第5話「ドワーフのグロッズ」

『さあ!

そうと決まれば飲むわよ!

今飲むわよすぐ飲むわよずっと飲むわよーッ!!』


スプリスは私をようやく解放したと思えば、食卓のテーブルについて早々とリドルゲンの酒に手をつけていた。


「実を言うとあっしは数日前からスプリスさんに酒を届けるよう言いつけられてたんでさあ」


リドルゲンは苦笑いを浮かべて私に耳打ちをしてくる。

私も苦笑いを浮かべ、一つ、また一つと杯を空ける彼女を眺める。


「彼女は冥界の守護者でもあり、酒の守護神でもあるからな…むしろ酒に関してのほうが位が高いと高祖に聞いたことがある」


「高祖って…あの?

はあ…旦那はやっぱりわかんねえとこが多いなぁ。

知り合いの神なんて一人いれば十分でしょうに…」


『リドリー!

リドリー!

酌をしなさい!リドリー!』


「へ、へいへい!

…全く、人使いの粗さは健在なんだからなぁもう」


『なんか言ったリドリー!?』


「へい、今行きます姉御!」


『今はお嬢様とお呼び!!』


「へい!お嬢!」


ガヴリノールが私の横に立ち、同じように耳打ちする。


「おい、あまり飲ませるとみなが集まる前に家を壊されかねんぞ」


「まあ、その辺りはわきまえてくださるだろう」


「わが国での宿屋での話、忘れたとは言わせんぞ。

父上はあれの弁償のために国庫を開かざるを得なくなったのだからな」


「…先王にはまことに申し訳ないことをした。

今度墓参りにはせ参じよう」


「それがよいだろう…む?」


ドンドンドン!


家の扉が壊されんばかりにノックされる。


「お”い!だれがいねえのがあ!?」


「この声は…あやつか?」


ガヴリノールがため息交じりにそうつぶやく。


「ああ…懐かしい声だ、こればっかりは変わりようがない」


野太いその声は家の窓ガラスをびりびりと震わせ、テーブルの食器を揺らす。

まるで地の底から響く地鳴りのようなその声は、まさしく地の底の友の声であった。


『あーら…酒がまずくなるやつの登場ね…。

リドリー!

あたしの杯はそれとそれとそれだかから!

あいつのと一緒にしないでよね!』


スプリスはすでに杯を何個か抱えているのにさらに杯を独占しようとしている。


「他の方が使う杯がなくなっちまいますよお嬢」


『いいから!

あいつの体についた土ぼこりが入るなんてぞっとするわ!

私はあいつにガン無視決め込むから!

声かけないでよね!』


「あ”あ”~!?

グソ生意気なあいつのごえがするぞォ?」


ドンドンドン!!


『ちっ!

もう、お酒にほこりが入るから!

追い出すなり、迎えるなりはやくしてよね!』


「おい、速く開けてやれ。

さきにあいつに家を壊されかねん」


「デルケ、頼む」


私はスプリスたちの会話を楽しそうにテーブルの端から眺めていた息子に友人を招き入れるよう頼んだ。


「はいはい!

いまあけますよ…」


ガチャ!


「お”あ”あ”!

ゆうじゃざまでねえがあ!

おひざじぶりだなあ”!

おでだあ!

グロッズだあ”!」


デルケより一回り小さい、しかし大樹の幹のような体をした者がデルカに抱き着く。


「ご、ごはあああッ!?」


デルケは苦しそうな声を上げるが、こればかりはどうしようもない。


「まあ、お前の息子も鍛えているからな。

ここは身代わりになってもらおう」


ガヴリノールがにやりと笑ってつぶやく。


「わしの息子だからな、平気だとは思うが」


私もはっはっと苦笑いを浮かべる。


「お義父さんたち!?

何をいってるんですか!?

あ、あなた?

大丈夫?」


ロレンにはすまないことをしたが、私がいまあれを受けたら骨の一本や二本では済まないから。

すまん息子よ。

これも修行だ。


「あで!?

あんだがゆうじゃざまでねが?

しだらば…ごいづはいっだい…?」


「それは私の息子だグロッズ…相変わらずだな。

元気そうで安心したぞ」


「あ!ゆうじゃざま!

ひざじぶりでずなあ!

ごのグロッズ!

でがみをみではぜさんじましだぞ!」


「久しぶりだなグロッズ、元気にしてたか?」


「ガヴリノールでねが!

ひっざじぶりだなあ”!

げんぎじでだじでだ!

…なんだぁ、ずいぶんふげだなぁお前!」


グロッズは息子を放り投げると、こちらにどすどすと歩みよってきた。

このグロッズという男はいつも扉をあけて迎え入れるとああいう挨拶をするのだ。

どうも、彼の種族であるドワーフのあいさつらしい。

これのほかに頭と頭をかち合わせるというものもある。

私は両方経験したが、頭を勝ち合わせた時は脳震盪で3日寝込んだ。


「あなた?あなた!?」


「あ、ああロレン…竜に噛まれるってあんな感じなんだろうな…きっと」


「あなた…!?」


「いやあ”!

ずまねえごどざしたなあ”!

ひざしぶりに人間にあっだもんでちがらかげんをわすれぢまってよお”!」


「話に聞いていた…ど、ドワーフに会えることができて光栄です…!

しかも、挨拶までしてもらえるなんて…かんげきだなあ…」


デルケも強く育ったものだ。

あれをされてまだ余裕があるとはな。


ふと開け放たれたドアのほうを見ると、そこには見慣れぬ少女が中をのぞき込んでいた。


「失礼しまー…あ!

おっとう!

また人間さ相手にやってしまったのか!?

こーれだから最初はあたしが入るって言ったのに!」


「お”う!

お”めもはやぐはいれはいれ!

ゆうじゃさま!

おではごいつのショウガイもかねできたんでさあ!」


すると少女はどうもーといい、頭をかきながら中に入ってきた。


「うん?

このこは?」


「あっじのむすめでさ!

ブァッジどいうでず!」


「いやブァッジじゃなくてファッジだからな。

どうも、勇者様!ガヴリノール様!

あんたたちのことは小さいころからおっとうに聞いてたよ!」


赤毛を後ろでおさげにし、オーバーオールをはおり、父親と同じ赤茶の目をした少女はそう言って私に握手を求めた。


「よろしく、ファッジ」


「ああ、グロッズに似て元気そうな子だ!

しかし驚いたなグロッズ!

お前に娘がいたのか?」


ガヴリノールが感嘆の声を上げる。

ムリもない、昔のグロッズは女っ気はなく、鍛冶ばかりに目を向けていた。


「へへ!

あのだびのあとにこしらえたんでざ!」


「そ、その言い方はやめてよおっとう…。

あたし、今年で26になるんだ!

あたし達の村じゃ女は26歳で成人を迎えるからさ!

ご挨拶にきました!」


「へえ!

じゃあ僕たちと同い年か!」


デルケはロレンに肩を貸されながらそういった。


「わあ!

皇太子さま!

はじめまして!」


「ああ、はじめましてファッジ。

君は26にしてはその、ずいぶん小さいね?」


「そうね、まだほんの子供みたい」


デルケとロレンは不思議そうにファッジを見つめる。

ファッジが少し恥ずかしそうにしているを見かねたのか、ガヴリノールが声を上げた。


「そうか、二人はドワーフに会うのは初めてといっていたな。

ドワーフ族というのは我々人間と比べて随分と長命だ。

彼女のようにまだ年若いドワーフ、まあ二十代なら人間でいえばまだ十代がいいところだろう」


「まあ、要するに彼らは我々の二倍近く生きるのだ。

みためもそれに比例して変化する」


「おでは今230ぐらいがなあ?

どぢゅうでがぞえるのやめぢまっだげど」


髭もじゃのグロッズが笑いながら口にする。

デルケとロレンはそれを聞いて目を丸くしている。


「おっとう…」


そういって肩を落とすファッジのそばにデルカが近寄って行きロレンの後ろに隠れた。

デルカは何も言わないが、歳の近く見えるファッジに興味を抱いたのであろう。


「おお、デルカ。

いい機会だ、ファッジと友達になってもらいなさい。

…といっても、見た目は近いとはいえ、26歳と5歳では…」


デルカはロレンの後ろに隠れ、ファッジの様子をうかがっている。


「あたしと友達になりたいの?」


「う、うん…」


「うーん…でもなあ、あたし26歳だよ?

もうだいぶお姉さんだけど、いいの?」


「うん、へいき…!」


「ふーむ…いいよ!

あたし、このこのお姉さんになる!」


ファッジの予想だにしない言葉に私は驚いた。


「家を案内してよ!デルカ!

良いでしょおっとう!勇者様!」


「い、いいおとうさん?」


私は二人を見て顔をほころばせ、もちろんいいよと答えた。


「ああ、行っておいでデルカ」


「お外に出てはだめよ」


「ばっはっは!

ながすんでねえぞブァッジ!」


「おっとう、うるさい!

いこデルカ!」


「うん!」


駆けていく二人を見ていると、旅のことをおもいだす。

旅の中で得た仲間たちは、ああいう風に友になりながら増えていったのだった。


「昔と比べ、今は種族間の壁もだいぶ低くなった。

あのように子供たちが偏見なく付き合っていける時代は、すぐそこに来ているのかもしれんな」


ガヴリノールが感慨深そうにつぶやいた。


「じづをいうと、あれはユグノールどのあいだででぎたこどもなんでざあ…」


グロッズは穏やかな目で二人を見つめつつ、そうつぶやいた。


「おお!

ならユグノール嬢はどうした?

今日は一緒においでではないのか?」


私がそう問うとグロッズはうなだれた。


「…病でざきにいっぢまいました」


私がその言葉に衝撃を受け声を発しようとする前に、真っ先に反応したのはスプリスだった。


『…そうかい、ユグノールは逝ったかい…』


そういってスプリスは杯を空けた。


「ずぷりず…」


『あんたはかわらないねグロッズ。

あんたは嫌いだけど、うれしいよ。

私が眠っている間に、友人がいなくなってるっていうのは…なんだかあれだねえ。

さびしいってのはこういう感情なのかって、おもいしらされるねえ』


スプリスの顔はこちらからではうかがい知れない。


『さあさ、みんな。

未だ人は集まり切っちゃいないけどさ、お互い報告したいことは山ほどあるだろ?

子供たちは遊びに出たんだ、大人は大人で、酒でも飲んでまってようじゃないか』


その言葉に、私やガヴリノール、デルカやロレン、それにグロッズもお互い目を合わせてうなずき、スプリスと疲れ切ったリドルゲンの座る卓へとこしかけるのであった。

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