第6話  

時は少し戻り、ハクが魔法の習得に励んでいる時より少し前、借金の取り立てにきた高利ギルドの男は、ギルドにたどりつき、ボスへの報告をしていた。

片手から血を流しながら帰ってきたときには、誰もが見て驚いたものだが男としては周囲の視線よりも、ボスへの報告が一番だった。


「おい!ボスに会わせてくれ!」


部屋の前に立つ警備のものにそう怒鳴り散らした。というか落ち着いて話ができるような状態ではなかった。本当ならすぐに治療しなければならないというのに、それでもボスのところへ報告へ向かう忠誠心は見上げたものである。


「お前その腕どうした!?」


「俺のことはあとでいい!ボスに...」


と、そのとき扉がバタンッ!と大きな音を立てて勢いよく空いた。

比較的軽い扉だが、内側から力をこめて開けなければこのような音はでないだろう。

扉の向こうから現れたのは、長身で長い黒髪の男だ。


「なにごとだ喧しい。俺はいまから寝るところだったんだ」


ねっとりと絡みつくような低い声で言った。


「ボス!」


ボスと呼ばれた男は、傷付いた男を見て一度顔しかめて、その後ゆるめた。


「どうしたリックその腕は誰にやられた」


「トルプの街で見慣れねえガキに腕を掴まれて...」


「ほう?ガキにか。何歳くらいのガキだ?」


「俺の見立てじゃ七歳か六歳くらいのガキだ」


と、言った直後男の喉元には切先が当てられていた。


「ボスなにを!?」


「がっかりだよリック。まさかうちのギルドのものが、たかだか七つほどのガキに負けておめおめと帰ってきたなんて」


「待ってくれ..頼むボス!俺にチャンスを...」


と言ったときには、リックと呼ばれた男の胸に深々とボスの剣が刺さっていた。

刺された体からは、腕などは比べものにならない血が溢れて血だまりを作っている。

そして剣を振りぬいた男は、警備のものに言い放つ。


「そこのゴミを片づけておけ。それとギルドメンバー全員に通達だ。トルプの街に明日向かう準備しておけ」


「はっ!!」


警備のものが死体となったリックを引きずって立ち去った。


(我々ハイエナロックは失敗を許しはしないが、同じようにやられたままを許さないのだよ。名も知れぬ子供よ、我々にたてついたことを後悔させてくれよう)







あれからハクは夕食の時間になっても魔法の本を読むことに必死だった。

というか夢中だった。

子供が新しいおもちゃを買ってもらったように、のめりこんで他のことは頭に入っていないかのようだった。


「なあ姉ちゃん」


話しかけはするが、本から目を移してはいない。


「なにかな?」


と、こっちも食器を並べながら答える。


「姉ちゃん魔法使えないのに、なんでこの本たちずっと置いてたんだ?」


ここに並んでいる本は価値はわからないが、読んでも使えない本を置いておく意味はない。売ればそれなりに生活の足しにはなっただろう。

それをしなかったことに、疑問を感じたのだ。


「その本ね、お母さんの本なの」


というが、この家にはその母というのはいない。つまりそれは...。


「聞かないほうがよかった?」


世の中には聞かないほうがよかった話というのが存在する。大抵それは聞いてからわかるものなので、聞く前にわかれよというのは無茶だとは思うが。


「いいよ。こんな家に女一人で住んでてたらいつか不自然に思うだろうし」


と、ジェシカはそこまで気にしていないようで、ほっと胸をなでおろす。


「お母さんは魔法使い、神霊術が得意だった」


神霊術---神を物質に降ろすことで、いかなるものをも操る高等魔術。

ただし、自分の魔力量に見合う以上の神を降ろすことはできず、対象が神よりも格が上の場合神は弾かれて、術は失敗する。


「小さいときに死んじゃったからよく覚えてないけど、ぬいぐるみとか動かしたら私がはしゃいでたんだって」


子供からしたら動くはずのものが動いている現実などどうでもよく、ただ動いてるのが面白いのだろう。


「お父さんは、笑ってる私と母さんを見てるのが好きだって。お母さんが死んだあとも思い出だからってその本ずっと置いてたの。だから、私もお父さんの守りたかったお母さんの思い出を守ろうと思って、その本手放せなかった」


「やっぱり聞いてよかった。姉ちゃんの守りたいものなら、俺も守りたいって思うから」


「なんでかなーいま私はハクがめっちゃ可愛い弟に見える」


それが照れ隠しか、それとも本心かはどちらでもいいが笑っている顔を見て、ハクは嬉しく思っていることだけはわかった。

これが、明日負ければ崩れ去ることを肝に銘じて気を引き締める。


「ほらご飯だよ食べよ」


食卓にはハク用に作られたリゾットとスープがあった。この三か月これを食べて生きてきたまさに、命の源ともいうべき料理だ。


「いつもどおりだ」


ハクは最後かもしれないと思い、その味をかみしめるのだった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る