第22話 異世界転生
二人がホテルに入っていった後、僕はその場で片膝をつく。
世界がぐわんぐわんと回っているような気がした。
予想はしていたことだ。
けれど、自分自身のトラウマは想像以上に深く、あの時見た、あの絡み合う裸体たちを思い出して吐き気がこみあげてくる。
しかも、僕は彼女と明日デートするのだ。
そう思うと、なんだか感情が天元突破して、無に近づいていきそうだった。
僕はそのままふらふらと帰宅する。
どうやって帰ったのかは、覚えていない。
ただ道中、彼女が僕を怪しんでいて、それを父さんと共有していた、その事実を知ることが出来たと必死にポジティブに考えることで、歩く気力を保っていたことだけは覚えていた。
このつらさは無駄じゃない。きっと解決につながっていく。
どうやら僕はうわごとのようにそれを家に帰っても繰り返していたみたいで、課題をやっていた”僕”は僕の顔を見てぎょっとしていた。
「どうしたんだよ、真っ青だぞ。ほら、とりあえず横になれって」
”僕”の介抱で僕はベッドに横になる。
変身魔法で鏡写しのように僕と全く同じ見た目になっている”僕”。
代わりにデートに行ってくれないだろうか、もともとはコイツが僕の家にいるのが原因だ。そう思うが、口に出す気力もなく、僕の意識は飲まれていく。
そしてそのまま眠りにつこうとした、その時だった。
家のチャイムが鳴る。
「はーい」
とりあえず誰かだけ確認して知らない人なら居留守を使おうと思ったのに、何の反射か、”僕”がチャイムに応えてしまった。
全く、どうしてくれるんだ。もう居留守が使えない。
僕は、ぐらぐらとする体をなんとか起こす。
「何応えてくれてんだ。君だとボロが出るかもしれないから、部屋のなか隠れてて?」
「あ、いや! うん、ごめん……」
自分に思考力が足りず、つらい僕を起こす結果になってしまった、そのことを悔いる頭はあるらしい。
しゅんとした”僕”を置いて、僕は玄関に向かった。
玄関ののぞき穴から見た感じ、見たことのない若い男性だった。
宗教勧誘かもしれない。
そう思って僕はチェーンをかけたままにゆっくりとドアを開ける。
「はい、なんでしょう。すみません、勧誘ならお断りなんですが」
先手を打ったが、その言葉に目の前の男性はなぜかにっこりとした。
「ようやく会えましたね、原始の魂の所有者さん」
「は?」
やはり宗教勧誘かと僕は扉を閉めようとした、しかし相手は慌てることなくこう言った。
「異世界から転移してきた自分に困っているんじゃないですか?」
僕は扉を閉める手をぴたりと止める。
なぜそれを知っている。
しかし、その言葉だけでは宗教勧誘の可能性もまだある。
「どうしてそう思うんですか?」
僕がそう尋ねると、目の前にいる男性はにっこりと笑って、次の言葉を言う。
「私は知っているからです。あなたが異世界転移してきた自分自身に困っていることも。そして、明日の幼馴染とのデートに恐怖心を持っていることも」
その言葉を信用したわけではない。
けれど、そのまま追い返すにはコイツは知りすぎている。
僕は一度ドアを閉め、チェーンを外してから再度ドアを開けた。
「あなたは何を知っているんですか」
僕の問いかけに、彼はまたにっこりと笑う。
ただ改めて見たその笑顔は、目だけが笑っていないような感じで不気味だった。
「たいていのことは。まずは、皆さんのいるところに通していただけますか。異世界転移してきたあなたと、そしてそうですねぇ、シャドウ君も一緒のほうがいいでしょう」
「シャドウのことまで知っているのか……」
つぶやきながら、隠し立ては無用かな、と考える。
もちろん、彼の言動、行動に警戒はする。
けれど、彼の持つ情報は”僕”がこちらの世界にやってきた謎を看破するのに役に立つかもしれない。
僕は彼を部屋に通す。
「どうぞ」
そう言って部屋の中に入ると、クローゼットに隠れようとしている”僕”とばっちり目があった。
おいおいせめて隠れるなら見つかる前に中に入らないと意味ないだろう、と思うが、今は別に問題ない。
「隠れなくていいよ。この人、全部知ってるみたいだから」
僕がそう言うと目の前の”僕”は目をぱちくりとさせた。
「全部って。異世界転移のこともか?」
「はい、もちろん。あなた方がトラックで事故に遭った際に運命が分岐したことも、そしてついおととい神によってあなたがこの世界にやってきたことも知っています。カナメ君、シャドウ君を出していただけますか?」
カナメ。
久しぶりに呼ばれた僕の名前になんだか、震える。
父さんも母さんも僕に対して名前を呼んだりしない。幼馴染に至っては、名前をかすりもしないあだ名で呼んでくる。
だからそう呼ばれるのはとても久しぶりだった。
「お願いします」
名前を久しぶりに呼ばれた衝撃に酔っていたら、男性に行動を促される。
僕は少し恥ずかしくなったがどうしようもないので、とりあえず影の中からシャドウを呼び出す。
『シャドウ、実体化』
そうして体の中を魔力が突き抜ける気持ち悪い感覚にさいなまれながら、シャドウを実体化させた。
少しだけ色味の黒いシャドウと、僕と”僕”がその場に並びたつ。
すると男性はほお、っと感嘆の声を上げてこう続けた。
「こうして、かつての自分が3人いるところを見るのはなんていうか圧巻ですね」
同じ人間が、じゃなくてかつての自分?
この人は何を言っているんだ?
不思議な顔を浮かべる僕らの前で彼は静かに宣言した。
「私は、異世界転生した後にこの世界に戻ってきた君自身だよ」
僕の世界に、僕、がまた一人増えたのだった。
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