第23話 未来を知る

「つまり、あなたも僕から分岐した人間ってこと?」


僕が尋ねると、目の前の彼はふふっと笑って手を広げる。


「はい、そうです。と言っても、私が分岐するのは今からずっと未来の世界。ですから、今のあなたよりずっと大人なのは間違いありませんね」


「つまり、あなたは。未来で分岐し、転生先から今の時代に戻ってきた、と?」


心の中で突っ込んでいる僕の代わりに、シャドウが尋ねてくれる。

おおよそ、僕がしようとしていた質問そのものだ。


「はい、そういうことです。要は私という存在は今、分岐するよりずっと昔の過去の自分自身に会っている、そういうことです」


なんてこった、分岐世界だけではなく僕はタイムトラベルの存在まで信じないといけないのか。まあ、僕と”僕”が過ごしてきた時間が一定ではなかった時点で、それは考えないといけない可能性ではあったのだけれど。

こんがらがってくる頭をなんとか整理していく。

えっとつまり。

こいつは僕から分岐した存在で、その分岐点は今よりずっと先のこと。

そして未来で異世界転生したこいつは、転生先から”僕”と同じように戻ってきた。しかし戻ってきた先は、自分が分岐した後、ではなく、なぜか今。

そういうことか。


そのまま鵜呑みにはできなかったが、整理はついた。

つまり、僕がするべき質問は。


「あなたは、僕だった。じゃあ過去に君は、僕としてこの時間を経験したということ?」


そう、僕と全く同じ経験をしているのか尋ねることだ。

時空の連続性、そしてイレギュラーな存在。

過去と未来がありそれを両方知って今に立ち会っているのならば、どこまでが同一か、尋ねねばならない。

もしかしたら、彼は僕としてここに立っている時、異世界転生して戻ってきた自分と会っていない可能性もある。それならば、大きく未来は変わり得る。


「さすが私ですね、聡い。でも、それに関してはイエスともいえるし、ノーとも言えます」


「その心は?」


「私は何にも縛られていないからです。確かに、私はあなたと同じように、未来で分岐したという異世界転生した自分自身に会っている。しかし、私のとる行動は彼と同一ではない。だから、今後の事象は変わり得るということです。私は彼の失敗から学び、よりよい結果を産むつもりです」


彼の言葉になるほどと納得する。

しかし彼の言葉をそのまま信じるのは危険だ。

自分は縛られていない、そう思っているだけの可能性がある。

実は目に見えないところで縛られていて、運命の力によってどんな行動をとったとしても結果、昔に会ったその人と、同一の結果を導く行動しかとれないかもしれない。

SFの読みすぎかもしれないが。

だから僕は変えられないかもしれない結末を知らないように、あえて未来のことは尋ねないことにする。


「なあ、じゃあ、俺が異世界に帰れるかどうかわかるのか!」


しかし、”僕”にはそんな考える力はないようで、またこの出来事の深刻性も、彼の言葉もわかっていないようで呑気に尋ねる。

そんな”僕”を僕はちょっとうらやましく思うが、それは目の前の彼も同じようでくすりと笑って答えた。


「ええ、私は、過去のあなたの結末を知っています。けれど私の行動によって、未来は変わるかもしれない」


「えー、なんだ。俺が帰れるかどうか確定でわからないのかぁ。あ、じゃあ、前回どうなったかだけ教えてくれよ!」


彼の言葉に少しがっかりする”僕”であったがへこたれずもう一度尋ねる。

その問いを僕が止める。


「やめとこうよ。未来を知るなんてロクなことじゃないから」


「えー、でも変わるかもしれないならいいじゃんか。参考にさ」


唇を尖らせる”僕”だったが、僕も譲る気はない。

そして目の前の彼も、おそらく自分としてこの状況を経験し、同じように未来を知りたくないと思っているはずだから、口をつぐんでくれていた。


「もしかしたら、変わらないかもしれませんからね。聞くのはやめませんか。私も元の世界に帰れない可能性もあるということを知ってしまったら、悲しくなってしまいますし」


そこでシャドウが”僕”を止める意見を述べてくれる。

それは一番効果的な意見だったかもしれない。

そして同時に、僕はシャドウの気持ちを考えていなかったんだな、と気付かされる。

僕を帰すことばかりに意識を向けていて、シャドウがこちらに来てどう思っているかなんて一度も考えたことなかった。

そうだよな、”僕”は異世界に帰りたがっているが、もともとはこの世界の人間。しかしシャドウは違う。

もっと帰りたい気持ちが強いかもしれない。

僕はそのことを失念していた自分に嫌悪感を覚える。


「そうだよね、シャドウも帰れないとつらいよね」


思いのほか僕のトーンが暗かったのか、シャドウがわたわたして僕に謝ってくる。


「いえ、そんなことないんですよ! もともと私は誰かの影でいることしかできない存在ですので、どこに居たってあまり変わらないのですけれど。でも、ありえるかもしれない、しかも一度あったという可能性の高い未来は知りたくないじゃないですか」


どうやらシャドウは”僕”をいさめるためにその言葉を言っただけらしい。

そして僕たちと同じ気持ちであるということも確認できた。

僕を慰めるためだけにその言葉を言った可能性もあるが、僕は自分の思考に近いシャドウの言葉をそのまま信じることにした。


まあ、それはおいといてだ。

過去と未来の同一性についての質問をした次は、この質問を彼にしないといけないな。


「……あなたの目的は?」


そう、異世界転生して帰ってきた僕が、何を目的に僕を訪ねてきたかだ。

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