第28話 デートの朝
朝がやってきて、僕は父さん、母さんの食事を作ってから自分の部屋へと引っ込む。
日常は、なにか僕がミスでもしない限り、二人とも僕には話しかけてこない。
でも、今日は違った。
母さんが僕の部屋の扉をどんどんと乱暴にたたいてきたのだ。
「ねえ、ちょっと。ん」
”僕”を収納したのち扉をそろりと開けると、そう言って母さんが僕に向かって手を差し出してきた。
「……なんですか?」
その意図を読むことが出来なかった僕は、恐る恐る尋ねる。
すると、母さんは舌打ちをして手のひらを揺らす。
「お金。足りなくなったからあんたのよこしなさい」
普段してこない要求をされて、僕は目をぱちくりとさせてしまう。
確かに入院していた間の外食費とかは請求された。
でもこんな大した理由もなくお金を要求してきたことは初めてだった。
何かでそんなにお金を使ったのか、それとも。
ゲームの話を知ってしまった僕は、疑ってしまう。
それとも、母さんは今日のデートのこと知ったうえでそれをうまくいかせないためにお金を要求してきているのだろうか、と。
昨日、母さんにはマミからの電話を取り次いでもらったから勘付いてそうしている可能性がある。
「わかりました」
僕が自分のカバンから財布を取ってくると、中身を出す前に母さんに財布ごと奪われた。
「なによ、これだけ? しけてるわね。ま、いいわ。もらっておくわね」
中身の数千円。母さんに根こそぎ、小銭まで奪われる。
普通なら怒るところだが、今日はなんだかその行動が僕のためのような気がして、僕は何も反論する気がおきない。
そんな僕を不審に思ったのか、母さんが毒づく。
「なによ。何も言ってこないなんて気持ち悪い子ね」
そう言われても最早その手の言葉には慣れっこで、僕の心は揺れない。
「申し訳ありません」
素直に僕が謝ると、母さんはふんっと鼻を鳴らして歩いていった。
リビングから高級そうなバッグを持って玄関に向かっていくのを、自室の扉から見守る。
「課題早く終わらせて、買い物も、あとバイトにも早く復帰なさい」
そう言って出かけていく母さん。
その言葉がなんだか、日常を取り戻せって意味な気がして、なぜか元気づけられる。
財布の中身がなくなったのは、少しだけいいことのような気がした。
マミがいくらでもおごると豪語していても、僕のおごられたくないという体面を完全に無視することは不可能だろう。
財布の中身が少ないほど、拘束時間は短くなるはずだ。
それに、母さんに課題を早く終えてバイトを再開するように言われたことはおそらく武器になる。
今日のデートに限っては、母さんは味方となるのかもしれない。
「ま、なんとか乗り切るしかないか」
つぶやく僕の横で、シャドウに吐き出された”僕”はちょっと青い顔をしていた。
「なあ、本当にマミとデートするんだよな。大丈夫なのか?」
なんだかデートを敢行する僕自身よりも緊張して具合の悪そうなソイツを見て、僕はさらに落ち着いてくる気がした。ほら、お化け屋敷とかで自分より怖がってる人がいたら、少し怖くなくなるあれみたいな。
「うん、まあね。昨日いろいろ考えて、割と大丈夫」
そもそもどうして、父さんとマミの関係に僕はあんなにショックを受けていたのだろう。父さんとは血がつながっていないし、幼馴染のマミにしたって初恋の相手ってわけでもない。それに中身だって本物であるかもわからないんだ。
尊敬を裏切られた? そんなの親に限らずよくある話だ。
幼い頃に理解のできないものをみてしまったトラウマは確かにある。
でも今、彼女を恐れる理由は冷静に考えれば、僕にはないはずだ。
「でも、余裕綽々ってわけにもいかないけどね」
ただデートに気を抜けるというわけではなかった。
僕の知らないマミのゲームのクリア条件。
彼女の望むほうに流されないようにしなければならない。
そして、僕が反発すると予測した上での誘導も、注意しなければならない。
もしテンがゲームに負けてしまったら、こいつを追い返すことが出来なくなってしまうかもしれないのだから。
「よし、気張っていこう」
「お、おう。なんか平気そうだな。行ってらっしゃい」
念のため僕の姿に変身した”僕”を家に置いて(今回は影武者じゃないので来客には出るなと命じてある)、自宅を出発する。デートと言われたから、少しだけおしゃれな格好をしたのはご愛敬だ。念のため、テンからもらった携帯もカバンに入れて持っていくことにする。
足を引っ張る自分もいないし、心強い味方シャドウも一緒。
僕は無敵だ、とまでは言わないけれど、なかなかに大きな気分だった。
待ち合わせは、駅前午前10時。
駅までは家から10分程度の道のりだから、30分ほど前に家を出る。
マミのショッピングに少し付き合って、その後ファミレスか何かでご飯を食べる、予定だと思う。詳しくはマミに任せてるからわからないけれど。
夏休みのせいか、駅近くの道はとても混んでいた。
この辺で電車に乗らずに遊びに行ける商業施設はこの一帯だけだからさもありなん。
風を切るように走る自転車もビュンビュン飛び交っていて、しかも歩道を走るものだから、危ない。
「あっ」
危ないなぁと自転車から距離を取っていたら小走りで向かってきたおじさんにぶつかられ、肩からさげていた小さなカバンが吹っ飛ばされる。
おじさんはよろけた僕のことを心配もせずに、そのまま走っていった。
全く、どんな人生送ってきたら、あんな風になってしまうのやら。
道の端っこに吹っ飛ばされたカバンは、携帯を吐き出して停止していた。
おいおい、携帯を守るためにカバン持ってきたのに、これじゃ本末転倒じゃないか?
そう思いながら、僕が駆け寄ろうとすると、誰かが、僕の持ち物を拾って持ち上げてくれる。
「はい、これ。大丈夫?」
長い黒髪に、大きな麦わら帽子をかぶったその人。
僕のことを心配して声をかけてくれるその人に、僕は目を、奪われた。
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