第11話
二人が眠るハク目掛けて振り下ろしたナイフは、ハクの体にドスッと刺突音とともに、ハクの体から血を撒き散らし、その命を奪う…はずだった。
ナイフは、ハクの体から五センチほど上で静止。
二人の体には、暗がりで見えないが鎖のような模様が手足を縛るように全身に広がって刻まれている。
「こ、これは…」
「体が動かない」
「一定条件で発動するトラップ型の魔法、
と、解説しながらゆっくり体を起こす。
「いつだ…そんな素振りはないように見えたが」
「いやいやあっただろよーく思い出してみるんだな」
と、レリックとザックは記憶の中の一瞬を振り返る。
二人にはただ一度、ハクに触れた瞬間があることを思い出した。
「あのときか…」
それは最初に挨拶代わりの握手をしたとき、すでにハクは二人にこの魔法を仕掛けていた。
ハクがもし、最初から二人を信用していたら今この瞬間死んでいたに違いない。
腹の読み合いは、先手を打ったハクの勝ちのようだ。
「俺はあんたらを信用した瞬間は一度もなかった。
盗賊に襲われた、尚且つ人が拐われているなら誰かぎ取り返しに行くこともありえる。だが、今誰一人帰ってきていないということは、人質を取られて命令されている人間もいる可能性を考えた」
案の定その可能性は当たり。この二人は盗賊に命令されて、ハクを殺すために案内役を買って出たのだ。街からかなり離れた場所なら見つかりにくいし、殺した後死体を埋めるか燃やすかすれば、盗賊にやられて死んだとか言いようはいくらでもある。
「大方嫁か子供が人質なんだろうが、多分死んでるぜ」
ハクのぶっきらぼうな物言いに、二人の表情が怒りに染まる。
「別に顔見たわけでもないんだろ?盗賊が約束守るとも思えないし」
それは二人にとって最も考えたくない現実だった。
いや、わかっていたが目を逸らしていた。盗賊がただの、しかも襲った街の住民の言うことなど聞くはずがない。
「その魔法は一日経てば自動で消えるから」
と、ハクは二人を尻目に歩き出そうとする。
近くにいても眠るに眠れなかったからだ。
「ま、待ってくれお願いだ。もし妻が生きていれば救い出してほしいっ」
無様だった。取り戻そうと挑み、人質を取られ、殺そうとした相手に乞い願う。
「俺にも四歳の娘が捕まっているんだ」
二人して生き恥を晒すいっそ哀れに見えた。
力無きものとは、このように恥を飲まねばならない。
ハクは返事も返すことなくその場を立ち去った。
無関心ではなく、ハクなりの優しさでもあった。
結局まだ夜明け前で、まだ寝足りないのか適当な木に登って寝ることにした。
木の上に行くにあたって、足の下に魔力をこめて背伸びする感覚で、下から押し上げればあたかも宙を浮くように登れるようになった。
かなり魔法の扱いに慣れた証拠である。
「
案内がなくなったことで、自力で山の中を探す羽目になった。とりあえず魔力が多量に集まっているところがそうだろう。
当たりをつけて探すと、案外近くに見つかった。これが魔獣とかだったら面倒だが、一ヶ所しか見つからないのでおそらくそこだろう、そこでないと困る。
とりあえず宛はできたので、安心して夜明けまで寝直すことにした。
夜明けとともにハクは再び歩き出す。
場所は北東に、測ったわけではないが感覚的に三キロほどの山。
正直今ほど乗り気でないことも少ない。助けに行ったが、人質は死んでましたって展開が予想されすぎて、現実を知らないままのほうがいいんじゃないかとも思う。とはいえ、長老から土地をもらう約束をしたことだし、何もせず帰ってきましたでは約束を果たしたことにならないし、せめて盗賊団の団長の首だけでも取って来なければいけない。
そもそもハクが土地を欲しがるのは、畑を作ろうと思ったからである。
というのも、金が苦しいと言いながらジェシカが街の店で色々買ってくるのだ。このままだと、ろくに収入のない姉弟は飢える日が来る。それを避けるために、牧畜は難しいが野菜を育てる畑を作ろうと考えたのだ。
どうせ元の年齢くらいの歳に成長したら出て行くつもりの家だが、その前に飢え死にさせられては堪ったものではない。
考え事をしながら歩くと距離は短いもので、道なりに進んでいたら盗賊のアジトと思われる山の麓まできた。
岩山ではなく、普通の山を削って作ったらしく、探索に少々骨が折れることを覚悟した。
覚悟したら迷うことなく森の中に足を踏み入れた。
山の木々というか、原生植物が巨大すぎて目の前が葉っぱしか見えない。
「鬱陶しいっ!散れ!」
怒鳴り声とともに鋭利な風がハクを中心に吹いて、周囲の草木を切り倒して行く。
そこらでメキメキとか、木が倒れた音とかが響いているが、ハクは気にせず拓けた道を進む。
ちょうど切り倒したことで、洞穴らしきものの入り口も発見できた。
「よし行ってみるか」
意気揚々とそちらに向かう。
と、背後から忍び寄る気配二つ。
これに気づかないハクではない。むしろ一定範囲に結界を形成し、索敵は常に行っていた。
「螢火」
ホタルのように淡く光る炎の球が、ふわふわと二つハクの掌から飛び立つ。炎の球はゆっくりだが確実に近づく二つの気配に向かっていく。
そして触れた瞬間炎は二つの気配を飲み込んだ。
後ろで悲鳴のような声が聞こえてくるが、気にしないことにして先を急ぐ。
入り口付近に人影はない。元々潰すつもりで来ているため、コソコソするつもりはない。
ハクは洞穴の入り口を潜った。
これが盗賊団対ハクの長きに渡る戦いの火蓋を切ることになることは、まだ語られぬ物語。
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