第3話
「キミはなにを言ってるの?地球?知らない言葉ね。あっ!もしかして異国の言葉かな?ちょっと興味ある!」
と、ハクが叫び倒したところで、少女は意図せぬ方向へ興味を持ち始めている。
ハクからしたら異界だが、ここはトゥワイスという世界であり、ハクがいた地球とは文化や言語も違うらしい。
あまり地球のことを詮索されても、答えるには本当に日を跨いででも語らねば概要は伝わるまい。それはつまりありもしない妄想の世界を、他の人間に伝えることと同じで、相手の共感具合で伝わり方が大きく変わる。となれば、どうにか誤魔化して、もろもろの面倒を避けるべきではないか。
「あー地球ってのはだな...そう俺の元居た場所での雄たけびだ」
「雄たけび?」
苦しい言いわけだってわかってはいる。だが、しょうがない思いつかないのだから。ハクの乏しい語彙力とアドリブが発揮された瞬間だった。
「こうなんか感情の浮き沈みのタイミングで口にするんだが...」
こうして聞くと、余計に話をややこしくしているだけのように思う。
だが、当の本人はいっぱいいっぱいで、自分の言っていることもわかっていないだろう。
「キミ嘘つくの下手でしょ」
「ぐぬっ...」
そして出会って数時間もしていない相手にも自分のことを見抜かれる。ここまで間抜けな人間も、世界広しといえどハクぐらいのものだろう。
「隠すってことは、聞かれて面白い話でもないのかな?それとも恥ずかしくて隠してるだけなのかな?」
どちらも当たりにあらず、ハズレにあらずと惜しいところを突いている。
だが、ここで包み隠さなければ、後の話の展開がもっていきやすい。
「ちょっと動揺してつい叫んじまった。できることなら忘れるか、聞かなかったことにしてくれないか?」
「そこまで隠したいなら聞かなかったことにしてあげよう」
物分かりがよくて助かった。
「ありがとう。えーと...」
「ジェシカ・クレイル。これでも十六なのよ」
見た目はとても十六には見えない。身長は見たところ百六十にも届いていないし、口調もどちらかといえば十歳くらいだから、完全にそうだと勘違いしていた。
「なによ!私だってねえ幼児体形だなってかなりコンプレックスなのよ!」
どうやら驚いているのが顔に出てしまっていたらしい。女の子にはいろいろあるらしいから、一応ここは紳士の対応でポーカーフェイスでいよう。
「そういうあなたの名前聞いてないわ。あなたはなんていうの?」
「ハク。七歳」
そういう設定にしようと決めたが、やはり本来年下に年下にみられるのは、やはり年長者のプライドというやつが許さないのか、胸の辺りがぞわぞわとしてやり場のない違和感というか、異物感にも似たものを覚える。
「そうか~見た目どおりやっぱり子供なのか~」
特にこういう女に下に見られるのだけは本当に嫌だ。でもこうしないと元々世界の
この自分より下のものを見た優越感に浸っている顔がむかつく。男なら真正面からグーで殴りたいところだ。
「で、ハクって名前?ファミリーネームとかないの?」
「家も家族もない。だから、必要ない」
「だったらお姉ちゃんの家族にならない?」
「はあっ!?」
ハクは急な提案に対して驚きすぎたのか、体のどこから出たやもしれない頓狂な声をあげた。
「だって私一人だし、それにキミなんか捨てられた野良犬みたいでほっとけないし」
見たまんまを語られたら、たしかに野良犬のようだろう。否定できない自分の様子を鑑みて、ハクは反論できなかった。
衣食住をくれるならありがたいが、生憎とどこまでいられるかわからない相手と家族になれではい喜んで、というわけにはいかない。
「いやしかしな...」
「じゃあキミこの先どうするの?私が予想するに二日あれば野垂れ死にそうだけど」
結構具体的に死の宣告をされたものだが、的外れでもないかもしれない。もし、ハクがこの街からよしんば出ていったとしよう。行く先もわからない旅人が、あとどれぐらい歩けばたどり着く街かもしれず、森のなかをさまよいあげく猛獣など出くわす、もしくは食料にありつけずに餓死する未来など容易に想像がつく。
それを思えば、一時的にでも家族という提をとって元の世界へ戻る足掛かりを整えるほうが先決に思われた。
「わかったよろしくジェシカ」
「なんだったらお姉ちゃんでもいいのよ?」
「調子乗んな」
斯くしてハクは第二の家族を手に入れたのである。
「あっそういえば起き抜けからなにも食べてないよね。ハクいまにも餓死寸前だったわけだし」
言われてみればあれから寝て起きて喋ってと、口になにかを入れる行為を何一つしてない。むしろいままで気づかないぐらいもう感覚がないのかもしれない。
これはいわゆる末期の状態なのではないか。
「とりあえず消化によさそうなスープ置いとくから勝手に食べてね」
と、ジェシカは木でできた器に入った黄色いスープをどこからか持ってきた。多分炊き出しかなにかやっていてそれをもらってきたのだろう。本当にお節介な女だ。
見た目はコーンポタージュによく似ている。黄色いだけだから、似ているのも無理からぬことではあるが。
とりあえず食べねば本当に死んでしまう。まずは口に入れるところから始める。
「いただきます」
口に入ってスープの味を楽しんだところで、すぐに胃の中からなにかがこみ上がってきた。こみ上がってきたものは、口のなかからの侵入者たるスープを押し出して、口からすべてを吐き出させた。胃のほうがズキズキと痛む。胃痙攣というやつだろう。
普通なら点滴治療をしなければならないところを、スープとはいえ胃に直接放り込んでるわけで、突然消化物を放り込まれた胃が受け付けないのだろう。
目の前に広がる吐瀉物を見たジェシカが顔色を変えて走ってきた。
どこまでもお節介な、とも言ってられなくなった。
「ごめんなさい...私お姉ちゃんなのになにもしてあげられない」
「なあ...水くれないか?水なら飲めるから...」
そう言ったらうんとも言わず走ってコップ一杯分の水をとってきてくれた。
もうハクはジェシカにとって家族なのだろう。
「ありがとう」
聞こえないように呟いて、餓死寸前からのリハビリを決意したのだった。
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