第5話 ごはん

「さぁ続きを話そうか。ここからは私が実際に体験したことだよ。


あれはいつのことだったかな。


良く晴れた夏の日のような気もするし、刺すような寒さの雪の日だった気もするし、暖かな日差しに微睡みたくなるような春の日のような気もするし、豊かな実りにみちみちた秋の日だったのかもしれない。もうそれすらわからないぐらい昔の話さ。


その日私は先代の博士と助手に呼ばれ特別な料理を食べたんだ。」


「先代ってどう言うことですか?」


「かばんは聞いたことないかい?フレンズが寿命やセルリアンに食べられて死ぬと同じ種類の動物だけど別のフレンズが生まれてくるって話を。


現にペパプは3代目のようだし、もう昔を知っているフレンズなんて私ぐらいなものだと思うよ。」


「そうなんですね。」


昔ロッジで見たサーバルちゃんはきっと前のサーバルちゃんだったんだろうな。どんな子だったんだろう。


「さて話を戻そうか。


とおいとおい昔、まだパークにヒトがいた頃の話さ。」




「博士、助手、一体どこまで行くんだい?」


図書館の地下、無機質な雰囲気の漂う廊下を進み続ける。


「不思議な感触の石だね。」


滑らかでひんやりとした感触は今までに体験したことがなかった。


「それはコンクリートというヒトが作った石なのです。」


「じゃあこれもヒトが作ったアトラクションなのかい?」


「アトラクションとはちょっと違うのですよ。」


「ここは研究所。いわば学問を究めるところなのです。」


「へぇ。

でもどうしてそんなところに行くんだい?

たしか料理を食べに行くんだろう?」


「そうなのですよ。ここでしか食べられない特別な料理を食べに行くのです。」


「特別か。フフッ、それは楽しみだね。」


無機質な青白い蛍光灯に照らされた通路を歩くこと10分ほど、前方に変わった形の扉が現れた。


「ついたのです。」


「?」


「カイト、扉を開けるのですよ」


「博士、助手、それからタイリクオオカミさん、待ってましたよ。さあこちらへ。」


私たちを出迎えたのは白衣を着て中性的な顔つきをした研究員、カイトだった。


あぁ中性的というのはね、ヒトの中でも雄だか牝だか区別がつきにくいような格好のヒトのことを指すんだ。この場合だとフレンズ化前の性別がよくわからないと言ったほうが正しいかもしれないけどね。


後で知ったことだが、彼はもともと雄だったのにこの島に長く居すぎたせいでフレンズ化してそんな見た目になってしまったらしいよ。


「ようこそ、研究所へ。」


「ここは何をやっているところなんだい?」


「タイリクオオカミさんははじめてですからね。ここはサンドスターによって生まれるフレンズとセルリアンに関する研究をしている施設です。」


「そんなところで料理かい?」


「フレンズ向けの食料開発の一貫として料理に関する研究もなされているのです。」


「ジャパリまんもここで開発されたのですよ」


「その通りです。

なので皆さんには新しく開発した特別な料理を食べていただこうかと」


「そうなんだね。」


彼に導かれいくつもの扉と分かれ道を進み、テーブルと椅子がある広い部屋、所謂所員食堂に到着したんだ。


奥の厨房で最後の仕上げをしますんでお掛けになってお待ちください。


そう言うと彼は白衣もそのままにカウンターの奥へと消えた。


すぐに芳しい匂いが厨房から漂ってくる。


「こっこれは。」


「匂いだけでも、じゅるり。」


「とても食欲を誘う匂いだね。いったいどんなものなんだろう。」


「お待たせしました、今日は新作のシチューです。」


以前ガイドさんにつくってもらったカレーににている気もしたがそれよりも濃い色と独特の優しい香りが別物であることを静かに主張していた。


「いただきます。」


私以外の3人は合言葉のようにそう唱えてから食べ始めた。


私もつられて匙を口へ運ぶ。


滑らかな口触りに深みのあるコクと旨み。よく煮込まれた具材。


あまり料理を食べたことのない私にもこれはとてもてがかかったおいしいものだということがわかった。口の中でとろける具材に夢中になって匙を掬う。


あまりに夢中になってしまい私も博士も助手も一言もしゃべらず黙々と食べ続けた。


「ごちそうさま。」


3人は胸の前で手を合わせなにやらおまじないのようにそういった。


そして食べてからというもののなんというか体が熱い。まるで熱病にでもかかったかのように体の芯から熱が溢れてくる。


無性に狩りごっこがしたい気分になってきた。


「さてオオカミくん。満足してもらえたかな?」


急にカイトの口調が変わったようにも思えたけどこっちのほうが素の状態なのかな、なんてあまり気には留めなかった。でも思い返せばこの瞬間から運命の歯車は回り始めていたのかもしれない。


「とても美味しかったよ。ありがとう。」


「それは良かった。それで、食後の運動なんて如何かな?実はね、この子と狩りごっこをしてほしいんだ。」


カイトが取り出した写真には木の間に潜むエゾシカのフレンズが撮されていた。


「するのは構わないけどどうしてなんだい?」


「あぁ実はね、この子は治療が必用な病気にかかっているんだ。我々としても早く直してあげたいのだが・・・・・・警戒心が強くてね。彼女に近づくことすらできないでいるんだ。」


「そこで私の出番という訳かい?わかったよ、早速行こうじゃないか。」


「物わかりがよくて助かるよ。」


「それで、私は狩りごっこをして彼女を取り押さえればいいのかな?」


「あぁそれなんだが、彼女はここにつれてきて検査をしないといけないんだ。だからオオカミくんには彼女を取り押さえたらこの薬を与えてほしい。キャップをはずして腕か足に軽く射すだけだから簡単だよ。」


そういって彼が渡してきたのは鉛筆を少し太くしたぐらいの大きさのキャップのついたクリーム色の筒だった。それがペン型注射器と呼ばれる道具だと知ったのはずいぶんあとのことだったね。


「これを腕か足に射せばいいんだね?」


「あぁそうだよ。そうするとどんな子もぐっすり眠ってくれるからね。その間に治療をするんだ。」


「ああ、わかったよ。」


こうして私は初めて彼らの狩に参加することになったのさ。




「今になってみるとおかしな話だよね、かばん。フレンズになれば病気も怪我もしないというのに治療が必要だなんて。でもね当時の私はなんの疑いも持たずにそれを信じきっていたんだ。彼女のために成ると思って全力で狩りごっこをしたわけさ。」




「オオカミくん、本当に助かったよ、ありがとう。」


私が取り押さえ、薬で眠らせたエゾシカのフレンズは枷のついたストレッチャーに固定されそのまま大きな車で運ばれていった。


「博士、助手、それからオオカミくん。次は一週間後においで。また一緒に料理を食べよう。」


「わかったのですよ。」


「ありがとう、またごちそうになるよ。」


こうして私たちは別れたんだ。


まさか彼女があんなことになっているなんてこのときは思いもしなかったよ。まぁ博士と助手は知っていたみたいだけどね。



つづく

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