第10話

依頼を受けてハクはいそいそとリュックのなかに必要そうなものを詰め込む。

とはいえ、たかが盗賊団にそこまで重装備も必要ない。あるとすれば魔法の使い過ぎで急速に空腹が襲ってくることを心配して、食料を多めに持っていくことだろう。

魔法とは魔力還元して使うものだが、使用者のスタミナもやはりいくらか持っていかれる。

スタミナ切れで肝心なときに力が出ないなどあってはならない。


「ねえハク本当にいくの?」


「行くよ」


「待ってお姉ちゃんは許さないよ。ハクが行くことない村の大人たちがいけばいい」


戦いの前となるとこのジェシカという女は、止めようとしているのかガミガミとうるさい。心配しているのはわかるが、いい加減理解がほしいところである。


「姉ちゃん俺なら大丈夫だから」


「あなたいくつだと思ってるのよまだ七歳でしょ。それも怪我がやっとなおったばっかりなのにまた危ないところに行こうとしてる」


「だったら姉ちゃんは捕まった人たちはどうでもいいって、放っておいたら勝手に助かるって?」


とか言ってみたが、ハクも実際どうでもいい。顔を合わせたわけでもなく、まして自分の利益になるわけでもない人間のためにしてやることなどたかが知れている。

しかしまあここで情に訴えるのはジェシカにとっては有効打になる。こういうときに使うのが一番だとハクもわかっていて言ったのだ。


「どれくらいで帰ってくる?」


「明日には帰ってくるかな」


長老の話では盗賊のアジトは山の中を一日歩かないとつかないらしい。

かなり遠出になるが、体の治り具合を確かめるにはちょうどいいだろう。


「気をつけてね」


「おう」


短く返事して家をあとにする。

盗賊団のアジトまでは村人の中から二人、案内に同行することになっていて街の外で待機しているらしい。

街の外に行くと確かに二人、とても屈強そうには見えない矮躯であるが、農夫としては十分な画体の見た目三十後半くらいの男が待っていた。


「あんたらが案内してくれるのか?」


二人の見分けとしては服の色とのっぺりとした髪型と、角刈りというぐらいしかない。


「俺がレリック」


こちらはのっぺりとした方。


「ザックだ」


残ったこちらが角刈りのほう。

よろしくと挨拶とともに、手を握る。

二人の手はいつも農具を振っているのがよくわかるぐらいゴツゴツとしていた。


三人の盗賊討伐一行は、街を離れて東の山に向かって歩き出す。

道すがら盗賊団についての情報を聞き出す。

盗賊団は、これから向かうところ以外にも支部があり、別の元締めが世界のどこかにいるらしいとされているが、その名前や顔を知る者はなく元締めのアジトすら掴めていないという。

どこかの山に洞穴を作って、そこを根城にするのがどこでも共通らしい。まるでモグラのようだ。


歩いていると、三人の上を巨大な影が三つ通り過ぎた。

目で追うと、三頭の空飛ぶトカゲが大空を滑空していた。ドラゴンというには小さく、いわゆるあれはワイバーンというやつだろう。


「驚いた…ワイバーンがこんなところを飛んでいるなんて」


レリックが空を見上げて言った。


「珍しいのか?」


「この辺には餌になる草食魔獣が生息してないからな。本当はもっと遠くの岩山で、岩山に住んでる岩ネズミが生息してるところを縄張りにしてるはずなんだが」


岩ネズミとは、名前の通り岩に擬態するネズミである。

見た目はアルマジロに似ている。


「もしかしたら住処にしてるところに何かが出たのかもな」


ザックが神妙な面持ちで言う。


「何かって?」


「ドラゴンとか、ゴーレムとか」


「ドラゴンは嘘だろあれは何百年も前に絶滅したらしいじゃねえか」


ーードラゴンそれは歴史に名を残す生態系の頂点。

鱗は鋼で砕くことはできず、爪は鋼をいともたやすく裂き、口から発する灼炎は如何なるものも焼き尽くすとされ、トカゲの体にコウモリの翼を持つ。聖獣グリフォンと並ぶ伝説の生物である。

太古の昔にドラゴンはどこにでもいるとされていたが、人間たちがドラゴンの体内で生成され、人が手に持てば魔力を増幅する龍石を求めて、竜狩りを始めたおかげで、世界の龍は絶滅したとされる。

一説にはどこかにドラゴンたちの棲まう里があるらしいが、見たものは誰もいないので噂でしかない。


ーーゴーレムの定義は曖昧である。人が泥から作って動かすものもゴーレムなれば、自然になんらかの要因により動き出した自然もゴーレムと呼ばれる。

溶岩を纏ったゴーレムや、森の木々、或いは海から出てくるゴーレムもいる。

これらに動物的意思はなく、何かに導かれて動き出す。


「その様子だとどっちも外れてそうだな」


ハクがそう言うと、そうだなと頷いて話は打ち切りになった。

ちなみにあのワイバーンたちは、乗り手がいてワイバーン同士で速さを競わせるレースの最中だったのだが、わりと田舎の方にある街の人たちはそれを知らない。


ハクたちが歩く道には魔獣は出てくることなく、一日目に歩くはずだった分は達成し、夜が更けてきた辺りで野営をすることにした。

男三人の飯となると、料理とも言えないが簡素なものになってしまう。

川で釣ってきた魚を焼いて塩をまぶしただけの塩焼きだが、男飯ならこれくらいがちょうどよかった。

その夜は焚き火の火が消えるまで、色々話を聞いたり話したりして過ごした。

薪をくべずただ燃えて消えゆくまでだったからか、そこまで長い時間ではなかったが、誰かと話すことの少なかったハクにとってはいい刺激となった。

そして火が消えたのを確認して眠りについた。一応魔獣除けの結界を張って、寝込みを襲われることのないようにした。






ハクが寝静まった頃、二つの影はむくりと起き上がった。

二人で暗がりで相槌で合図を送り合うと、腰に差したナイフを取り出し、音を出さないように忍足で近づく。

二人は人を殺したことなどない。まして、今から殺そうとするのはまだ七歳の子供、躊躇しないわけはなかった。

だが、踏み止まるわけにいかない理由が、この二人にはあった。

呼吸を整えて、乱さないよう落ち着けたあと、その眠るハクに向けてナイフを振り下ろした。







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