第3話

「・・・ん。・・・さん。」


昔の夢を見ていた。


雨が降るとカッパを着て、お気に入りの長靴を履いて。水たまりで遊ぶんだ。色違いの傘が揺れる。


「・・・さん。・・・水野さん。」


・・・そうだ、昔は雨が好きだった。


いつから、嫌いになったんだろう。


そう思った次の瞬間、耳元で響くクラクションの音。飛んでいく水色の傘と、子供の悲鳴がこだまする。


・・・座り込んで泣いているのは、


「水野さん。」


誰?




「水野さん、おはよう。」


目を開けば目の前に橘くんの顔があった。

すぐに状況を飲み込めなくて必死に頭を回転させる。


昇降口ではるかと別れて、雨が小雨になるまで待とうと思って、下駄箱の横に座って・・あ。


「私、寝てた?」

「うん、とても器用に。」


この前の私の台詞を真似して、橘くんはくすくすと笑った。そして私の隣に腰掛ける。


・・・まさかこんな所で寝る事ができるとは。


「何か夢でも見てた?」

「なんで?」

「いや、呼びかけても全然起きなかったからさ。」


夢。

見てたような、気もする。


「・・・覚えてない。」

「そっか。」


外を見ればまだ雨はだいぶ小降りになっていた。

これなら帰れるだろう。


「水野さん、雨止むのまってたの?」

「んー、そう、かな。」


何となく答えづらくて小さく答えれば、橘くんは特にこの前の事を追求することもなく、「俺も帰ろー」と笑った。


そのまま一緒に学校を出て、傘をさして歩く。

この前雨宿りした場所からして、家が近いかもしれないとは思っていたが、帰る方向はほとんど同じだった。


「水野さん、学校たのしい?」

「・・・なんで?」


急に核心を突かれた質問をされて、少し動揺する。


「いや、なんか。いつもつまんなそうだなーって思ってた。」


橘くんの顔を盗み見れば特にいつもと変わったことは無く、相変わらず眠そうな表情。


それなら深い意味はないだろう、と私も当たり障りのない答えを返す。


「普通に楽しいよ。橘くんこそ、なんかちょっと不思議な立ち位置にいるよね。」


私がそう聞けば橘くんはふっ、とわらって私の方を向く。バチリ、とそのまま目が数秒間あって、思わず逸らしてしまった。


「あんまり騒がしいのは得意じゃない。皆いいやつだけど、集まると騒がしいからね。」

「・・・そっか。」


橘くんの目は怖い。とても綺麗で、でも鋭くて。私の中のぐちゃぐちゃな真っ黒いもの全てを、見抜かれてしまいそうな気がした。


そこからは特に大した話をする訳でもなく、2人で並んで帰路へとついた。

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