第2話
いつからそこに横たわっていたのかはわからない。
だが、どうにも頭が地面の石に刺されて痛い。よくこんなところで寝ていたものだ。
ていうかなぜこんなところで寝ていたのか、まさか酔っていたわけでもあるまい。酒は飲めたものではないし、そもそも未成年だから飲んだことも親の酒をくすねて少しだけだ。
とりあえず頭に刺さった石の不快感から解放されるべく、目を覚まして起きあがることにする。
起きあがった瞬間の、なんともズキズキと寝起きと石の痛みのひどいことか。
それはそうと、辺りを見回しても人の気配はまるでない。
昨今の現代日本で家が建っていない、もしくは家が見えない場所などほとんどないというのに。
辺り一面が草木と山に囲まれた平原である。そして寝ていた場所はちょうど草が生えていない道のようだった。
それはつまりここは山間部であることを指している。なんだか記憶が曖昧で、自分の名前もおぼつかない。
出てくるのは「白」の一文字だけ。漢字はわかるくせに、自分の名前がわからないこれはどうしたものか。都合よく忘れるなどそんなわけもあるまい。
地面に木の枝で、色々書いているうちに思い出すかと思ったが、小学生で習う「大」とか「人」とかはどうにか覚えているらしいが、それを忘れてしまうのもほぼ時間の問題に思われる。
とりあえずなんとなく出てきた「白」の読み方は、なんとなくわかったので、誰かに名前を聞かれたら「ハク」と名乗ることにする。
そしてここはどこなのかというところから疑問は始まる。
山なのはわかるのだが、本当に人の気配のない超ド田舎。そして遥か彼方のほうに見える壁のようなもの。
なんだか時折動いており、まるで植物かなにかのようだ。
「話が聞きたいけど誰かいないかな...」
話しを聞こうにも話ができる人間を探すほうが先決だ。この開けた道を歩いていけば、人里には出られるだろう。多少怪訝な顔をされるかもしれないが、情報収集をためらっては何も進まない。
と、少し歩いたところでハクは気づいた。なんだか足のサイズ小さくないか、と。
「なんだこれ!?体が縮んでるーー!?」
体のサイズは見た目六歳から七歳。元の体からすると十歳近く若返ったことになるのだが、普通そんなことはありえるわけもなく、ハクは一人でパニックを起こす。
しかも裸足で着ているものはかなりボロいマント一枚だけ。
「これちゃんと戻んのかな...成長すりゃ戻るだろうけど十年はかかるな」
予期せぬ第二の人生の始まりに、がっくりと肩を落として項垂れながらも人里目指して歩き続ける。
人がいそうな村には、わりとすぐにたどり着いた。が、煙が上がっている段階であまり期待できそうにない。
なにかあったもしくは、なにかが起こっているとみて間違いない。
ここで行くべきか行かずに別の街に行った方がいいのか。どっちがリスクが高いかを比べると、目の前の街で、生き残りとかに話を聞いたほうが断然楽でリスクも少ないことに気付いたハクは、走っていこうとした瞬間、走る力がなく自分が空腹であることに気付いた。
いつからなにも食べていないのかはわからないが、胸がやせて胃が若干ぽっこりしているところからして、相当な期間なにも食べていないことがわかった。
街で焼け跡とかから心苦しいがなにかもらうことにしよう。
街にたどり着くと、案の定盗賊かなにかに襲われていて、仮称盗賊団が放った火が原因で火事が起こっているらしく、誰も火を消すものがいないので、さきほど見た通り火の手が上がっているといいう状況は察せられた。
ついでに、目の前で女の子がいまにも連れ去られそうだ。そして横目でこっちを見て助けてと見つめてくる。
おおすまない少女よ、いま助けに行ってもこの貧弱な体では返り討ちに合うだけだろう。ならばここで隠れて静観する。
すると女の子はかなりきつめのまなざしで、こちらを睨みつけてきた。早く助けろって言いたいのだろうが、ハクにもそんな力はない。
いまにも泣き出しそうだし、そろそろ助けないと本当に連れていかれる。
「あーもうッ!!」
我ながらお人よしだとは思う。それでも心に残った良心というやつが体を動かしてしまった。
無理に戦いを挑んで、負けに行く。なんとも情けない人生であることか。
とにかくいま走っているこの勢いを殺すことなく、女の子を掴んでいる男の首筋に向かって、上から力いっぱい蹴りを繰り出した。
子供の蹴りだしあまり力はないと思っていたが、振り下ろした瞬間に不思議と力がのっかって、なんだか骨の砕けたような音とともに、地面にたたきつけられ、さらにボールのように跳ねた男は、五メートル先のレンガの壁に激突していた。
代償として、ハクの足の骨にも多少罅が入ったようで、激痛が走る。やはりこの体での体術戦闘は無理があった。
「キミ大丈夫?」
と、手を差し伸べてくれたのはさきほど捕まっていた女の子。年は十歳ほどでいまの自分よりは年上なのだろう。
「なんとか生きてる...」
ぐいっと上に引き上げられて、どうにか立ち上がる。だが、もう立っているのがやっとだ。
罅の入った足の痛みで、歩くのもつらい。
「助けてくれてありがとう。そして一発殴らせてもらってもいいかな?」
やっぱりさっき助けずに見てたのを怒っているようだ。本来なら殴られても仕方ないと思えるが、いま殴られたら衝撃で足の骨と、おそらく頬の骨も砕けて悲惨なことになる。
できれば勘弁してほしいところだ。
「悪いが俺いま死にそうなんだ...」
なんだかふらっときた。多分もう体の限界なのだ。
やはり無理などするものではないが、女の子を救って死ぬなど男として本望だろう。
愉快愉快なんとも痛快な人生だった。と、ハクは心のなかで勝手に人生を締めくくってその場に倒れた。
なんか悲鳴とか聞こえるけどそれは無視しよう。
今度は石のごつごつとした頭に刺さってくる痛みはない。が、代わりに少し硬いが布のような肌触りが頭越しに伝わってくる。どうやら俺は、まだ生きているようだ。勝手に人生を締めくくっておいてなんだが、少々気恥ずかしい。声に出さずにおいてよかった。
「あっ気が付いた?」
目を開ければ先ほど助けた女の子。見れば負傷者の手当てに従事しているらしい。ざっと見たところ、村人の数は百人程度。死体の数はそれと同じくらいに見えたが、本当はもっといるのかもしれない。
負傷者は村人百人のうちのほぼ全員にも思われる。医者はいないようで、簡単な応急看護しかできていない。まるで野戦病院だ。
「なにか手伝えるか?」
「気持ちはありがたいけど、その引きずった足で歩き回っても邪魔だから座ってて」
やはりさっきの蹴りで足の骨が折れてしまっているらしい。動いてみようと思ったが、さっき歩いたときよりずっと歩きにくい。
「あれはなんだったんだ?」
「山賊よ。この近隣の森にアジトを構えてて、近くにある村に押し入っては略奪してる。たまたまここが襲われたそれだけよ」
「随分割り切ってるんだな」
「そうでもしないと生きていけないもの」
ハクはこのときはじめてここが日本ではないことを実感した。
平和な日本では略奪なんてもちろん、盗賊など存在すらしない。奪うな、殺すな、食うなの三つの人が人であるための原則を守っているからだ。しかしここでは平気で奪う、殺す。力の弱い者は、こうして強者に対して割り切って明、日を生きるために必死なのだろう。そうでもしないと、心が折れてしまうから。
ここで本当は戦えとかかっこいいセリフを吐いてみせるべきだろうが、事情も知らないものがそれをいうのは、かなり無責任に思えたので他人の事情に首を突っ込まない精神で、スルーしておく。
さて、いまここが日本でないことを確認した。では、ここは一体どこなのだろう。
「なあ。ここどこなんだ?」
「はあ?あなた一般教養も備わってないの?」
一般教養もなにもどこにいるかわからないときは人に聞くのは、逆に一般教養が備わっているのではないだろうか。おもに道を尋ねるくらいのノリで。
「ここは神が創造せし世界トゥワイス。オルリエ王国領の端っこのトルプの街よ」
「な、なにー!!!?ここまさかの地球ですらねえええええ!!!!」
この小さな街から地球人ハクの転生物語が始まるのだった。
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