたことが?」


「ええ、まあ。

お父上の暗殺してみよっかなーと思いついた際に、寝所にいた幼きあなたを見かけました」


「えッ!?」


「気にするな、こういうやつなのだ。

私も何度命を狙われたか知れぬ」


ガヴリノールが苦虫をかみつぶしたかのような顔で言った。


「はは…」


「はっはっは」


デルカの苦笑いをみて私は思わず声を出して笑った。


『あいかわらずだねえコタロウ』


「やや、これはこれはスプリス様!

相変わらずお美し…というより、若返られました?」


『あ、そうか。

あんたはあの前に国に帰ったんだったね。

まあ、いいさいいさそれは、ほら、速く席につきなよ』


「これはこれは!

では失礼して…」


そういうとコタロウはグロッズとスプリスの間の席に、「正座」という東国の座り方で座った。


『ああよかった、これでこいつとの間に壁ができたわ』


「ごだろう!

ひざしぶりだな!

のめ!のめ!」


「はっはっは!

グロッズ殿は相も変わらず呂律が壊滅的ですなぁ!

やや、これはこれはありがとうございます」


コタロウはそういってグロッズから酒を受け取る。

そして懐から黒光りする刃物を取り出す。


「ほらグロッズ殿!

未だ手裏剣は持ってござるよ!」


「あ”あ”!

ほんどうだ!

ありがどうごだろう!

大事にじでぐれでだんだなあ!」


「ええ、これはこの地の大事な思い出の一つ。

使わずにずっと懐にしまっておりました」


「え”?

づがっでないのが?」


グロッズはどこか残念そうにつぶやいた。


「ええ、これに血を吸わせるわけにはまいりませんからな。

これはグロッズ殿との友情の証。

それに拙者はもう殺しはやめ申した」


私はコタロウの言葉に驚いた。

少し膝に酒をこぼしてしまったほどだ。


「…そうか、コタロウ。

では…」


「ええ、後継者が見つかった故、拙者はもう隠居の身にござる」


ガヴリノールはその言葉を複雑そうに受け止めていた。


「そうか、みつかったか…」


「ごだろう…」


『…』


「…それで?

いつ頃なんだ?」


リドルゲンがそう問いかける。


「ええと、今が土の月…こちらでいうところの10月でございますから。

来年の5月には使いものになるでしょうな」


「はやいな…」


私は彼の隠居という言葉に、どうしようもない悲しみを覚えていた。

コタロウはニンジャという東国の暗殺集団に属していた暗殺者で、ある要人の暗殺に失敗し、私がかくまっていた。

かくまっていた間、何年も共にした旅をおえ、彼が東国に帰ってから数年後、暗殺集団の頭領になったとの文が届いた。

私は友人が高い位についたのだと、素直に喜んだ。

それがどういう立場なのかも知らずに。


「拙者ももう65、任務を完璧にこなす身とはいえませぬ。

世代の交代というのは、案外早く訪れるものでございますなぁ」


ニンジャである彼が我々に年齢を明かすのは、絶対の信用によるものに他ならない。


「これが皆様と飲む最後の酒になりますやもしれませぬなぁ」


「ふん、なんとも簡単に言いおって!

我らの気持ちを知ろうともせぬ!」


「わかっておりますよ、ガヴリノール殿。

全くあなたと来たら鈍さは昔のままだ。

奥様も苦労されたのでしょうなあ」


「知った口を…」


「こうして、皆様の前に姿を現したのは。

ひとえに、私の弱き心のせいにございます。

本来であれば、薄れゆく記憶とともに、皆様の世界から消え失せてこその拙者、陰でございます。

しかしながら、皆様との間に培った絆、情…それらが拙者をここに連れ出しましてな。

いや、拙者もまだまだ、修行がたりませんなあ…」


「…コタロウ」


しんとした空気が部屋を包む。


「っていうのは冗談で!

単に冥途の土産に皆さんの皺面を拝みに来ただけでございます!

いやあ、みなさん、というかお二人は想像以上に老けておられて!

ぷっぷっぷ!」


「切り捨てるぞ」


ガヴリノールが剣の柄に手を掛けた。

これは本気だ。


「お!

やれるのですかなご老体!」


コタロウが発破をかける。


「こやつめえ!!」


「白刃どりチャレンジでござる!」


次の瞬間である。


ガン!ガン!


鉄拳が一発ずつ、ガヴリノールとコタロウの頭に振り下ろされた。


「お、おおお…!?」


ガヴリノールが頭を抱えてうずくまる。


「あ、あああ脳出ちゃうでちゃうう」


コタロウが弓張になって転げまわる。


「全く、あんたらはいくつになっても変わらないんだから」


私はその声に聞き覚えがあった。

この森の中で響くハープのような美しい声。

私は唐突に表れたその人物に微笑みかけた。


「久しぶりだな、シャルラ」


「ええ、本当に久しぶりね、アーロン」

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