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髪型よし、服装よし。
姿見の中には、糊の効いた新品のメイド服を着て地味度を上げた少女がいた。
今日からこれが、シンシアの制服だ。
「……大丈夫そうですね」
自身の姿を確認したシンシアは、力強く頷いた。
シンシアが今いるのは、使用人専用に作られた屋敷の一室だ。
さすが公爵家の使用人部屋と言うべきか、シンシアが暮らしていた貸家よりも広い。使用人がこんなに大きな部屋に住んでいいものかと、不安になってしまったくらいだ。
ベッドやテーブルなどの家具も備え付けのものが既にあり、ものすごくありがたかった。
となりにはリュファスが過ごす本邸がある。これから、シンシアの職場はそこになる。
シンシアは、テーブルの上に置いてある箱を撫でる。中には、実家から送られてきた手紙が入っていた。
(職場がジルベール公爵邸に変わると連絡を入れたら、とても驚いていましたけど……でも向こうも向こうで良さそうな取引先と契約ができそうだと書いてありましたから、良かったです)
オルコット家の事業は、地道ながらも着実に成果を残しているようだ。
「お給料分の仕事ができるように、頑張りますね。お父様、お母様、お兄様」
心機一転頑張ろう。
そんな気持ちで家族に語りかけたシンシアは、自室を後にしたのだ。
シンシアが向かったのは、本邸にある使用人共同部屋だ。
そこは、食事やおしゃべりをするときに使われるのだという。ここで朝礼をし、仕事の割り振りをするのだとか。
昨日屋敷を案内してくれた人がそう教えてくれたのを、シンシアはちゃんと覚えていた。
キッチンには既に、四十歳を過ぎたくらいの女性がいた。昨日、シンシアに屋敷の案内をしてくれた人だ。
「おはようございます、メイド長」
「おはようございます、シンシア・オルコット」
彼女の名前はマチルダ・リース。この屋敷のメイドたちを取り仕切るメイド長だ。
マチルダは金髪をきっちりとまとめお団子にし、服は皺一つないくらいぴっちりしている。
眼鏡の奥で輝くエメラルドグリーンの瞳もつり上がっているため、見るからに神経質だった。
女家庭教師と言われても違和感がない。彼女にフルネームで呼ばれると、背筋を伸ばさなければならない気がするから不思議だ。
マチルダは、手元の紙に何やら書き込んでいる。
「わたしの次にここに来るとは。早いですね、シンシア・オルコット。良い心がけです」
「はい。新人ですので早めに来て、ある程度のことは聞いておこうと思いまして」
「なるほど。伯爵令嬢と聞いて不安に思っておりましたが、そのようなことはなかったようですね。安心しました」
婉曲的な表現をすることなく、マチルダはシンシアの第一印象を言い放つ。多分に毒を含む言い方だったが、シンシアは笑顔を返した。
「実家でも畑仕事など手伝っていますし、ある程度のことならできます。頑張らせていただきますので、これからよろしくお願いします」
マチルダが片眉を上げるのを眺めながら、シンシアは内心息を吐いた。
(やっぱり、貴族令嬢という立場を気にしますよね)
他の職場では貴族であることを言う必要はなかったが、ここはジルベール公爵家の屋敷だ。身分に関してはしっかり伝えてある。そのため、こんなことになるだろうなと予想はしていた。
シンシアとしては、自分は一般庶民とあまり変わらない生活をしていると思っているが、爵位があるというだけで感じ方が違うというのも分かっていた。
オルコット家は小麦の品種改良を領民たちにも手伝ってもらっているという理由から、一般的な税収より少し低く税金を設定している。品種改良には労力と時間がかかるからだ。
父と兄は学者として給金をもらっているが、そのお金と集めた税金を合わせても領地と屋敷の維持でなくなってしまうのだ。
そのため、食料は領民から分けてもらっていた。
さらに言うなら使用人を雇っている余裕がないので、掃除洗濯家事炊事はシンシアと母親がやっていた。
そんな感じの貴族らしくない貴族なので、領民たちからは結構慕われている。
そんな慕われ方でいいのかと思わなくもないが、お陰様で小麦の新種改良が進んでいるのだから良いのだ。
オルコット家の――特にシンシアの父の望みは、用途に合わせた最高の小麦を作ることなのだから。
それを手助けするために出稼ぎに出て二年目になるシンシアは、新人に降りかかる災難というものに慣れている。
だから、マチルダの嫌味を気にしないようにした。
シンシアのそんな態度を見て、マチルダの片眉がぴくりと震える。
(これは、怒っているの……です、か、ね……)
早く他の人きてー! と心の中で悲鳴を上げながら、シンシアは借りてきた猫のようにおとなしくしていた。
そんな祈りが通じたのか、使用人共同部屋に人が続々と集まってきた。
全員が集まったのを確認したマチルダは、執事長と何やら話をしていた。
(これで全員なのですか。お屋敷の大きさにしては、少ないような気がします)
ジルベール公爵家の邸宅は、貴族たちが持っているタウンハウスの中でもかなり大きいほうだ。
これだけ大きいならば、使用人が百人以上いてもおかしくはない。しかし今集まっているのは、メイドと執事を合わせて五十人程度だ。
仕事が終わるのでしょうか、とシンシアは不安になる。
「皆さん、これから仕事の割り振りをします。一度しか言いませんから、しっかり聞いてください」
そうこうしていると、マチルダが鋭く声を上げた。
シンシアは背筋を伸ばして指示を聞く準備をする。
――シンシアは、先輩メイドと一緒にシーツの洗濯をすることになった。
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