17
魔物を討伐してから三日後。
ロンディルスでは、祭りが開かれていた。
完全に魔物の討伐を終えたことが分かったため、領主であるモンレー伯爵が即席に開催を決定したのだ。
どうやらこのロンディルスという町は、普段はもっと活気のある場所だったらしい。
シンシアからしてみたら十二分に人がいたが、それでもかなりの数がとなりの町に避難していたため、減ってしまっていたのだとか。魔物の出現を聞き、領民たちも怯えていたのだ。
それを払拭し町を盛り上げる意味での、復興祭である。
そのため、モンレー伯爵とその妻マリアは、朝から休む間もなく動き回っていた。
その一方でシンシアは、与えられた部屋でぼーっとしていた。
窓から見える光景を見つめ、ふっと笑う。
(すごい活気ですねえ……これが、この町本来の姿なんですか)
窓を閉じていても分かるほど、外は大変賑わっていた。
道には仮設の露店がいくつも立ち並び、バターの芳醇な香りの中に甘い匂い、しょっぱい匂いが入り混じる。客引きのためか、自分のところの商品を宣伝する声まで聞こえた。
領主邸にまでそれが届くというのだから、今町に下りれば相当騒がしいのだろう。
この復興祭を機に、ロンディルスは今まで通りの生活に戻っていくのだ。それはとても喜ばしいことだと思う。
思うのだが、シンシアの気持ちはよどんだままだった。
その理由はただ一つ。
(……三日前から、リュファス様とろくに会えていません)
そう。リュファスの件だった。
リュファスは一度モンレー伯爵邸に戻ってから、騎士団の詰所に行ったきり帰ってこないのだ。
魔物の瘴気を払うのは魔術師の仕事なのでそれもあるし、そのほかの事後処理が忙しいのだと頭では分かっている。だが、もやもやした気持ちは晴れなかった。
(無事なのは分かっていますから、それはいいのです。いいの、ですが……やっぱり、一度顔を合わせて会いたい。お話したいです……)
片耳にはめたピアスをいじりながら、シンシアは頬杖をついた。
しかしシンシアから会いに行くのは躊躇われた。仕事を邪魔する使用人はどうかと思うし、リュファスを怒らせた後だからだ。
主人が帰ってこない今することもなく、立場的には客人ということもあり手伝うこともない。ここ数年忙しなく動いていたシンシアにとって、何もすることがないということはとても気が滅入るものだった。
かといって、賑わう町に出かけるという気にもなれない。一人で歩いていても惨めなだけだし、余計落ち込みそうだ。
「はあ……これが恋わずらいというものなのでしょうか……」
ため息をこぼし、テーブルに突っ伏したときだ。コンコンコンコン、とノックが鳴った。
「シンシア、いる? 入ってもいいかしら?」
「……ナンシーさん? はい、どうぞ」
体を起こし許可を出せば、ナンシーだけではなくレイチェルも入ってくる。二人は色鮮やかなドレスを抱えていた。
外出用ドレスだろうか。そういえば二人は、シンシアと違ってオシャレなドレスを持ってきていたな、と思う。
ただ、ドレスだけでなく化粧品入れなんかも持っているのは何故なのだろうか。というより、なぜドレス?
普段より三割増しぼんやりしたシンシアが、二人の行動を判断しかねていたときだ。ナンシーが化粧品入れを、シンシアの目の前にあるテーブルに置いた。どんっと結構な音がする。
「ひえっ⁉︎」
思わず悲鳴が上がった。
「さてさて、シンシア? おめかし、しましょうか?」
「へっ?」
シンシアはガシッと腕を掴まれ、無理矢理立たされた。
様々な色をしたドレスを当てながら、レイチェルが首をかしげる。
「シンシア、何色がいいかなぁ。春だし、やっぱり暖色系がいいよね。となるとピンク?」
「社交界用ドレスならまだしも、外出用ドレスでピンクはないでしょう、甘すぎるわ。やるならもう少し濃くないとシンシアには似合わないし。でもパステルカラーは賛成」
「ならグリーン系かイエロー系のドレスで、小物でピンク系入れよっか」
「良いわね、そうしましょう」
「……あの、何事でしょう……?」
一人取り残されていたシンシアはようやく口を開く。
しかしナンシーは親指をぐっと立てた後、よく分からない言葉を言ってきた。
「シンシア、安心して! これからあたしたち、シンシアをどこに出しても恥ずかしくない外行きの貴族令嬢にしてみせるから!」
「……はい?」
「うんうん、ほんと安心して。大船に乗った気持ちでドーンと構えてて良いからね!」
「いや、あのほんと、違うんです……私はなぜドレスを着せる話になっているのかが聞きたくてですね……」
そう困惑していたときだ。二人がじりじりとにじり寄ってきた。
嫌な予感がして、シンシアは一歩後ろに下がる。しかしかたんと足が椅子に当たってしまった。
(これはもしかしなくても、逃げられないのでは……)
その予感は的中し、シンシアは二人に取り押さえられる。二人の笑顔がそのときばかりはひどく恐ろしかった。
「さあシンシア」
「可愛くなろうね!」
――それから数時間、シンシアは二人の着せ替え人形にさせられたのだった。
*
それからシンシアは、何がなんだか分からないまま着せ替え人形になり、メイクを施され、何がなんだか分からないまま裏門から外へ連れ出された。
ナンシーに「ここで待ってるのよ、良いわね⁉︎」とすごい剣幕で言われたので、おとなしく広場の噴水の前で待っているが、誰がくるのかは教えられていない。
しかし色鮮やかなドレスを着れたからか、気分は少し上向きになっていた。
春らしいぽかぽかした光が降り注ぎ、柔らかい春風がふわりとシンシアの黒髪をさらっていく。その暖かさもあり、誰も彼も笑顔を浮かべていた。
心地良いいい日和だ。復興に向けた第一歩を踏み出すには、最高の日ではないだろうか。
(それにしても……ナンシーさんとレイチェルさんの審美眼には感服です)
シンシアは今、『良いところのお嬢様がお忍びで外出してます』と言わんばかりのドレスを着ていた。
白のレースやフリルが付けられたミントグリーンのドレスはとても爽やかで、レモン色のリボンが差し色になっている。
髪飾りにはランタール王国で『春呼びの花』と呼ばれている白い八枚の花弁を持つ花、エアルを模したものが使われていた。
髪飾りのリボンは薔薇色で、白と赤系統の髪飾りが差し色になっている。
シンシアは、白と赤という色を見てなんとなくリュファスのことを思い出してしまった。末期だな、と自分に苦笑する。
(それにしても……こんな綺麗なドレスを着るの、社交界デビューのとき以来なので本当に嬉しいのですね。ですが……誰がくるのでしょう?)
白から薔薇色のグラデーションになっているレースの日傘を傾けながら、シンシアは今日何度目かになる疑問を浮かべた。
広場を見回してみても、知り合いなどいない。
皆知人友人恋人家族などと楽しそうにしていて、シンシアという存在はとても場違いだった。
「……こんな場所にいても仕方ありませんし、帰りましょうかね」
ちょっぴり寂しい気持ちになりながら、冗談めかしてそう言ったときだ。
「……それは困るな。せっかくお詫びも兼ねて祭りを見ようとナンシーとレイチェルに連れてきてもらったのに、君がいないとわたしは一人で祭りを見て回ることになる。わたしを惨めな男にしないでくれ、シンシア」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……へ?」
横を向けばそこには、黒髪に紫色の瞳をした男性がいた。
彼はグレーのスーツに白のシャツを着こなし、白のクラヴァットにザクロのような石がはめ込まれたカメオブローチが付けている。
スーツに合わせて帽子もグレー。一見地味だが、とても品の良い服装だ。
シンシアは、彼と一度会っている。
否、正しくは、彼がその姿をしているときに一度会っている、だ。
シンシアは胸元に手を当て、拳を握り締めた。
「……リュファス様?」
そっと名前を呼べば、彼の顔が和らぐ。
「待たせてすまなかった、シンシア。……さあ、行こうか?」
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