第7話

夜更けの誰もが寝静まった時間に、決戦を前にしてハクは街の周囲を歩き回っていた。音を立てることなく、ただそこらへんで拾った鉄パイプを引きずって地面に絵を描いて遊ぶ子供のように、ただ意味もなく線を引き続けた。

街はそれほど広くもなく、ろくに歩けないハクでも一時間もすれば周囲は歩き回れた。


「これでよし。今日はここで寝るか」


街の外れにある廃墟と思しき場所に腰掛けて、ふと月を見上げる。

今日は満月で、月明りがとてもきれいに瞳に映る。


「どこも変わんねえな月ってのは」


地球とも変わらないキレイな星と、地球ではありえないほどの満天の星空の下で、ハクは静かに目を閉じて眠った。






遠くのほうからなにか大きな音がする。そんな音に釣られてハクは目を覚ました。

何事かとぼやけた頭と目で街のほうを見ると、度重なる襲撃に備えて配備した見張りの警鐘を鳴らす音だった。

ハクは真っ先にジェシカのいる家を目指し決して早くはないが、なるべく急ぐように歩いた。

街のほうでは早朝だというのに慌ただしく、どこへ逃げるかなどと騒いでいる声が聞こえた。

これだけ襲撃を受けていて、まさか見張りだけということもないだろうが、これは準備不足と言わざるを得ないように思われる。

ジェシカも家の前できょろきょろと右へ左へ視線を映して、なにかを探している。

多分ハクを探しているのだろう。見つけるや否やこちらに走ってきた。


「ハク。ああ言った手前で言うけど逃げるよ」


「アホ抜かせよなんのために魔法覚えたんだよ」


「守るために決まってるでしょ!さっき見張りのセリヌが言ってたけど先頭にボスの刃狼のオルバがいるって」


えらく大層な名前がでてきたもんだと感心する。


「魔法使いじゃないけど元兵士団長だった彼は、たった剣一本で国の軍隊と戦って脱走、その後その腕だけでいまのハイエナロックを作り上げた男なの」


「ほう?そこまでなら手合わせ願いたいもんだね」


「馬鹿っ!あなたいまの状況わかってる?あなたまだ七歳の子供なのよ!?死なないって約束したよね?」


「わかってる。死ななきゃいいんだろ約束破るつもりなんてねえよ」


ハクはジェシカの掴まれた手を振り払って街の人が逃げる方とは逆へと歩いて行った。

振り払った瞬間、ジェシカの目から涙がこぼれたのを見逃さなかった。


「あとで謝んなきゃな...」


そしてハクは街の外へと出た辺りで静止、敵は確かに遠くのほうから近づいてきていた。

馬のような生き物に乗って、向かってくる軍勢がざっとみて百か二百。ゴロツキ集団としては数は多いほうに思う。


初陣、しかもまだ足は治りきっていない。

それでもやるしかない。


「結界-結びの三十二。円球防護陣」


ハクがついていた杖を地面に突き立てると、深夜にハクが掘っていた線が緑色に光だし、それが街全体をドーム状に包む。

結界魔法--術者の魔力を元に作られる檻、もしくは盾となるものを作り出す魔法。

その性質や形状は様々であり、たとえ適正があろうと使えるものと使えないものがあることがほとんどである。

ただしその防御力は圧倒的なものであり、通常の石や鉄の攻撃などでは壊れることはない。


結界が張り終わったところで、軍勢はハクを前にして止まった。

そして止まった軍勢の中から、長髪の男が前へ出てきた。


「お前か小僧うちのギルドのやつを可愛がってくれたというガキは」


「いや知らん」


「嘘はいかんな。こちらとしても調べはついているのでいらん問答をしたくないだけなのだよ」


試しに嘘ついてみたら案の定正体はばれている。

ということはハク狙いできたのは間違いない。


「俺としてはお前をギルドのメンバーとして迎えたいと思っている。その年でその才覚、鍛えれば立派な戦力となろうよ」


「生憎、俺には先約がいるんだ。こいよ犬っころ格の違いってやつを見せてやる」


と、ハクは手の甲をしたにして手招きして挑発した。

これにキレたのか、少し遠くて見えないがおそらく額に青筋でも立っていることだろう。


「お前らかかれー!!」


ボスのオルバの号令で、ゴロツキどもが馬を一斉に走らせる。

これでは多勢に無勢だが、まさかハクが何の策もとらずに敵を出迎えているはずもない。

そこにはちゃんと罠が仕掛けてある。


「足元にご注目ッ!」


足元に突いていた杖を突き刺した。

それに連動するように敵が走ってきていたちょうどその足元の地面が突如崩れ出した。

崩れた地面に馬は足をとられ、五メートル近い深さの穴に人も馬も真っ逆さまに落ちていく。

まずは第一陣の防衛ラインというところだ。

深さもさることながら、その広さは半径三メートル。馬の全速力の助走をつけたところで飛び越せる広さではない。

まずここからハク側と敵側の陣地形成が始まった。


「魔導士部隊前へ」


と、次の一手と言わんばかりにオルバの後ろから本を片手にした数人のローブの集団が現れる。

いかにも魔法を詠唱しますよと言わんばかりの恰好でだいたい予想がつく。

その一団はなにかを一斉に詠唱し始めた。


(少し警戒しておくか)


防護壁に使う魔力をわずかに上げ、街への被害拡大を防ぐ算段と自分の盾となるバリアを張っておく。

どれほどの威力の魔法を出してくるかはわからないが、おそらくこのバリアを壊せる高出力の魔法ではないだろうと踏んでのことだ。

そうしている間に、敵は頭上に巨大な火球を作り出している。


「獄炎球(インフェルノスフィア)」


おそらくハクが練習で作っていた火球のかなり上位に位置する魔法。

威力はざっと見積もっても十倍以上はあるだろう。


「撃てーッ!」


その巨大な火球がハク目がけて迫ってきた。

火には水、昨日さらった中で手ごろな威力の水の魔法を頭のなかから探し出す。


「蛟水陣」


ハクの足元から大瀑布から流れでるように水があふれだし、蛇の形をとったそれは津波のごとく火球に押し寄せる。

元は水を蛇のように変化させて攻撃する魔法だが、この場合において大量の水が必要となったのでこれが最適だったのだ。


火は水に消し飛ばされて水蒸気を生み出して消える。

どうやら威力は同じだったらしい。


「まだだもう一度いけ!」


さらにさっきのを出すつもりらしい。

しかしそう何度も相手していては数の有利であちら側に押し切られてしまう。


「蛟水陣」


魔法の速度なら詠唱なしのハクのが圧倒的に速い。

押し寄せる津波のごとき水蛇に敵の魔導士部隊も次々と倒れていく。

一人が倒れたことで詠唱は止まり、発動できなくなった魔法が霧散する。


そして一人残ったオルバに対して水蛇がその牙を向ける。


「甘いぞ小僧」


オルバの剣によって水蛇が三つに斬られた。

斬られた水蛇はばしゃーんと水風船を割ったように水が流れて、一面を浅い湖のように変えていく。


「せっかくだ。剣で語ろうではないか」


この男は雑兵とは少し違うらしい。

剣での勝負を望むなら、こちらも剣での戦いに応じるまで。

ハクは魔法で作り出した魔力の剣をその手に構える。

足はまともに動かないが、剣を振ることはできる。

だからこそ編み出した魔法。


「飛翔(フライ)」


ハクの体は宙に浮きあがり、剣を構えた状態でオルバへと向かっていく。

その勢いとともに、オルバとハクの剣がぶつかった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る