第30話 真実
「私がユズルさんと関係を持ってるって、どうしてそう思うの?」
いつもの強気なマミはどこへやら、顔面蒼白な彼女はぷるぷると震えながら尋ねてきた。
先ほどの僕の言葉は失言だった。
でもマミ、僕がブラフでさっきのを言っていたのだとしたら、君のそれも失言だよ。
幼馴染の親を、名前で呼ぶなんて。
「思うも何も知ってるからね」
マミの予想外の反応を見て、僕はこれぞ好機と思って責める。
「知ってるって、だって昨日もあなたはちゃんと家で課題をやってたはず」
そんなことを確認してくるなんてほぼ自白に近い。
けれど、昨日の行動を詰められるのは僕にとっても痛い。もしそこから、異世界転移した僕の存在がバレれば、テンがゲームに負けてしまう。
追及の矛先を、変えなければ。
「昨日なんて知らないよ。僕が知ったのはもっとずっと前さ」
「ずっと、前?」
わからないというように僕の言葉を繰り返すマミの姿は、なんだかいつもと違ってしおらしくて、少し心に響いてしまう。
でも、心を鬼にして、僕は続ける。
「うん、そう。小学校の時だね、初めて知ったのは。僕が腹痛で学校で倒れた日」
「えっ、そんなに前っ……? 疑われてなんていなかったはずなのにどうして!」
僕は自嘲的に笑う。
「疑うも何も、具合が悪くてたまたま家に戻ってみたら見てしまったんだよ。あの時から、マミ、僕は君に、そういう感情は一切抱けなくなった」
「ははっ、そっか。そんな前からか。私は、転生者の到着なんて関係なしにとっくにゲームオーバーだったわけか。はー、私の何年もの努力は、意味がなかったわけだ」
乾いた笑みを浮かべるマミ。
僕が恋心を抱けない時点でゲームオーバーと言っているということは、その条件は僕に対するものだったということだ。
彼女はそれを、教えてくれるだろうか。
「マミ、君の条件って何?」
すべて終わったというように脱力していたマミに、不用意にも僕は近づく。
世界がひっくり返る。
そして気付いた時には、手首に強い拘束を受け、動けなくなっていた。
完全に油断していた。
でもそれだけじゃない。
彼女の思った以上に強い力に僕は困惑する。
「な、なにをす……」
そして拘束されたまま、僕は彼女に唇をむさぼられる。
溺れるみたいで、息が出来なくて、それはロマンチックというよりは、ただの苦行だった。そんなもので、僕の体は反応するはずもなく、彼女の体を使って与えられる刺激にも、僕は何も思わない。少し乱暴で、痛みすら感じる。
ぽとり。
僕の顔に、雫が落ちる。
苦しくて閉じていた目を開けると、マミが、彼女が、目から雫を落としていた。
自分を見つめる僕の視線に気付いた彼女は、ゆっくりと、動きを緩めていく。
雫はそれに反比例するように、その量を増していった。
「反応、しないんだね」
「ごめん」
無理やり襲われてそこで謝るのが正しいのか分からなかったが、泣いている女の子に責められて無視できるほど、僕の心は強くなかった。
「相手が男だなんて嫌になっちゃう。反応してくれなきゃ、出来ないじゃん」
わっと泣き出すマミ。
僕はその背中を撫でる。
その姿は、初めてマミが僕に見せた警戒していない姿のような気がした。
いつも僕にどうみられるか気にして、計算して、演じていた彼女が初めて見せた素。
それは、今までの異常な執着からかけ離れたただただ普通の女の子だった。
彼女は一体、何を課されていたのだろうか。
しばらく彼女の背中を撫でていると、少しずつ落ち着いてくる。
段々と、嗚咽から、会話が出来る状態になっていく。
「ごめん、もう落ち着いた。襲ったりも、もうしない」
そう言って、シーツで涙をふく。
そして僕に笑いかけてくる。
自分の目標を絶たれたというのに、強い女の子だ。
今なら聞いても大丈夫だろうか。
「もう一度聞いていいかな、マミ。君の条件って何?」
「ゲームのことについて、やっぱり知ってるんだね。転生者はもう来てるってことでいいのかな」
「あっ、それは……」
しまった。
今までの行動の理由を知りたい、条件を聞きたいと思う気持ちが先行して聞いてしまったが、ゲームの存在を知っている理由はどう説明するのか。
テンの存在がなければ、僕はゲームのことを知りえない。
冷静に考えろ。
一歩間違えば、すべて水の泡になってしまうぞ。
「うん、そう。彼からゲームについて教わった」
冷静に考えて導き出した答えは、テンが来たことを告げることは、シャドウと”僕”の存在を知らしめることにはならない、だ。
あくまで彼の条件は、二人をマミ・両親から隠すこと。
だから、彼自身の存在を告げることは、問題ないはずだ。
間違ってたらごめん、と心の中で言う僕に、シャドウが賛成の意を示す。
彼も同じ結論だったようだ。
「そっか。タイムオーバー、ゲームオーバー。そもそも初手からミスってたのだから、わけないわね」
そう言って力を抜いて、ベッドに大の字になるマミ。
話したくないのか、次の言葉は出てこない。
でも、落ち着いてみると、彼女の条件は簡単に予想できる。
敗北を知った彼女は、強硬手段に出て僕を無理やり犯そうとした、つまりおそらくそれが条件。
だからこそ疑問に思うことがある。
なぜ、彼女が父さんなんかと関係をもったか、だ。
目的が僕なら、そんな必要、なかったはずじゃないか。
「マミは、どうして父さんと……」
「あああああ! 言わないで」
僕が尋ねようとすると、マミが起き上がって僕の口をふさぎにかかる。
そんなに嫌なことだったのか?
「もう、見られてたと思うと恥ずかしいのよ。あんただって、自分がそういうことしてるとこ、他人に見られてたら恥ずかしいでしょ」
「……まあ。でも、単純に不思議だなって」
「あのねっ、私はっ」
マミが怒ったように何かを言いかけて、赤面して口ごもる。
なんだ、行為を見られた以上に恥ずかしいことなんてあるのか。
僕がそう思い、今度は殴られる覚悟でもう一度問いかけようとすると、マミは大きく息を吸い込んで、なかなかの大声で告白したのである。
「私は処女よ! 処女をあなたに捧げる、それが私の条件だったんだから」
僕はその言葉に衝撃を受けたのは、言うまでもない。
マミが教えてくれた真実。
あの日見た、あれはなんだったのか。
僕が受けた衝撃は、なんだったのかと、そう思う。
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