第2話「勇者の剣」
家の中は息子たちが来るということで、比較的いつもより片付いていた。
「うわあ…父さん…ちゃんと家の中を片付けなきゃダメじゃないか」
「む」
「今日はたくさん人が来るんだから、ほらロレン…は座って休んでて、デルカはちょっとだけ片付けるのを手伝ってくれ」
「はい」
「…うん!」
「すまんな…片付けたつもりなんじゃが。
どれわしも」
「父さんが触るとものが崩れるから、できればソファでじっとしてて」
「う、うむ」
言われるがままに私はソファに身を落とす。
…うむ、息子も我妻によく似たものだ。
静かな家に、また家族の声がこだまする。
目を閉じ、こうしているとセーラがいたころを思いだす。
…
『…ねえあなた』
『どうした、セーラ?』
『私、あなたと一緒になれて幸せよ』
『…僕もだよ』
『…あの子を、宜しくね』
…
「うわ、懐かしい。
こんなものもとってあったのかい」
息子の一言で、私は我に返った。
見ると、デルケは布のかぶさった木の箱から、小さな木の剣とつたない革張りの盾を引っ張り出してかまえていた。
「それをもって走り回っとったお前を、つい昨日のことのように思い出す」
デルケは思いだしたかのように、軽く剣を振り回す。
「あはは、そうだね!
なつかしいなあ…たしか父さんも、じいちゃんからこれをもらったんだよね」
「ああ、そうだよ。
先祖代々伝わる、我が家の宝剣だ」
デルケは手にもつ削れていびつな木の剣と、つぎはぎだらけの盾をまじまじと見た後、こちらに振り返った。
「なあ、これもらってもいいかな」
「いいもなにも、それはもともとお前の勇者の剣だよ」
「…デルカ、ちょっとおいで」
デルカはよたよたと運んでいた木箱を床にどんとおいて、デルケのもとへ走りよる。
「なあに父さん」
「…これは僕がお前のおじいちゃんから受け継いだ大事な剣だ。
それにこの盾、これはおばあちゃんがぬってくれた思い出の盾だ。
…急な話ですまないが、お前にこれを預かってもらいたい」
「…」
デルカは恥ずかしそうにもじもじしている。
それを私は大変ほほえましく思い、思わず笑みがこぼれる。
「これを持ったら、お前はもう勇者だ。
誇りを持たなくちゃいけない、いいね?」
デルケはよく覚えているものだと感心した。
息子が今言っていることは、私が十数年前息子に言ったこととうり二つであるからだ。
「うん…わかった」
「よし!
じゃあ今からお前は勇者デルカだ!」
デルケから剣と盾を受け取ったデルカは嬉しそうに振り回しながら駆けていった。
「振り回して家のものを壊しちゃだめよ!もう…」
ロレンがその後を慌てて追いかけていく。
「さて、もう少し片付けなきゃね!
ビックなお客様も来ることだし…」
「デルケ」
「うん?」
「立派な、立派な勇者になったな」
「…な、なんだよいきなり!
び、びっくりするじゃないかもう!」
デルケは耳まで真っ赤にしながら箱を持ちあげて片付けていく。
いくつになっても愛おしい、我が息子だ。
「…おじいちゃん」
いつのまにいたのか、デルカがソファのすぐ近くに立っていた。
「お、おおデルカ、どうした」
「…これなぁに」
そういってデルカが差し出したのは、一枚の古びた紙だった。
「おお、それはな…それはどこにあったのだ?」
「本の隙間にささってた…」
「そうかそうか、そんなところにあったか。
いや、ながらくさがしていたのだ…ありがとう」
「あ、これおじいちゃんだね」
そういってデルカは絵の中の一人の青年を指さす。
「…おお、わかるのかデルカ。
すごうのう、その通りじゃ」
「なんです?
うわあ…すごい、きれいな絵ですね」
私の肩に手を置いて、ロレンが後ろから覗き込んできた。
「うむ、そうじゃな。
きれいな絵じゃ」
そこには5人の人間と亜人が描かれていた。
「…あら?」
「ん、どうしたロレン」
「…この方、どこかで…あ!」
「…この人、もう一人のおじいちゃんに似てるね」
「え?」
それをきいたデルケが運んでいた本を床に降ろし、近づいてくる。
「どれだい?」
「これ」
デルカが指さす人物は、まるで鷹の目のようにキッと引き結ばれた目つきで、微笑みを浮かべた青年だった。
その青年は私の隣に立ち、私と肩を組んでいた。
「…いや、これは本当にすごいな。
話は本当だったんだね父さん」
「本当も何も、結婚式の日にお互い認めておったろうが」
「いや、それでも信じられなくてさ…でも、これを見て信じたよ」
そのとき、バタン!と音をたてて扉が開く。
「うん?一体何をだ?」
「うわあ!」
デルカが突然上がった声に驚いて飛び上がる。
「ははは!
驚かせてすまんデルカ!
しばらく見ぬ間に大きくなった」
「…お、おじいちゃん?」
「あ、あなたさまは!」
デルケがその姿を見て、おもわず跪く。
「よい、面をあげよデルケ」
「お父様!
お久しぶりでございます!」
「おお、ロレンシア。
ハネムーンはいかがであった」
「はい、幸せをかみしめる2週間でございました」
「そうか」
その男は高めの身の丈に白髪に白髭を蓄え青い瞳を持ち、豪奢な身なりに赤いマント、そしてミルレシアの王たる証である王冠をかぶっていた。
ミルレシア王、ガヴリノールその人である。
「ガヴリノール…」
私はあまりに感極まり、目に涙を浮かべ腕をひろげて王へと抱き着いた。
「友よ…息災であったか」
王もまた、私をこれでもかとばかりに熱く抱きしめた。
「結婚式以来だな…息子が迷惑をかけておらんかガヴリノール」
「お前の息子だ、わしは何も心配はしておらん。
娘がデルカを甘やかし過ぎておるほうがわしは心配だよ」
「まあ!
お父様だってデルカにはもう甘々のくせに…!」
「そうなのか?
ガヴリノール、お前がか!?」
「う、ムム…それは、まあ」
ガヴリノール王はぐうの音も出ないとばかりに腕を組んで黙り込んだ。
私は抑えきれずに声を出して笑った。
「はははは!
剛健王ガヴリノールも孫の前ではでれでれか!
ハハハハ!」
「ふん…なんとでも申すがよい…」
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