ミルレシア戦記
アシュミー
第1話「時の丘」
冒険の物語には何より主人公が必要だ、主人公がいなければ誰が魔王を打ち倒したり、石となった亡国の姫君を甦らせたりするだろう。
主人公になる機会は物語によってさまざまだ、あるものは生まれながらにして勇者たる力を持ち、あるものはたゆまぬ努力によってあらゆるものを打ち倒す魔力を手に入れる。
そう、物語の主人公となる機会というものは、そうじて若いうちに訪れるものなのだ。
私の場合、それは若さに満ち溢れた青年の時代からは程遠い頃に訪れた。
✳︎
それは私が70歳になった誕生日の時だった。
妻に先立たれた私は、この時の丘に一人で住んでいた。
周りはうっそうとした森に囲まれ、私の家はその森の丁度ど真ん中にある丘の上に建っていた。
森の名前は「泣く子も黙る魔物の森」、泣く子も黙るのあたりからが森の名前だ、ながったるしいと思う。
「父さん!」
丁度畑で作業をしていた私に後ろから声がかけられた。
息子のデルケの声だ。
「おお、おお!
来たか息子よ!」
私は鍬を放り出し、デルケのほうに駆け出した。
息子もことらに駆け出し、私たちはお互いに固く抱擁した。
「久しぶり父さん!
2年ぶりだね!」
息子の顔は2年前よりもさらに精悍さが増しており、だんだんと自分に似てくる顔つきをみて私は顔をほころばせた。
「おうおう、見るたびに立派になりおって!
お前はもういくつになるんだ」
「いやだなあ父さん!
それを聞くのは僕のほうさ!
今日は父さんの誕生日じゃないか、そんなことはいいから!
ほらデルカ、おじいちゃんに挨拶なさい」
そういってデルケの後ろから出てきたのは、息子によく似た小さな男の子だった。
恥ずかしそうにデルケのズボンに顔をうずめ、こちらのほうをちらちらと見てくる。
「おうおう、前にあったときはカボチャほどの赤子であったのに。
大きくなったなあ、デルカ」
「…こ、こんにちは…おじいちゃん」
顔をあからめ、そういう孫の姿は思わず身じろぎしてしまいそうなほどかわいい。
「うむうむ…」
「お義父さん、お久しぶりです」
デルケの後ろからこれまたかわいい息子の嫁が顔を出す。
自慢の息子の自慢の嫁だ。
「おうおう、ロレンもよく遠くから来てくださった。
しかし体調は良いのか?
おなかの子に触るのではないか?」
ロレンはお腹に新たな命を宿していた。
大きく張ったお腹を大事そうにさすり、恥ずかしそうに頬を赤らめている。
「デルケが支えてくれるので、平気です」
「そうそう、なんたって俺は父さんの子だからね。
伊達に母さんとの惚気を見てきてないよ」
デルケはロレンの肩に手を乗せてにこりと笑った。
「はっはっはっ!
いうようになった、いうようになった」
私は腰に手を当てつつ、上を仰いで笑った。
「そうだ、森で変なことはなかったか?」
「森でかい?
いや、とくには何もなかったけど?」
「そうか、それならよい」
「魔物の森って名前の割には、いつ来ても穏やかで平和な森だよね、ここは」
「そうだな。
うむ、ここは冷える。
お腹の子に障る前に家に入るとしよう。
ほれほれ」
「ああ。
…うわ、これまた立派なかぼちゃじゃないか父さん!」
「本当!
とってもおいしそう!
ね、デルカ」
「…うん!」
そのとき、私はこの家と森の出口をつなぐ一本道の入り口を見ていた。
風で葉が飛ぶ道の真ん中に、一頭の大きなワーグが現れた。
「…」
それは私と目が合うと、すぐに森に入り、姿を消した。
「父さん?」
「…おお、すまんすまん。
今はいる」
息子が明けてくれているドアから家へと入り、私は家の戸を閉めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます