第40話 追求と質問

彼女を見つけられなかった僕は、家への帰路につく。

そして途中で、僕を探しているシャドウと”僕”に遭遇した。


「一体、何があったんだよ」


状況を見知っていない”僕”が尋ねてくるがそれには答えない。

シャドウの方は僕の影として一連を体験していたので、特に追及はしてこなかった。

母親を殺そうとした僕にかけられる言葉もなかったのだろう。

あの時シャドウの止める声は聞こえていたのに、僕は無視していたのだから。


「ごめんシャドウ、戻ってくれるかな?」


その言葉に彼は小さくうなずいて、影に戻り、”僕”をその中に引き込む。

途中”僕”が何かを言っていた気がしたが、とりあえず無視だ。

コイツがなにか有用なことなんて言いっこないのだから。


二人を回収した僕は、重い足取りで自宅へ向かう。

そこには、祖父と母さんがいるはずだ。

あのもみ合いの後、二人はどうなったのだろう。

どちらかが死んでいるなんてこと、ないよな。


急に心配になって、僕は自宅へ向かう足を早める。


「ああ、おかえり。カナメ」


玄関をくぐると、優しい表情の祖父が出迎えてくれる。

そして目の前には、縄でぐるぐる巻きになっている母さん。

殺意を向けたり、向けさせたりした人間の報いか。

舌を噛み切らせないためか、ご丁寧にさるぐつわまで噛ませてある。


「おじいちゃん。ただいま」


母さんのその様子を見て動揺しなかったわけではない。

でも正直、彼女がそういう状態になっていたことに安心した。これで、僕が彼女を殺す可能性は限りなくゼロに近くなる。


まずは、と僕は心を引き締めて再び祖父のほうに向きなおった。

テンの条件にも含まれていない祖父とは正直対立したくない。だからちゃんと答えてほしいと願いながら、考えていた質問を、口に出す。


「おじいちゃん。父さんから連絡を受けたのって本当?」


そう、あの時の言葉。

この世界にはもういないはずの父さんから連絡が来るはずがない。つまり祖父は嘘をついているのではないかという疑念があった。

そしてもしそうならば、彼が嘘をつく理由はおのずと一つに絞られる。

彼もゲーム参加者で、自分の条件を達成するためにそれを進めていたのではないか、と。


「本当だよ」


疑いを持って尋ねた質問だったが、祖父はそう答えて笑う。

その様子は、どうしても嘘をついているようには見えない。

ということは、父さんがこの世界にいないという僕の考え自体が間違っているのか?

祖父はゲーム参加者ではないのだろうか。


「彼自身もなんで自分がまだこの世界に居られるのか、わかっていなかったようだけどね」


その言い方。

祖父は本当に隠そうとしていない。

自分がゲーム参加者だということも。

まだこの世界に居られる、そんな言いまわし、普通ではしないのだから。


つまり、テンが出会ったもう一人のゲーム参加者とは。


「おじいちゃんも、ゲーム参加者だったんだ」


「あたりだよ。お前は聡い子だよ、本当に」


そう言って祖父は僕の頭を撫でる。

祖父に会うの自体久しぶりだったし、僕はそういうスキンシップに慣れていなくて、なんだかこそばゆい気分になってしまう。


母さんと僕の殺し合いの光景を見て、それでも落ち着いていられたのは、異世界を知り、この世界でゲームをしているおかげだったのだろう。

もしかしたら、祖父は母さんの前世も条件も知っているのではないだろうか。

まだ100%味方とは断定できないが、僕は祖父に素直に尋ねてみることにする。


「おじいちゃんは、父さんや母さんの元の姿、知っている?」


僕の質問にうなずく祖父。


「じゃあ……!」


答えを聞こうとした僕に、祖父はゆっくりと首を振った。


「そういうのはなるべく、本人から聞くものだよ。舌を噛み切るのは私がさせないようにするから。話してごらん」


その言葉を聞いて、近くて縛られたままの母さんをちらりと見る。

もう彼女には僕たちを害する力はない。

ああやって襲ってきたということは、おそらく彼女の達成条件は僕を害するか、害される、そのあたりのことだろう。

怒りをコントロールし、彼女に誘導されないようにさえすれば、彼女と話すこと自体は問題ないはずだ。


僕は彼女に近づき、猿轡をゆっくりと外した。

舌を噛み切る様子は、ない。

僕の推論の信憑性が増した。


「母さん。僕は母さんの望み通りには動けない。それが僕の死や、あなたの死に関係するのなら特に。僕はあなたと父さんからいろんな仕打ちを受けてきた。でもそれは、殺したいほどではない。だからせめて、真実を話してほしい」


僕の言葉に、母さんはがっくりとうなだれた。


「あんなに心を鬼にして、自分をいじめてきたというのに。あなたは私を殺してくれないのね」


すべてがわかるその言葉。

ああ、そうか、母さんも。

納得する気持ちとどうして僕ばかりと混乱する気持ち。

その気持ちを強制的に切るように、世界は光に包まれ、頭の中で謎の声が響く。


「1名条件不達成確認! ですが、保留のため排除モードには移行しません」


2回目の謎の声に、どこかで聞き覚えがあるように感じる。

どこか違うところで、僕はこの声を聞いているような気がする。


今回は別の世界に飛ばされることなく、すぐに視界が戻ってきた。


「どうして私、消えないの?」


ぎゅっと閉じていた目を開けて、母さんが呆然としながらつぶやいた。

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