第33話 ヒーロー登場

「お前は誰だっ、なぜここにいる?」


関係者とも思えない、見たこともない相手の登場に父さんは狼狽しているようだった。

拘束されたマミも同様のようだ。

侵入者に釘付けになっている。

今がチャンス。


『シャドウ、実体化』


僕は後ろにある影からシャドウを実体化させ、僕の縄を解かせる。

そして、バレないようにすぐに彼には影の中に戻ってもらう。


「こんなところに裸の女性が! これはヒーローとして見逃せないな」


大仰な動きをしながら二人の視線を引き付け続ける侵入者。

ポンコツの割にはナイス演技だ。


『シャドウ、通信魔法ありがとね』


『ご主人様のお役に立てたなら幸いです』


「くらえ、正義の鉄槌!」


言いながら侵入者は父さんに殴りかかる。

僕の力ならすぐ払いのけられるだろうところを押しとどめる父さんと拮抗しているのは、彼の戦闘力の裏付けか。

そう、今乱入してきた彼は、いつかテレビで見た人間に変身魔法を使って姿を変えた”僕”だ。

電車の音や窓の外の景色、小さなヒントから辿り着いたおおよその場所。

そこをしらみつぶしに探してもらったのだ。

マミが父さんに手にかけられるまでに間に合ってよかった。


縄を解いてもらった僕は、自分を殺し息を殺しゆっくりと押し合いを続ける父さんの後ろに回り込む。拘束していると思い込んでいる僕のことは完全にノーマークだ。後ろがら空き。

そして、今日の、今までの恨みを込めて、僕は拳を繰り出す。


がこん


いい音がして父さんは、彼は卒倒する。

そんなに僕のパンチが効いたのかとみれば、”僕”が父さんに膝蹴りをくらわすのと同時だったようだ。

全く、本当に戦闘力が高い。

床に倒れる父さんは伸びきっていて、しばらく起きそうにもなかった。

それでも、念のため。


「縛ろう」


僕は自分を縛っていた縄を持ってきて父さんを縛る。


「あの……あなたは?」


その間手伝いもしてくれず、しゅっしゅっとシャドウボクシングをしている”僕”に、マミが要らぬ興味を寄せてしまう。

ていうか、幼馴染の縄くらい解いてやれよ。


「あ、俺か? 俺はだな……」


「たまたま通りかかっただけ、ですよね?」


応えようとした”僕”を、強めの声で制止する僕。

全く分かってるのか。お前らという存在がバレたらテンがゲームに負けてしまうんだぞ、と思うが、そんなこと考える脳がこいつにないのは明白だった。期待するだけ無駄。

僕はシャドウ経由の通信魔法で、”僕”に帰るように告げる。かなり強めに。


「え、帰れって? あ、うん。ごめんね。俺、用事があるんだった! これ以上変な大人に危ないことされないように気を付けるんだよ。じゃ!」


多少不自然だったがそう言って帰っていく”僕”を、マミは無言で見送る。

そして、彼が完全にいなくなってから一言。


「変な人だったね。ヒーローさんかな。昔見たドラマで見覚えがあるかも」


「はは。現実にヒーローっているもんなんだね」


いない。

ヒーローなんて現実に。

助けは呼ばないと来ないのだから。


僕は父さんをしっかりと拘束したあと、マミの縄を解きにかかる。

縄は僕のよりもしっかりと結ばれていて、なかなかほどけない。

僕が縄と格闘している間、マミはどこか遠くを見ていた。


「私、騙されてたんだね。ま、自業自得か」


父さんの条件が、自分に関わるものだったことを言っているんだろう。

でも、マミの条件が成功したとしても、同様のことになっていたんじゃないか。

そこのとこ、彼女は考えているのか。

いや、考えていないはずはない。

彼女は、僕、だったのだから。思考はおそらくニアリーイコールだ。


「大丈夫、痛く、ない?」


縄を解いて尋ねる。

あれだけ鞭でたたかれて痛くないかは我ながらないと心の中で猛省する。

そして彼女の痛々しい体を隠せるよう、手近にあったタオルを渡した。

服は、ビリビリに破かれてしまっていた。


「ありがとう」


お礼を言って受け取るマミ。


「騙されていたとしても、結局あなたの助け次第だったわけだけどね。私は詰んでた」


自嘲気味に言う彼女はちゃんと理解していた。

そのことを考えると、僕は二人の前に変身させた”僕”をさらしてまで彼女を救う意味があったのだろうか、完全に彼女の自業自得だ。

うん、意味なんて、ない、ね。


もし一つだけあるとすれば、僕自身のため。

僕の可能性一つである彼女を救うことで、自分を救いたかった。それだけだ。


「マミは転生前、僕だったんでしょ? どういう人生を送ってきたの」


聞く意味はないのかもしれない。

単純な興味。

彼女と僕が分岐したのが未来のことならば、これは未来を聞く行為だなんてわかっていた。でも、これまでさんざん振り回されてきた幼馴染のルーツを、聞きたくなったのだ。


「私があなたと分岐したのは、あなたの感覚で言えば今からちょっと先のことよ」


そう言って彼女は語りだした。

彼女の送ってきた人生を。

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