第8話 三成襲撃の失敗と三成失脚
福島正則はいの一番に清正の元を訪ね、今こそ豊臣に巣食う
「清正殿、いま三成を成敗せなんだら豊臣家の安泰ならず。
「わかっておる」
清正はしばらく目を閉じてじっと考えこんでいた。三成排除こそ彼らの念願なのだ。三成が政権の座の一人としている限り、豊臣家を危うくすると思い込んでいた。そこまで、三成は悪者呼ばわりされていたのだ。そこへ、黒田長政殿、浅野幸長殿、池田輝政殿の返書が届けられた。清正はそれを灯明のあかるい所で読んだ。
「正則殿、決まり申した。皆同じ意見でござる。今宵決行する」
「清正殿、来た甲斐があったというもの。三成の首わしが必ず頂戴仕る」
「いや、わしが貰う」
清正の迫力にさすがの正則もたじろいだのだった。
石田三成は前田利家邸に在邸して利家の臨終の知らせを受けていた。そこへ秀頼の旗本桑島治右衛門が利家邸を慌てふためいた形相で現れ、三成に面会を申し出た。三成と桑島は懇意であった。かって三成は桑島を太閤殿下に推挙し、秀頼の旗本として仕えるようになったからで、桑島は三成に多大の恩を感じていた。桑島は偶然清正らが三成を討つという陰謀を聞いたのであった。
(これは、一大事にて、すぐに知らせなくては三成殿の命が危ない)
と感じた桑島は、三成の居場所をすぐに探して、注進に及んだのであった。
「治右、いかがいたした?」
「治部少輔殿、清正らが今宵命を狙っておりまする。すぐに何かに御隠れあそばされ」
「やはり、その時が来たか!しかも今宵とは。大納言殿が薨じたというに何を考えておる。今、わしが
(どうすればいいのか?)
「治部殿の籠を使うわけにはいきませぬ」
「うん、そうじゃ、わしの兄の籠がある。それに乗ってひとまず邸に戻ろう」
「それは良い考えとは言えぬ。籠は良いが、邸に戻るのは正体を知らせてしまうもの。秀家邸に向かい事情を話すかしあるまい」
「兄上に事の次第を話し、早速ここから逃れよう」
三成は兄とともに秀家の邸へ入った。自分の邸は見張られているのは明らかであり、飛んで火に入るわけにはいかないのだ。
秀家邸に入ると、宇喜多秀家と上杉景勝に自分の命が狙われていると告げ、今後どうすべきか対応策を側近らと話をしていると、佐竹義宣が伏見より兵を伴い駆けつけてきた。
「治部殿、聞き申したぞッ」
「大納言殿が薨じた途端、刃を向けようとは、甚だ嘆かわしい。彼らの性根は腐っておる。内府の心が見えぬのか」
「そこじゃ、この際内府に事の次第を申し入れ、騒ぎを止めねばならぬ。止められるのはもはや内府しかおらぬ」
「しかし・・」
「内府もこちらから話を持っていけば、事を荒立てることできまい。そこが狙いじゃ」
三成は少し思案してから言った。
「わかった。そう致そう」
「治部殿とわしとで伏見に向かう。治部殿は伏見の邸にて潜んでくれ。わしが内府殿と話をつけてくる」
「よし、よろしく頼む」
佐竹義宣は家康の邸を訪ね、家康に三成が清正、政則らに命を狙われており、今は伏見の石田邸に
(願ってもない事が先方から来たわい)
と家康は思いながら、義宣と対面していた。
「治部少輔殿の大阪での一件もうわしの耳に入っておった。して、どうしたいと申されるかのう」
「内府殿、ここは騒ぎを抑えるため和議に致したく、この佐竹がかわって内府殿にお願いする所存」
「うんうん、和議と」
「さすれば、大納言殿も薨去された今、世上をこれ以上騒がすような事態になれば、故太閤殿下に申し開きができませぬ。ここは穏便にするためには、内府殿のお力が必要と存じ、罷り参った次第でござる」
「よかろう、お互い紛争すれば、民に迷惑がかかろう。人肌脱ごうではないか」
「ありがたく存じます」
佐竹が帰った後、家康は本多正信と井伊直政を呼んで、三成のことをどう処置するか協議した。
「佐渡よ、三成のこと、聞いておるな。ここは清正らとの仲裁を致して置こうと思うが」
「それで、引き退りましょうか」
井伊兵部少輔が言った。
「大納言殿がいなくなり、清正らを止める武将がいなくなったのでござろう。いっそのこと三成を討たせてはいかが?」
家康が答えた。
「仲裁を聞き入れなんだら、仕方あるまい。三成には討たれてもらうしかあるまい。だが、他に思う仔細あらば、仲裁のこと是とするしかあるまい」
「殿、その仔細とは」
本多佐渡守が問うた。
「佐渡なら、石田の振舞、どう処分致すか?」
本多は家康の眼差しを見て、しばらく考えたのち、答えた。
「さすれば、殿と同じ考えでござる」
「そうか、ならばそういたそう」
家康は、早速清正らに対し使者を派遣して、仲裁に入った。気の荒い福島政則は息巻いた。
「内府殿に、ぜひに治部少輔を引き渡して貰いたいと伝えていただきたい。もう堪忍袋の尾が切れ申した。治部少輔の首をとらねば気がすまぬ」
「政則殿の憤り、わかり申すが、ここは殿が仲裁せよとのお言葉。何とぞ聞き入れてもらわねばなりませぬ」
「いかに内府殿の仰せといえ、これ以上許せぬのじゃ」
「それで秀頼公もお喜びなさいましょうや」
「なんだとー!」
「それほど本意を遂げられたいのであれば、殿がお相手になると申しております。これでも本意を遂げらるるか」
「なんと、内府殿が相手致すと。かくまで・・申さるるとは」
清正は律して使者に告げた。
「そこまで内府殿がお考えとあらば、内府殿に免じて今日の所は諦めるといたそう」
「わかってくれたか」
使者は伏見に戻り、清正らの本意を止めたことを家康は聞いた。
(治部のこと、どういたそうか)
本多に考えがあることを示唆したが、家康はどう三成を処分するかまだ考えが決まっていなかった。
後世の創作で、三成は家康邸にわざわざ逃れ匿ってもらったとされるが、面白い話として作られたようで、敵の手中に逃れる手は実に面白いが、事実は伏見城の石田邸に逃れて臨戦態勢を引いていたようである。
家康は家臣の酒井忠世と中老の一人中村一氏を使者として、三成の邸に遣わした。
「治部少輔殿、天下の騒動になろうとしていたことは、貴殿に関わってのことでござる。秀頼君が幼少のおり、これ以上どちらの理非を糾明すべき時節ではあるまいと考え、何も委細なことは聞かぬこととする。しかし、貴殿にはひとまず佐和山にでも還って隠居されるがよろしかろう。いずれご子息の隼人を五奉行の列に加え、領地なども相違なきように沙汰をいたそうと内府のお言葉じゃ」
(このわしを隠居さすだと・・)
「仰せの言葉ありがたく存ずる」
三成は隠居を受けるとも承諾せず
家康が酒井から三成はすぐに承諾には及ばなかったことを聞いた。
「治部よ、受けねば命はないぞ」
と、ポツリと言い放った。
三成はどうすべきか迷った。このまま隠居しては、家康が天下を取ること間違いあるまいと思うからである。上杉景勝が重臣直江兼続を伴い、さらに佐竹義宣が三成邸を訪問した。
家康の使者が来て、隠居を進めて来たことを三成は語った。
義宣が言った。
「内府が考えそうなこと。治部殿を失脚させた上、
「うむ。隠居をせねば、再び争いになりましょう。だが、こちらは治部殿お一人。先方は内府をはじめ、七将以外にも参戦する武将がおりましょう。こちらには全く勝ち目はござらぬ」
兼続が三成にどうすることもできないことを言った。三成は争うになった時、今のままでは佐竹も上杉も自分に味方する理由はないことを知っていた。
「ここは、隠居を受けて、時勢を見守るしかないか」
三成は仕方がないような言動で言った。
「殿、気弱なことを言ってはなりませぬ」
後ろで聞いていた、島左近が口を挟んだ。
「軽々しく領地に還り、隠居を致すなど得策ではござらぬ。七将の面々が難題を申すも、皆内府の指し金であることは明白。詮もなき内府の言葉に従い、軽々しく佐和山へ下がるのは内府の思う壺。万一、道中不慮の出来があれば、世の笑いものでござる。当家の兵は集めれば一万余はござる。佐和山より兵を呼び寄せ、四隊に分け、二千は某が率い、二千は舞兵庫、二千は蒲生備中に託し、残り旗本衆三千にて、先ずは浅野左京大夫の館を襲い火をかけ、他の大名の屋敷にも火をかけ、内府の邸を襲撃いたす。内府も時を稼ぎ逃げおそうとすること必定なれど、大阪からの諸将が着く前には、内府を討ち取ること容易いこと。内府さえ討ち取らば、他の諸将は屈して秀頼公をもり立てていきもうそう。たとえ、相違して当家が滅びても、秀頼公のためになるものと信じまする」
三成はじっくりと聞いていた。間を置いてから言った。
「左近のいうところ、全く一理あることであるが、今は得策とは思わぬ。佐和山へ還ると決めた決意は揺るがぬ。ここはわしに任せてくれ」
「殿が左様に言うのであれば、これ以上口は挟みませぬ」
「左近、上杉殿、佐竹殿とまだ話がある。ちと席を外してくれ」
「はっ」
三成は、景勝、兼続、義宣と4人で密談を始めた。その内容はいかなるものか、それはその後の、それぞれの行動によって推測するしかなかった。
佐和山に隠棲すると決意した三成は、早速家康に対して使者を送って、内府殿の仰せに従い隠居いたし、それに伴い領地の佐和山に向かうことを告げた。
「治部殿にお伝えしてくれ。道中安心なように秀康に送らせよう」
三成としては、帰還の途中に命を狙われるかも知れず、家康も秀康を警護に連れて置けば、万一、不測の事態が生じても、言い訳がたつであろうと考えてのことだった。
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