魔撃の王と祈りの天樹

世捨て人

第1話 

 彼という人間を表してみなさい。と、こんな問いを投げかけられたとしよう。

 ここで指す「彼」が何者か、それに関する答えは曖昧だ。

 一人だけいるのならそれはその人だし、二人いるならその二人のどちらかを答えるわけだが、仮にどちらかを選んだとして、選ばれなかったほうはなんなのかという疑問が発生する。

 この疑問が発生する理由としては、おそらく話しやすいか紹介しやすい、或いは特徴が多いかよく知っている人物であることが挙げられるだろう。

 そしてこの問いの答えを返すとするならば、彼は平凡である。

 人並のなにかがあって、人並に挫折して、人並に笑う、本当に人並の青年である。

 彼には友人が二人だけいた。男二人に女一人の三人で集まって遊ぶような仲で、小学校からの付き合いだった。

 その日は、いつも通り三人でどこかに遊びにいこうという話をしていた。

 しかし、女のほうがいつまで経っても現れない。

 確か昨日家のほうに電話したときは、いつも通りの若干クールな口調で「また明日」と言っていたので、まさか約束を忘れたということはなかろう。

 それに、いつもは時間ぴったりに絶対こないやつのことだ、どこかで道草を食っているのだろう。


「遅いな...もう一時間だぞ」


「まあまあ遅いのはいつものことだし」


 彼はそう言って友人をなだめる。

 そう言っている彼も遅いとは思っているが、それ以上に少し心配もしていた。

 もしかしたら事故にあっているんじゃないかとか、誘拐されてないかとか、ナンパとかされていたら絶対自分で解決できるタイプじゃないことも、彼は知っていた。

 それであるが故に、こないことに不安は募る。


 と、不安に思考をぐるぐると回している間に、友人は電話のコールを鳴らしている。人の葛藤とかその他もろもろに関する思考について謝ってほしいものだ。

 コールが鳴っている時点で、この思考は諦めるべきだと踏んで彼女が電話に出るのを待つ。

 最近流行りの連絡アプリの軽快な音楽で呼び出すこと、十コール。

 一分ぐらいすると、携帯のほうから呼び出すことを諦める。

 時代が時代なら「そんなすぐに諦めるのかこの軟弱ものがぁッ!」と歯の欠けた軍服を着ていましたとでも言いたげな爺さんが、携帯に向かって怒鳴り散らすところだろうが、現代においておよそ二分待ってかからないときは、よほどじゃない限り諦めて別の手段でコンタクトをとるのが一般的だ。

 例に従って友人も電話をかけることを諦めたようだ。


「あいつマジでどうしたんだ?」


「なにかあったのかも。家に行ってみようか」


 こない・電話もでないと音信不通の条件が二つ揃っていることから、なにかあったとみて家に行って確かめるのが定石の手段と言えるだろう。

ただ二人とも行ってしまってはもし彼女がきた場合入れ違いになってしまう。


「やっぱり待った。どっちか残って待つ方を決めよう」


「よしじゃあジャンケンだ」


 ジャンケンで決めるならば不公平なこともないだろう。

 癖とかがあったら多少不公平かもしれないが、生憎と二人ともこれまでジャンケンをそこまで意識してするほどしていないし、癖といってもグーしか出さないとかどこかのマンガの主人公とかみたいな設定は存在しないので、これが一番公平だ。


「最初はグー、ジャンケン...」


「「ポンッ!」」


「彼」の合図で二人同時にグーとパーを出す。

「彼」の手はグー、つまり負けである。


「じゃあ俺ここで待ってるから」


 敗者は勝者の言い分を絶対順守。世界の真理をジャンケンに垣間見た「彼」は、疲れたように肩を落として彼女の家までとぼとぼ歩いていく。

 彼女の家までは徒歩でおよそニ十分足らず。歩いていってもこれから遊ぶ時間はお釣りがくるので、「彼」は急がずそれこそ懐かしむように、というか本当に懐かしんで歩いていた。

 なんせ学年が変わっても三人の関係は変わらなかったけど、やはり外で遊ぶようになったおかげか徐々に互いの家には寄り付かなくなっていた。

 よそよそしい気持ちがあるわけではない。単に行く機会が少なくなっていっただけの話である。

 その分外で遊んで、彼女を夜まで連れまわして親父さんに怒鳴り散らされたのは思い出でもある。


「この辺の道変わってないな。桜の木が綺麗だ」


 季節は春が終わった直後で、花は咲いていないが咲いていればこれ以上なく美しい情景となったことだろう。

 小学校か中学校の入学式や卒業式なんかがあると、三人でここを歩くのがお決まりだった。

 懐かしむことができるというのは、それだけ大人になったということでもある。


「っと..あんまりゆっくりしてると怒られるな」


 今頃待ち合わせ場所で待ちぼうけを食らっている友人のことを思い出し、「彼」は少し足取りを早めた。

 少し歩いていったところで、ポケットに入れていた携帯端末がバイブ音とともにポケットの中で暴れていることに気付いて、おそらく「着いたか?」とか友人からかかってきたものだろうと、液晶に覆われた画面をタップすると、赤く太い二本のラインで囲まれて、【緊急地震速報】と表示されていた。


「地震...ねえ」


 辺りを見渡してものどかなものでそんな気配微塵もない。つい最近もそんな誤報が出たばかりだまた誤報だろうと思い、「彼」はポケットに端末をしまう。

 と、次の瞬間立っていられないような大きな揺れに襲われた。

 その揺れに足を取られた「彼」はその場に尻もちをつく。


「ッテテテ...なんだいまの」


 そして目の前を疑った。

 翼の生えた戦車よりも大きな蜥蜴、いわゆるワイバーンとか言われるものに酷似した生物がその辺見渡す限り数十匹が群れをなして飛び回っているではないか。

 「彼」はおいちょっと待てなんの冗談だ。と言いたかっただろうが、これは冗談でもなんでもない。


「映画...じゃないよな」


 目の前で食われた人を見て、これは違うと認識した「彼」は待ち合わせ場所で待つ友人のことを思い出して、踵を返して走り出した。

 彼女はどこにいるのかわからないけど、友人がもしあの待ち合わせ場所でずっと待っていたのだとしたら、あんな広いところであいつらに目をつけられたら、そう思うと走らずにはいられなかった。


 走ってまだ十分くらいの距離で助かった。なんとか短い時間で友人の元にたどり着くことができた。

 しかしその場に友人の姿はない。まさかと嫌な予感が頭をよぎる。

 さらに嫌なことに、当初懸念していたターゲットに「彼」が選ばれてしまった。


「グアアアーーーー!!!!」


 その爬虫類特有の長い口を大きく広げて、ワイバーンは「彼」目がけてまっすぐ飛んでいく。

 その速度は人が投げた野球ボール並みには速い。野球ボールと聞くと、遅そうに聞こえるが遅い人でも八十キロは出るのだ高速道路を走る車並みと考えれば、かなり速いと言える。


「危ねえッ!!」


 そう聞こえた瞬間に、「彼」はなにかに突き飛ばされた否、なにかに押し倒された。

 「彼」の胸元目がけて飛んできていたワイバーンは、狙いが逸れて旋回してまたこちらを狙ってきている。


 「無事か」


 「お前こそ」


 「彼」を庇ったのは、ワイバーンの襲来を見て即座に物陰に隠れていた友人だった。

 友人の安全を確認した「彼」は、ほっと胸がすく思いだったが、まだ油断はできない。


「ついてこい逃げるぞ」


「どこに?逃げ場なんてあるのか?」


「いいから早く!」


 友人の怒鳴り声などめったに聞かないが、その滅多を今使うということは友人も焦っているということに他ならない。

 だから「彼」も大人しく従った。

 友人の指示で、「彼」は山道までをひた走った。


「他の人たちは連れてこれないのか?」


「無理だ。ゲートで通れるのはあと一人だけ、それ以上はゲートが塞がって入れない」


「ゲート...?お前なに言って...」


「時間がねえ!ほら蜥蜴さんたちも追いかけてきた」


 友人の言葉がよくわからない。ずっといっしょにいたはずなのに、友人のことがなに一つわからない。

 よくわからないのに、考える時間をあの蜥蜴たちが奪っていく。

 走るだけでなく身をひそめることも必要になってくる。ワイバーンたちは、人間と違い森を焼き払ってまで獲物を追おうとはしない。自分の原初たる森を守ろうという種の本能に従っているのだろう。

 だからこそ、逆に利用する。


「ついたぜ...」


 目の前に広がる少し大きな水たまりくらいの穴。

 中は七色に光っており、ときおりオーロラが飛び出して鮮やかだ。


「これがゲートか?」


「ああそうさ時間がねえ飛び込め」


「お前はどうすんだよ」


「空のあれ見えるか?」


 見てもワイバーンばっかりでわからない。


「空に浮かんだでっかい穴。あれもゲートだが、あれは通っちゃいけない」


「お前一体...」


「時間がねえんだよ!俺はお前を逃がすって約束したんだ。頼むよ俺たち友達だろ?逃げてくれよ一生の頼みだ」


 空の穴が「彼」にも見えるぐらいに肥大化、巨大な逆向きの竜巻を纏って人や街を次々と吸い込んでいく。

 その風がこちらにも伝わってきて、ここも直に危ないことを告げている。

 友人の言うように本当に時間がないようだ。


「さあいけ俺のことはかまうな。あばよ親友」


 ガスッ!!


「は?」


 空を見上げていたら、突如蹴落とされた。

 助けるにしてもこんな助け方はないだろう。


「てめえええッーーーーー!!!」


 最大限声を振り絞って叫んではみたものの、穴に吸い込まれていく体はどうにもならない。

 最後に見えたのは、ゆっくりと光の粒となって消えゆく友人の背中だった。

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