第3話「大海賊」
ガヴリノールはあたりを見回した。
「ところで、他のものは未だ来ておらんのか?」
「ああ、息子たちを除けばまだお前だけだ」
「ふむ、今日は誰が来るのだったか?」
「うむ、まずリドルゲンは来るじゃろう。
手紙を送ったら返事がわりに酒ダルを5本も送ってきおったからな」
「リドルゲン!
ははは!
なんともあやつらしい…今はなにをしてるのであったか」
「あやつも今や名高きリドリー通商連合の頭目じゃよ」
ガヴリノールはそれをきいて嘆息し、ロレンの引いた椅子に座りこむ。
「海賊だったあやつが一国家の頭目か…お前と私であやつを更生させたのが懐かしい」
ガヴリノールがそういって昔に思いをはせていると、ゴドンと重いものが床に落ちる音が部屋に響いた。
「おっとォミルレシア王?
その話は酒の席じゃないと許さねえですぜ」
よく見ると床に落ちたのは酒樽で、転がってきた先には一人の男が立っていた。
男は棒義足をこつんこつんとならしながらガヴリノールに近寄っていく。
「リドルゲン!
ははは!この粗忽者め!
まだ約束の時間には早いのではないか?
お前だけには明日に来るよう招待状を出したはずだが?」
ガヴリノールは男の肩をつかみ、前後にゆする。
その小太りで無精ひげを蓄えた男はいかにも海賊といった風体だが清潔感があり、白いシャツになめし皮のマント。
左目に眼帯をつけ、右足は義足。
そして、船一隻の船長である証のキャプテンハットをかぶっていた。
「ケッ!
あんたのそういう底意地の悪いとこは変わってねえなぁガヴリー!
今日という今日はお前を酔いつぶさせてやるから覚悟しろよ!」
「ははは!
…よく来た、リドルゲン。
おまえ、少し太ったのではないか」
「…ああ、最近は海から離れてるからな。
それにしてもひさしぶりだなガヴリーの旦那、呼んでくれてうれしいぜ」
「礼ならあやつにいえ、お前を正式に招待したのはあやつだからな」
「ん?」
ガヴリオールはそう言って私のほうを腕をくみながら指さした。
「あ、ああ…」
私を見て、リドルゲンは時が止まったかのように静止すると、やがて目の端いっぱいに涙を浮かべ、私のもとへ義足を引きずりながらかけてくる。
「…だんな!だんなぁ!」
「リドルゲン…!
元気だったか!」
「ヘイ!
長らく連絡することができず、大変申し訳ねえ…!
おれぁ、俺ぁ…あんたに胸張って報告できるように頑張って…!」
「私もお前のことが気がかりだった…!
お前が返事をよこしてくれた時どんなに胸が安らいだか…あの時、お前の足を私が…」
「足のことならもういいんでさ!
旦那に救ってもらった命に比べたら俺の足なんぞ屁でもねえ!
弟…妹もみんないい嫁に旦那を見つけて…それで…!」
「リドルゲン…」
「こうして俺が生きていられるのも全部旦那のおかげです!
やっと…!やっと…!
あんたに面と向かって礼をいうことができた…!」
「よく来てくれたな…リドルゲン。
私は嬉しい、うれしいよ」
「へい、ヘイッ…!」
ルドルゲンは私の膝の上で泣き続けた。
私は彼の背中に手を当てていた。
…
「いやあ!
だらしねえとこをお見せしてもうしわけねえ!
俺ぁリドルゲン!
リドルゲン・フォン・ロズマイヤーでさ!
今年で62になりやす!
どうぞお見知りおきを…」
そういってリドルゲンは深々と丁寧にお辞儀をした。
するとデルケが一歩前に進み出た。
「わ、私はデルケ!
デルケーラ・リズです!
父がよく話してくれた大海賊、「片足のリドリー」にあえて光栄です!
これは私の妻、ロレンです」
「はじめまして、リドルゲン様」
「こ、これはこれは皇太子夫妻ではありませんか!
や、やめてくだせえ!
皇太子であるあんたに…大恩人の息子にそういわれたんじゃ立つ瀬がねえや!
俺こそあんたにあえて光栄ですぜ!
あの子がこんなに大きくなるなんてなあ」
「いやあ…」
「…おじさん海賊なの?」
デルカがデルケの後ろに隠れながら問いかける。
「おう!そうだよ!
泣く子も黙る大海賊!
片足のリドリー様とは俺のことさ!
坊主、名前は?」
「で、デルカ…」
「デルカ?
デルカってえと…」
「ふふふ…」
ガヴリノールは耐えきれないとばかりに口を押えて笑う。
「私の孫じゃよ、リドルゲン」
「わしの孫、ミルレシア王国第一王子である」
「で、でえええッ!?
ま、まじかよ!
こ、これぁ申し訳ねえことを!
失礼しました王子!」
「ははは!
そんなにかしこまるな!
わしの知ってるそなたは無礼で粗忽でかつおおらかな男であったぞ」
「い、いやぁ、おれも今や一国一城の主ですんで…。
いろいろと礼儀とか嫁やら部下やらに叩き込まれてるんでさあ」
「お前の口から礼儀という言葉が出てくるとはな!
かわったなあリドルゲン!」
リドルゲンは恥ずかしそうに頭をかきながら、周囲を見渡す。
「へへ!
…あれ、おっかしいな」
「ん、どうした?」
リドルゲンはひげを触りながらに私のほうを向いてつぶやいた。
「いや、先に来てると思ったんですがね。
来るときに馬車で追い越されたんで」
「む?誰のことだ?」
「それは…」
バアン!
音を立てて家の扉が開け放たれる。
『まあ!
随分とこじんまりとしたおうちにお住まいなのね私の英雄は!』
蛍のような、火の粉のような光を纏わせて入ってきたのは少女。
蔓の王冠をかぶり、花のようなドレスを身に纏った少女だった。
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