第34話 マミの過去

「私が転生したのは、そうね。ジャンルで言えば乙女ゲーってところかしらね」


「乙女ゲー」


この殺伐とした雰囲気に似合わない言葉を出されて、僕はそれをオウム返しする。


「そう、笑っちゃうでしょ。私は、乙女ゲームのヒロインに転生した。そして、心も体も生まれ変わった」


その言葉を聞いて推測する。

つまり、彼女は過去、僕であったことは事実であるが、”僕”やテンのように、僕であるという自覚を持っていない、ということではないか。


「女の子になった私は、闇落ちして世界を壊してしまう予定だった王子を攻略した。それこそ、あの手この手を使って。ちょうど、あなたにしてきたように、ね」


僕にはきかなかった行動の数々のことを言っているんだろう。


「そして私は、王子を攻略して世界を救って娘を授かった、そこからちょうど5年後のことね……世界からはじき出された」


「そしてここに?」


「そう」


悲し気に笑うマミの視線は、時空を超えてどこを見ているのだろう。

その世界での旦那と、娘の姿だろうか。


「なんかね、魂が世界に不適合で長い間いられなかったみたいよ。私は、あの世界にまだいたかったんだけどなぁ」


父さんとテンの話を思い出す。

父さんの話は、マミのこの話を聞いてのことだったのかもしれない。

僕の魂はどうやらいろんな世界でリコールにあっているようだ。

そんなに返品されるなら、僕なんかを分岐させなければいいのに。


考えている僕をよそに、それで、とマミは話をつづけた。


「神から、あなたの魂はあの世界と少しだけずれていた。転生先に居られなかったお詫びに、ゲームに参加する権利をあげようと言われたわ。もし私が条件をクリアすることが出来たら、私の望む形での転生を約束するって」


「君はしっかりとゲームの説明を受けて、この世界に転生したんだね」


僕は彼女の言葉を聞いて思わず口に出してしまう。

”僕”以外の時はやたら親切に説明するじゃないかと。

そして、怪しまれる。


「もちろんだよ? ユズルさんもそうだって聞いてたし、違う人がいるの?」


「い、いや、神様に説明を受けるっていうのがどういうことか僕からは想像がつかないからさ」


慌てて弁明するが、マミの目はこちらを怪しんでいる様子。

苦しいか。

唇を噛みながらどうかわそうか考えていると、ふっとマミの視線が優しくなる。


「ま、お互い言えないことっていろいろあるわよね」


「ごめん。ありがとう」


追及してこないマミにお礼を言うと、彼女は一人語りに戻る。

僕は、彼女の言葉を一つ一つ丁寧に、聞く。


「ゲームの条件を聞いてびっくりしたわ。まさか、自分の前世を攻略する羽目になるなんてね。でも、私にはあなたの記憶がある。そして幼馴染という条件での好スタート。落とす自信があったのだけれど……完全に私の負けね。あんな最初の頃に知られていたんじゃあね」


そう言って笑う彼女は、とても美しかった。

彼女は変に気負って相手に詰めないほうが魅力的なのではないかと思う。

少なくとも、僕にとってはそうだ。

昔から彼女と話していると思考を先回りされて、真綿でじりじりと首を絞められるような思いをしていた。トラウマがなくとも、たぶん好きにはなってはいなかった。


でも、今は。


自分と同一ではないかもしれないこともわかって、自然体な彼女を魅力的に感じている今なら。


「ねえ、僕……」


君の要望を飲めるかもしれない。

そう彼女に伝えようとしたが、僕の唇は彼女に人差し指で閉じられる。


「言わないで。もういいの。私はそれを望んでない。こんな形で叶えたって、攻略でもなんでもないしね」


そう言われてしまっては返す言葉もなかった。

だから、最後に聞いてみる。

彼女の望みを。


「君は、ゲームに勝ったら何を望むつもりだったの?」


「そんなこと決まり切っているじゃない」


そう話すマミの顔は、明らかに今までとは違った。

とても優しい、慈愛に満ち溢れた顔。

同い年の幼馴染とは思えないその顔に、僕は味わったことのない母の愛というものを感じる。


「あの子に会いたい、それだけよ。同じ世界にもう一度いけないってことはわかってる。だから転生前に、少しだけでいいからあの神のいる空間で合わせてもらえないかって頼むつもりだったわ。私、約束してたのよ。5歳の誕生日を一緒に祝うって」


誕生日を祝う。

僕が一度だって家族にしてもらっていないこと。

彼女がちょうど5年と日付を覚えていたことも納得できた。娘の誕生日に世界からはじき出されたとしたら、僕だって覚えてるしやるせない気持ちになるだろう。

彼女はそれを糧に、ずっと辱めにも耐えて僕の攻略をしてきたのだ。

そしておそらく、攻略ではない僕の慈悲によって交わることはよしとしなかった。


「まあ、とにかく、私の負けね」


そう彼女が言葉に出した瞬間だった。

世界が光に包まれ、視界が奪われる。

そして、頭に強制的に響く謎の声。


「2名条件不達成により、排除モードに移行します!」


視界が戻ると、そこは倉庫のような場所ではなく、なんとも表し難い不思議な空間だった。

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