第41話 激闘

 宇喜多の陣中でも、突然鳴り響く鉄砲の音に騒然となっていた。

「騒ぐでないぞ。徳川の謀かもしれぬ。物見の報せは」

 秀家は平常でいるよう伝えさせた。ただでさえ長い戦闘で神経がピリピリしているのに、苛立って焦っては一番この大切な戦の勝機を失ってしまうからだ。


「申し上げます」

 前線からの物見が秀家のもとに駆けつけた。

「只今の鉄砲は、井伊直政の軍勢から放たれたものでございますが、兵の数は以外にも少なくございます。しかし、この音で福島隊に慌しき動きが見られます。まもなく、仕掛けてくるやも知れません」

「よし、わかった。直ちに応戦の構えを敷け!敵を一歩たりとも、踏み込ませるな」

「殿!この全登にお任せあれ」 


 明石掃部頭守重は全登と号し、秀家の最も信頼する重臣の一人であり、宇喜多軍の約半数近い八千の兵を指揮していた。全登は夜明けからの霧の状況から、双方の布陣する隊形がわからないままでは、霧が晴れてもすぐには戦闘にはならず、昼ぐらいに始めるのではないかと思っていた矢先であり、不意をつかれた感じではあったが、事前の準備はできていたので、即応での戦闘態勢を命じた。全登は、隊を縦列に配して、鉄壁の陣を敷いており、前面にも鉄砲隊を重点的に配して、敵襲に備えた。


 福島正則は即座に鉄砲隊八百を前面にたてて、宇喜多隊に対して発砲を命じた。

「放てッ!」

ダ、ダーン

 四隊に分かれて次々と発射される火縄銃の音が、関が原の山野に響き渡った。

「槍隊前へ」


 ついに前進が開始された。この時刻とほぼ同じくして、他の陣営でも慌しく動き始めた。

 東西の陣営から、狼煙が上がりはじめた。戦闘開始の合図であった。霧も晴れ上がっていた狼煙は、遠目にもはっきりと確認できた。こだまして響いて聞こえていた銃声は、戦闘が始まった音であることが、その狼煙で確認することができた。


 黒田長政は目標はただ一つ石田三成しか眼中になかった。黒田隊は遮二無二石田隊を攻め立てた。それに加わるのは、加藤嘉明、細川忠興、筒井定次らの諸将であった。何ゆえ、多くの東軍武将が石田隊に殺到したのは、やはり三成討つべしの念に執着していたからにほかならない。特に、黒田長政は精鋭の武将を選抜して、密かに石田の本陣に切り込ませようと企んでいたのである。


 先駆けに鉄砲を放って溜飲をさげた井伊隊は、宇喜多隊の正面にはいかず、島津隊の陣地に殺到した。少数といえども、御家にためにと遠く本国から救援にかけつけた強兵たちが揃う島津隊は結束も固く、しかも防戦に徹していたので、そうやすやすとは島津勢を駆逐することは不可能であった。


「一歩たりとも敵を柵より内に入れるでないぞ。逃げる兵は追うでない!」

「オゥー!」


 石田隊の前線を指揮するのは、勇猛で名を馳せる島左近である。左近の兜は、三尺ほどの朱の天衝の前立てがあり、遠目にもよくわかるが、その兜を見ると皆震え上がるほどの威圧感があった。その左近は馬上にあり、片手に槍を持ち、もう片方にはたを持って、

「掛かれ、掛かれい!」

 と兵を率いて柵からうって出た。黒田隊と対峙し、いざ勝負という頃合に、側面から近づいていた黒田隊の鉄砲隊から突然銃弾を受けた。黒田の銃隊隊将の菅野六之助は銃兵を率いて島隊を射程に入れると一斉に射撃した。その銃弾により石田隊の兵は倒れ、左近自身も銃弾を受けて、馬上からドッと落ちてしまった。重傷であった。が、従兵に肩をかつがれ何とか、柵内まで後退する。左近は最期の時が近い時を自覚していた。島左近が怪我を負ったということで、士気は萎え、石田隊は押さ気味になっていた。細川隊、加藤隊、田中隊、戸川隊、生駒隊と石田隊へ争うように殺到していた。石田の陣営は前衛は入れ乱れ、第2陣の所でかろうじて支えていた。


「左近殿、下がって手当てを受けられませい」

「何をこれほどの傷、たいしたことはござらぬ。この左近が死ぬことは決してござらぬ。敵が退散するのを見届けるまでは、三途の川は通れぬわ」

「しかし、このままでは」

「手をかせい!」


 左近はかろうじて起き上がると、前線へ出ていった。

「左近殿!」

「何をしておる。押し戻せ!」

「ものども、左近殿が戻ったぞ。それ、押せ押せぃ」

 前線は乱戦になっていた。いつのまにか、左近の戦う姿は、敵味方の中から消えて見なくなっていた。誰もその最期はわからなかったし、首も見つかっていない。


「島左近殿!討死にぃ!」 


 本陣に届けられた左近の死は、三成を愕然とさせた。三成自身もこの戦いが負けるのではないかと思った瞬間だったが、まだ戦は始まったばかりであり、鍵となる小早川隊の動向次第と考えていた。


 細川、加藤の挟撃で、第一線は徐々に退きはじめていたが、まだ蒲生郷舎らが踏みとどまり防戦していたので、本陣のある笹尾山まで突進できていなかった。倍以上の兵の攻撃を受けながら、石田隊は予想以上に奮戦していたのである。


 三成の盟友大谷吉継は、寡兵ながら藤堂隊、京極隊と対等に渡り合い、小西行長は織田有楽、寺沢広高らの隊と白兵戦を展開していた。特に寺沢隊の攻撃は激しく、前衛は破られ、行長は鉄砲隊を以てこれを阻止しようとしたが、寺沢隊の勢いを止めることができず、行長の本陣まで迫っていた。また、宇喜多隊と福島隊は熾烈極まる激闘をくり返しており、双方の旗幟が入り乱れて、どちらが優勢か全く見当のつけようがない状況となっていた。


 特に明石全登が率いる前衛の槍衾の威力はすさまじく、なかなか突破することができず、福島正則自身、苛立ちを隠せなかった。


 井伊隊も宇喜多勢に当たっていた。木俣守勝は銃隊を率いて、宇喜多隊に銃撃を加え、突進したが、なかなか隙を作ることはできない。明石隊は福島隊を四町ばかり後退させるほどの突進力を見せた。


「退くな!敵には後続の兵はない。恐れずに押し返せ!」


 福島隊はなんとか元の場所まで押し戻したが、再び押され、戻し、そんな一進一退の状況が続いた。


 可児才蔵も余りの激戦に討ち取った武将の首を掻ききることができず、口に笹をくわさせて標識として、のちに笹才蔵の異名をとったほどの激戦であった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る