第4話

 ジェシカの家で二週間、文字通り血反吐吐きながらの、健康な体に戻るためのリハビリ生活が始まった。

 まずはとにかく食べること、これが難関だった。食べようとすれば胃酸が逆流して上手く食べられない。何度吐き戻しても食べることができずに、少しずつ水に溶かして食べるようになった。こうすることで体の中に栄養を取り入れることができるようになった。スープでもよかったのだが、あのとき入っていたじゃがいも状の穀物がダメだったようで、あとで調べてみれば一種のアレルギー反応を起こしていたらしい。

 足が折れて、もとい砕けているので歩くこともできずベッドの上ので療養する毎日だった。退屈だったが、毎日が必死で命がけだった。

水だけの生活も、二週間もすれば流動食は口にすることができた。

それでも最初は量も少なくて、食べ過ぎるとやはり消化しきれず吐き出していた。

 吐き出したあとは決まってジェシカが黙って片づけて、ハクが申し訳なさそうに謝る。このやり取りが繰り返されるのだ。

 ジェシカもわかって引き取った覚悟ができているのか、弱音や文句も言わずに笑って世話をしてくれた。

 流動食がある程度食べられるようになったころ、ようやく固形物を口にすることができたが、歯が弱っていたのか口から血を流すようになった。こればっかりはどうしようもないが、ジェシカのもってきた薬のおかげで、歯の状態もよくなり、ちゃんとものを食べられるようになってきた。

 そのころからか、徐々に足の骨が再生を始めたのだ。

見せた医者が驚いていたが、これも療養のおかげだろう。

 三か月もすればハクは自分で立って歩くことができるまでに回復していた。

まだ杖を突いてはいるが、それでもしっかり歩いていて街を出歩くようにもなっていた。

 トルプの街はそこまで広くもなく、昔は宿場町としてにぎわったそうだが、いまの王国ができてからは、近隣の山道を使うことがなくなり、いまは随分寂れてしまった。

 さらに言えば、三か月前の賊の襲撃で街の半分の働き手を失い、街としては壊滅状態。いまもジェシカは街の復興に奮闘していることだろう。


「なんだてめえ文句でもあんのかこらあっ!!」


突然喧嘩のような怒鳴り声が聞こえてきた。

わりと近くだし様子だけでも見てみようと野次馬のようにそっちに向かった。

路地裏の方でやっているようだが、どうやら男女の口論らしい。さっき怒鳴ったのは男のほうだと察しがつく。

そして相手の女性はというと、見た目ちっさい十歳くらいの...見覚えがある。


「なにやってんだあいつ」


ハクも身内ではあることだし、話を聞こうと近くへ寄っていく。


「おいちびお前いつになったら金返すんだ?あ?」


「すいません。必ず...必ず返すのでもう少しだけ待ってください」


なんか借金取りと夫の逃げた嫁の現場みたいになっていた。さっきの怒声は、おそらく近くの止めようとした街の人に向かっていったのだと思われる。

地面には腹を抑えてうずくまる男の人がいる。


「ね、姉ちゃん...」


少し声がかけづらくてどもってしまった。

この呼び方は、結局姉権限とかなんとかで定着させられてしまったので、このまま呼んでいる。


「ハクあっちいってなさい」


俺の声に反応できるぐらいには冷静なようで、ただしその口調はいつもの穏やかさはなかった。


「おう?そいつがあんたの大事な弟くんかい?」


男はハクを見るなりそう尋ねるように確認した。実際には尋ねているのではなく、ジェシカを脅すためにそういったのだろう。

見たところハクの五回りくらいは大きな巨体で、その大きな風貌で脅しや恐喝などをするやつだろう。


「可哀想にな。姉ちゃんおめえのために借金までしたってのに、弟はなんも知らねえで生きてやがる」


「借金?」


「お前の飲んだ薬な、これが超高いものでよいわゆる万能薬ってやつさ。それを買うために俺たち高利ギルドに借金したのさ」


ギルド。和訳すれば組合、すなわち地球でいう企業のようなものが、ギルドという呼び名で活動しているのだろう。高利ということは、当然利息は借りた分より高くつくヤクザとかに借りるようなものだ。


「なんで...」


「理由なんてない。ただあなたを死なせたら絶対に後悔するから死なせたくない。それだけじゃダメ?」


「美しきは姉弟愛ってやつかな。ま、そんなもんで金ができれば苦労はねえがな」


男はいきなりジェシカの腕を掴んだ。

ジェシカも必死で振り切ろうとするが、男の腕に対して細腕のジェシカの腕の力ではほどくこともできずにただじたばたするだけだ。


「金が払えねえなら体で払ってもらうだけだ。おめえが無理なら、弟を連れて行くが?」


「それはだめ!」


「だったら大人しくこい」


このままだと黙って連れていかれるのを見ているだけ、あのときと同じだ。


(おい神様よ。いるならいまだけでいいから力を貸しちゃくれねえだろうか)


まさに神頼み。都合がいいときだけでもすがりつくたくなる。

だが、いまはそんなものでもすがるしかない。


‐‐‐答えはあなたが知っている。魔は心、心の思うがままに


聴覚ではなく脳に直接語り掛けてくるような声が響いた。

二人には反応からみて聞こえていない。ハクだけに聞こえた声に、動揺した。


(まさかいまのが神?神ってのは親切なのか試練好きなのかわかんねえなおい)


魔は心、まさかと思い当たる節が一つあった。

それは三か月前にジェシカを連れ去ろうとした男に蹴りを出したとき、足にまとわりつくように力が湧いたのだ。


「おい。弟に断りもなく、人の姉ちゃん連れて行こうとしてんじゃねえぞハゲゴリラ」


「だ、誰がハゲゴリラだクソガキ!!」


意外とスキンヘッドのことを気にしていたのか、片手で頭を隠すような仕草をとる。


「手放せよ」


と、ハクはジェシカを掴んでいる男の手首をつかんだ。とはいえ、子供の手では手首丸々掴むことはできずに、添えているような形になってしまう。


「状況がわかってねえようだな。俺は正当な理由があって連れて行くんだ。文句があるなら金をもってきてからにしろ!」


「ハクやめて!勝てる相手じゃないのわかるでしょ!」


すがるとしたら、あのときのような力だ。一度できたことだ二度目だってできないことはない。

ハクは掴んだその手に全力で力を込めて握った。


「うおっ!?なんだこのガキものすげえ力だ」


少し驚いたくらいしか効いていないようだ。だったら限界を超えて腕を粉砕してやる。

手の握力を最大にまでしたところで、男の腕がボキボキと音を立てる。


「ぐああああッ!!!腕がっ!!!俺の腕があああああっ!!!!」


男は激しく狼狽し、その場に折れた腕を抱えてうずくまるように膝をつく。

見た目的には内出血程度だが、その中身は骨が粉砕骨折でも起こしているに違いない。

掴んでいた指の部分は赤く穴が空いて、そこから血が筋を作って垂れ流れている。


「てめえ...このくそガキ!!」


と、いいそうだったのですかさず頭を掴んだ。


「いいのか?次は頭蓋骨が砕けるぞ。生憎俺はいま運動不足でな、いいリハビリになると思うんだがどうだ?」


「わ、わかった放してくれ」


「人の姉に手を出すからこうなる。よく覚えておけ」


とまあ脅しも済んだことだし解放してやる。


「クソガキ!てめえは喧嘩する相手を間違えた。うちのギルドはやられた借りは必ず返す。この街も終わりだ覚悟しておけ!!」


と、聞くからにド三流の捨て台詞を吐いて男は腕を庇ったままどこかへ走り去っていった。


「大丈夫か姉ちゃん」


「大丈夫かじゃないわよ!なんであんな危ない真似するの!」


初めて怒鳴られた。いままで何度吐いて迷惑かけようが絶対に怒ることはなかったのに。

初めてのことに我を忘れて立ち尽くしてしまった。


「危ないことしないで。私を一人にしないでよ」


抱きしめられながらそんなことを言われたのも、実の親にだってない経験だった。


「ごめん。あとさ、姉ちゃん背低いから胸めっちゃ当たるな」


「こんのお馬鹿ッ!!」


と、勢いで言ったことでけが人でも容赦なく張り手を食らった。

余計なこと言うのやめよう。









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