第26話 名前

「それで、”未来の僕”はこれから僕らにどうして欲しいんですか? まさか開始のタイマーを進めるためだけに来たってわけじゃないでしょう」


僕の言葉に彼はにやっと笑って手のひらを上に向ける。


「いや? それをしに来ただけだけど?」


本心かどうかがわからない。


「そもそも、君より私が出来るなんておごってないさ。むしろ自分よりカナメ君のほうを信じている節もある」


その言葉の真意ははかりかねる。

つまり彼が何もしないほうが、彼にとって都合のいい結末になる、ということか?

その意味でとったとしたならば、僕は思いのままに動けばいい。

もしくは前回今の自分の立場だった僕が、何かをしたせいで望みどおりにいかなかったからそうすることにしただけか。

全く、頭がこんがらがってくる。


「まあ、僕から言えることは、何かあったら相談してくれよってことかな。はい、これ連絡用の携帯。中に一つだけ入っているアドレスが私のだから」


そう言って二つ折りの携帯電話を渡してくる。

僕が持っていないことはやはりお見通しらしい。


「定期連絡とかは……」


「いらないいらない。ほんと困ったときだけでいいから。じゃあ、私は帰るね」


そう言って立ち上がって帰ろうとする彼。

僕は見送るために慌てて立ち上がる。

そしてもう一つ、気になっていたことを確認するために。

玄関になってやっと、僕は彼に追いついた。


「あの!」


「なんだい?」


出ていこうとした彼が振り返る。

これも彼自身は僕として経験していることなのだろうか。

そう考えながら、疑問を、言葉にする。


「さっきから僕のことしっかりとカナメって呼ぶけど。あなたは違うんですか?」


その言葉に彼は小さくうなずいて答えてくれた。


「私は、転生先ではテンと名乗っていたんだ。転生したからテン。安直な名前だろう? でも意外と気に入っているんだ」


そう言って彼は、家から出て行った。

訪れたときは敬語だった彼の口調はいつの間にか砕けている。

彼も緊張していたのかもしれないな、なんてことを思う。

だって彼にとってこれは過去への介入だ。

僕はどこかへ静かに帰っていくテンを見送った。


「おーい、あいつ帰ったのかー?」


そんな情緒をぶち壊してきたのは、もちろん”僕”だった。

空気の読めないやつめ。


「そうだよ、帰った。まあ、君が僕の目の前から消えてくれるために、とりあえず彼は味方みたいだから仲良くするんだよ?」


「おいおい、そんなとげのある言い方するなよ。俺が帰るためにはって言ってくれていいじゃないか」


そう言いながら肘でくいくいしてくる”僕”は控えめにいってウザい。

まあ、でも、気に入っていた世界には帰れないようだから、少し同情して許してやるか。

僕は突っ込まずにスルーして自分の部屋へと戻る。


「おい、無視するなって」


追いかけてくる”僕”に僕は、課題のノートを突きつける。


「とりあえず、続き、やる!」


「……はい」


素直に受け取って取り組み始めるこいつはやっぱり扱いやすい。

一応味方を得たとはいえ、問題は明日どうするかなんだよなぁ。

扱い辛いあの幼馴染をどうやって躱すのか。


「そういえば、マミと両親の条件って何なんだろう」


そう考えてはっと気付く。

待って、テンはゲームは異世界転生や転移を経験した者たちだけって言っていた。

それって。


「三人も経験者ってこと?」


「何言ってんだ。そもそも三人とも経験者だろう。父さん母さんは結婚してるし、マミのは見ただろ」


いやそうじゃないとツッコミは浮かぶか、どうでもいいので無視無視。

彼らが異世界転生の経験者ってことは……考え始めたが、僕はすぐに思考を放棄する。

聞いていない条件が多すぎた。

テンの例だけを聞くと、ゲームの参加者は転移・転生前の世界でゲームを行うのではと予測はできる。それならば、彼らは誰の転移・転生なのだろうと考えることも出来るし、有用だろう。

でも、そうとは限らない。それにテンの例からしても、時代にはかなりの開きがある可能性まである。


「なんにしても全ては神のみぞ知るってやつか」


僕のあったことない神のことを考えながら僕は課題に取り組む。

夏休みは残り20日程度。3人でやり始めてからの進捗を見るに、なんとか終わりそうではあった。ごたごたがないといいのだがとそこは願うしかないが。


「それにしても、あいつ、未来のこと教えてくれないなんてケチだったなぁ」


そう愚痴りながら課題をやる”僕”を無視して僕はシャドウに話しかける。


「シャドウは影にいるとき、影に引き込む以外の魔法どういうのが使えるの?」


「うーんとですね、この間もお見せした通信魔法とか、あとは魔力ある人間相手でしたら追跡魔法とかも使えます」


「魔力かぁ。じゃあ、この世界じゃ役に立たないかな」


「おい、無視するなってー!」


たった数日で日常となりかけている茶番。

僕はそれを繰り広げながら、テンに対して聞きそびれていたことをピックアップする。


期間はいつまでなのか。

対立していると言っていたマミや両親、彼らの勝利条件は何なのか。

他に僕に関わる条件を持っているゲーム参加者はいるのか。


電話するか、次に会うまで待つか。

普通ならマミに会う前に確認しておかねばならない内容だ。

けれど僕はそれをしないことにした。


何でかって?

疲れてるからだ。

自分が次々と出てくる状況で平気でいられる人がいたら、僕に会いに来てほしいね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る