第9話
ハイエナロックとの一件から一週間。魔力の使い方を覚えたハクは、まず自身の治癒を魔法によって行うことにした。
魔法を外に放出することはできていた。つまり、自身の内側で魔力を循環させて基礎代謝、つまり再生能力を高めることも可能ということだ。
戦いの次の日にわかったことだが、アドラメレクで消費した魔力は、朝には全回復していた。どうやらこの体は魔力吸収がかなりいいらしい。
とはいえ、アドラメレク以外に発動した分は回復していなかったことを考えると、ハクの魔力量はかなり大きいらしいので、回復量を勘違いすると魔力切れでまた倒れる羽目になる。
このことをジェシカにいうと、お祝いをしようとか言い出して、無駄に高い飯を買ってこようとしたので慌てて止めた。
あれは親バカならぬ姉馬鹿と言っても過言ではない。
そんな感じで一週間も立つと、罅が入っていた足の骨は急速に癒着し、今では杖なしでも歩き回れるようになっていた。
まだ筋肉量が足りていないので、重いものを運ぶ作業などはできないが、筋トレなどをして取り戻している最中だ。
壊れた街のほうは、住民たちの力でなんとか復旧作業が完了し、元の街並みを取り戻していた。
今回の度重なる襲撃を見て、街の周囲には柵とハク特製の罠が設置された。
このことからハクと街の人たちとは、余所者から住民へと関係が変わったことがわかる。
手のひら返しと言えばそうだが、所詮人の評価は移ろいやすいものと知っているハクは、その辺は許容できるぐらいには大人のつもりだ。
ハクは自分の体が動かない間に、やりたいことを考えていたが、筋肉量を戻すのが先ということで、現在魔力を使った腕立てならぬ指立て伏せをしていた。
これは魔力のコントロールを間違えると、指が折れる極めて危険なトレーニングだが、見た目はただ指の力がすごい人が腕立て代わりにやっているようにしか見えないので、真似するべからず。
一方ジェシカの方はと言えば、街の復興が進んだこともあってわりと家で暇をしていることが多い。
ハクが読み漁った魔法の本を読んで「私もできないかな」と、魔力も対してないのに練習しているようで、ときおりハクに魔法の使い方というやつを聞いてくる。
ハクも感覚でやっているところがあって、教えるのは難航している。
そもそも魔力がほとんどない人間にどう教えたものか。
例えるなら、腕がない人間に文字や絵の書きかたを教えるようなもので、教えたところでできるわけもない。
仮に口を使ってできるにしても、大したものは出来上がらない。まぁつまりそういうことである。
それでも暇つぶしになるならと、ハクも仕方なく結果を知りながら教えるのである。
「ハク〜やっぱりできないんだけど」
と、このように助けを請うように甘えるのはいつものこと。
「うーん…」
ここで悩んでいるのは、どうやれば使えるようになるかではなく、どうやれば諦めさせられるかである。しかし本気でやる気のジェシカは、ハクの思考している様子を見て、どうにかなるかと期待しているらしい。
と、そこに玄関の戸を叩く音がする。
ハクは思考中で動く気配がないので、ジェシカが戸を開ける。
「邪魔するぞジェシカ」
長い髭を蓄えた青いローブの老人が入ってきた。
二人のまだ若そうだが、成人と見れる風貌の男を連れて。
「何者(なにもん)だ?他人の家にくるのに護衛付きなんて無粋な爺さんだな」
男の一人がハクの物言いに食ってかかろうとしたが、老人が「よい」と、制す。
「ジェシカお前の弟は、頭は良さそうじゃが、ちと礼儀は足りておらんな。しかし、小僧の言うことも然り、このような振る舞いをしたことは詫びようすまなんだ」
と、老人は頭を下げる。
「長老一体うちに何の用ですか?」
「いやの、少しばかりそこの小僧に頼みごとをしにきたのよ」
「頼みごと?」
ハクとジェシカは揃って首をかしげる。
「まずは経緯はどうあれ、ハイエナロックの脅威から街を守ってくれたこと、結界により我らの安全を守ってくれたことに感謝する。そして今までこうして出向いて恩赦の言葉一つ言わなんだこと、重ね重ね謝罪する」
感謝はされてるらしい。確かに発端のさらに発端を探ると、ハクがこの街に来たからということになるので、確かに素直に感謝と行かないのは仕方ないことだろう。
「今まで来れなかったのは、小僧の素性がわからず街の者と議論し、今回のことを踏まえて信用してよいと判断し、その上でここに参った」
いきなり現れたやつに対していきなり信用しろというのが無理な話。
と、オルバを殺したハクの狙いは実はここにあった。
生かして逃がせば敵とつながっていると勘違いされるかもしれないが、殺しておけば敵ではないことをアピールでき、かつ街の人に溶け込みやすくなる。
そこを考慮した上での行動だった。
「話はわかった。用件を聞くぜ」
「実はちょうどお前さんがきたころに、盗賊が街に攻め入ったことがあってのぅ」
それはまさしくちょうど、ハクが街にたどり着いたころ、ハクがその盗賊の一味の一人を蹴り殺したことがあった。おそらくそれだろう。
「そのとき殺されたものもいたが、なかには連れ去られたものもおる」
盗賊に掴まったというと、大抵嫌な予感しかしない。奴隷か売られたか女なら慰み者にされてるかもしれない。もしかしたら連れ去ったあとで殺されることもあるだろう。
「正直わしもどうなっているのかわかりかねるが、わしら街の者全員の頼みじゃ頼む小僧の実力を見込んで盗賊たちから街の人間を取り戻してほしい」
このとおりだと、さっきから謝りっぱなしの長老が初めて床に頭をつけて頼み込む。ついでにさっき食ってかかってきていた二人の男も、同じように七歳の子供相手に頭を下げている。
「待ってください長老!ハクはまだ七歳ですそんなところにハク一人だけ行かせるなんて私が許しません」
と、ジェシカが反対するのも無理はない。と、これに至っては先の戦いを結界を張ってなにもできない歯痒い思いをさせたことがハクの失敗でもあった。もちろんそれ以外に方法はなかったのだが。
「その話に俺が乗ったとして見返りは?正直な話を言うと、俺はその街の人間を誰一人として知らねえし、死んでたって特段悲しむようなことは一切ない。それでも俺に行かせるにはなんらかの見返りがあるんだろ?」
護衛の二人がさすがに我慢しきれなくなったのか、殴りかかってこようとするが、オルバに比べて動きが遅い。しかもただいま筋トレ中のハクは魔力を組み合わせれば普通に農夫ごときに負けるわけもない。
二人の攻撃ともとれないただ拳を振り回しただけの攻撃を、ひらりと躱してちょうど背中辺りに手を当てて、瞬間的に魔力を流し込む。それこそ電気ショックのように。
すると、男二人はその場で動けなくなり殴ったまま固まってしまった。
魔力の訓練をしていて磨いた無力化の術である。これは魔力が少ない人間ほどよく効くらしく、自分の魔力で相手の体を制御するのがキモだ。ゆえに、抗うだけの魔力がないほうが都合がよい。
「話の続きなんだがどうなんだ?」
「小僧がなにを欲するかわしには検討もつかんが、我が孫娘と婚約とかでもよいぞ」
この街に永住するならそれも魅力的ではあるが、別に永住するわけでもなしむしろこれからを考えればかなり邪魔になる。それは遠慮しておこう。
となるといま必要なものを計算したとき、こういうときに一番ほしいものを考え付いた。
「そいつは遠慮して、俺からの提案だ。街の一部を俺の土地にしてほしい」
「ほう?つまりは小僧に街の一部を明け渡せと?」
「そういうことだ」
長老はしばし考えた。そういえば荒れ果てはいるが、そこそこ広いところが空いていたことを思い出し、そこを渡すということでその条件を呑んでくれた。
「交渉成立だ」
「ではよろしく頼むぞ」
と、長老と無理矢理家の外まで歩かせた護衛たちは帰っていった。
「ハクこのまえ私が言ったこと覚えてる?」
一難去ったあと、ジェシカの怒った顔が近くにあった。
「危ないことはするなだろわかってる」
「わかってないでしょうが。なんでこううちの弟は危ないことしなきゃ気が済まないのかな~?」
といっても、盗賊の集団ならいまのハクであれば余裕で勝てる。
問題はそのあとだ。
「とりあえず心配せずに待っててくれよ。そのあとでいいもの見せてやるから」
と、ハクはなにかを企んだ顔でにっと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます