第12話

入口に警備はいなかった。もしかすると、入り口手前で焼いたと思われる二人が警備だったのかもしれない。ここにくると聞いて、前もって見張らせていたのか、元々警備についていたはずが、気が逸って待ち伏せして返り討ちに遇い、さらに本来の警備という役目も果たせなかったということなのか。

後者の説が強そうだが、あんな一瞬で倒せてしまったのならどのみち警備の役目も果たせなかったろう。


入口の幅と同じ通路を、三十メートルくらい歩いたところで通路が二つに分かれる。どちらも同じ作りで、どちらにいけばどこに行くかは検討がつかない。


「困った」


右か左か、文字通り右往左往していた。

ここで足を止めて迷っても仕方ないと、ハクはある方法を決行する。

そうだ通路を焼いてしまおう。


「火龍」


腕を横に伸ばして、ハクは手のひらから二体の炎のドラゴンを生み出す。

ドラゴンというよりも、顔だけドラゴンの炎のお化けのような見た目だが。

サイズはハクの背丈より少し大きいくらいで通路を半分以上は占めている。

こんなサイズのものが、通路を通ると廊下にいる盗賊どもは巻き添えを食うだろう。

だいたい悲鳴が上がると思うので、悲鳴のするほうに向かえばよくはないだろうかというのが、今回の作戦である。


「いけ」


二体の炎のドラゴンは、ほぼ同時に両方の廊下をまっすぐ突き進む。

五秒くらいしたら右側から悲鳴が聞こえてきたので、多分右側に人がいたのだろう。

心の中で南無と唱えておく。別に祈るつもりはないが、顔を見なかったのでせめて形だけでもそうしておく。

近くにいったら確かにまだ炎が上がる死体が転がっていた。焼け焦げた肉の匂いが廊下に充満して、鼻をつまんで側を通り過ぎた。

こんなとき周囲の空気を変化させる魔法でも覚えておくんだったと、特に必要性のない生活魔法でも使い道があることを知った。


十メートルほど歩いたところで、少し騒がしくなった。さすがにさっきの悲鳴を聞いて盗賊の仲間が駆けつけてきたのだろう。


「見張りのやつの悲鳴が聞こえた。あっちだ!」


「例の侵入者か!?」


通路内は音が逃げる場所がなく、意外と遠いところの音が丸聞こえ。聴覚に作用する魔法をかけなくても、話声が聞こえてきた。どうやらこちらの存在は、ふつうにばれていたらしい。

おそらくおいてきた村人たちだろう。

元々殲滅するつもりできたので、どちらにしても構わないと言えばそうだが。


どんどん足音が近づいてくる。それに合わせてハクは一歩、一歩と歩くたびに加速しながら前方へと突き進んでいく。


「いたぞ侵入者だ!」


前方に二人。どちらも武器を持っているが、そのセリフを吐いた瞬間にはすでに剣が届くところにハクの体はあった。

狭い通路で剣を縦に振ると、天井に引っ掛かりかねないので、斜めから振り下ろす斬りこみでまず一人、仲間の飛び散る鮮血を見て青ざめたもう一人は、無防備で隙だらけ。振り下ろしたあとの返す刀で、もう一人は下から斬りあげる。

特に大きな物音を立てることなく、敵を二人葬ったつもりだがさっき最初に斬った男が叫んだせいで気づかれたかもしれない。


ここが洞窟なのが幸いして、壁に耳を当てると物音がよく聞こえる。

若干音が入り乱れた感じだ。おそらく気づかれているのだろう。透明化の魔法でも覚えておくのだったと後悔する。覚えるべき魔法のリストに付け加えておく。


兎にも角にも向かうべきは物音のする方。ゆっくりと罠を警戒しながら長い通路を進んでいく。

十歩くらい歩いたところで、足元に罠があることに気づく。

簡単なワイヤートラップ。足がワイヤーに引っかかると岩が落ちてきたり呼び鈴が鳴るというタイプのものだろう。

こんな見え見えのトラップにかかるやつは相当間抜けそうだが、仕掛けたやつはもっと間抜けなようで、その先に透明なワイヤーを張って二段構えのようだが、生憎通路の松明の灯りで照らされて無駄にテカテカしたワイヤーが丸見えなのだ。


一応これらすべてブービートラップかもしれないと踏んで、さらにその先を見る。定石通りなら落とし穴か抜け穴が仕掛けてあるに違いない。

そこまで用意周到なら、さっきの間抜けというのは訂正するが、バレている時点で意味のない罠である。


重圧グラビティプレス


確かめるために二本のワイヤーの先に、成人男性一人分くらいのGをかける。

睨んだとおりGをかけた場所の床が抜けた。

二本のワイヤーを避けようと飛び越えていたら、抜け穴にドボンだった。盗賊というから侮っていたが、罠の腕は確かなようだ。ハクには通じなかったが。


この罠の攻略法は簡単で、ワイヤーを燃やして床を飛び越えればいい。

種がわかればなんてことはないのである。

飛び越えて罠を回避したのはいいが、さっき罠を確かめるために、地面を崩したのがまずかった。盗賊の一味がドタドタと走ってくる音がする。


「何回も面倒だ」


その手に取り出したのは、魔力を剣の形に留めた刃のついていないもの。しかし色々属性を付与することができる。

火属性なら切った相手を丸焦げにもできるだろうが、火がどこかに燃え移って火事になったらこのせまい洞窟内なら一酸化炭素中毒での全滅もありえる。だから切っても被害の少ない氷属性を付与する。

そして迎え撃つのも面倒なので、こちらから出て行くことにした。


通路を抜けると、少し広い四角い箱のような場所に出る。四方に通路の入り口があることから、連絡路でないかと思われる。

そこに駆け込んでくる五人ほどの男たち。

手には刀剣を持っているのみ。

まず出会い頭に先頭にいる男を斬りつける。

男はどうにか回避しようと、後ろに飛び退くがわずかに腹にダメージを受ける。


「あ、危ねぇ…斬られるとこだっ」


言い切るまでの時間はなく、男の体は急速に氷に閉ざされた。


「このガキッ!」


仲間がやられたところを見て、今度は二人掛かりで大振りの構えで飛びかかってくる。

大振りで隙だらけの体に、弧を描くような回転で斬りつける。

ハクにその刃が届く一歩手前で、二人の男は凍りついた。


「あと二人」


ギロリと男二人を睨みつける。目の前の光景を目にして肝が小さい男は、気が動転して武器を構えて向かってきた。


「待て馬鹿野郎!」


言っても遅い。ハクの刃に籠る冷気は、その言葉をかけられた直後に男を氷像へと変えていたのだから。


「静止したってことは、あんたは話が通じると見ていいんだな?」


「助けてくれなんて言わねえが、降参するよ」


男は武器を地面に落とし、両手をあげた。降参したとはいえ、この男も盗賊なれば細かな動きでなんらかの武器を出してくるかもしれない。用心だけはする。


「じゃあとりあえず色々聞かせてもらおうか」


















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