第14話 僕の代わりに

「それじゃあ、行ってくるからな」


父さんの声が遠くで聞こえて、僕は眠りから浮き上がる。

あれ、今何時だ……。

行ってくるってどこへ?

寝ぼけた頭は時計を見たことで一瞬で覚醒する。


「やばい、寝過ごした!!」


がばっと体を起こすとめまいがおきて、視界が揺れる。


「おいおい、落ち着けって。俺が用意しといたからさ」


腕で頭を支えながらなんとか態勢を保っていた僕に”僕”が話しかけてくる。

そちらを向くと、もうすっかり起きて、僕の洋服を着たソイツが机に向かっていた。

状況整理が追い付かない僕が何も言えないでいると、”僕”は胸を張って主張してくる。


「俺が来たせいで随分とお前には迷惑かけちまってるからな。せめてもの罪滅ぼしだ」


うん、違う。

僕がしてほしいのは状況説明だ。

今は8時。

父さんと母さんが食事を終えてもう出かけている時間。つまり、僕が朝食を作っていないのに二人は出かけたってことになる。

それはおかしい。

もし朝食が出来ていなかったら僕の部屋に怒鳴りこんでくるはずだ。

そして”僕”は何かを用意したと言っていた。

つまり”僕”は、二人が起きだす前に朝食を準備したってことだ。

普通ならありがたがるところだが、僕はその前に何よりどうしてそんなリスキーなことをわざわざしたのかと問いたくなった。


だって考えてもみなよ。

着替えて僕と同じ状態になるならいいさ。

でもこいつは、僕よりもかなりなんというか、そう、ふくよかだ。

僕の服の中でもかなりゆったり目の服を着てなるべく目立たないように気を付けたみたいだが、もし父さんが見たらその違いなんて一瞬で看破されるだろう。


「なんでそんな……うん、ありがとう」


僕は、ため息交じりにそう言いかけて、ぎりぎりで訂正する。

目の前の”僕”はなんだか少し得意げだし、僕のことを考えてやってくれたに違いない。

そもそもこいつは、考えが足りないのだ。

ここでちゃんと説明したところで理解してくれるか微妙だ。

それならおだてておいて、進んで課題をやってもらったほうがありがたい。

現に”僕”は今、朝食を作ったうえに課題まで取り組み始めている。

木に登らせよう、おだてて。


「本当にありがとう。課題も進めてくれていたんだね」


「おう」


僕はそう言いながら彼の隣に座り、自分も課題に取り組み始める。

僕だったら寝過ごして何もやっていない人に文句を言われたら気分が悪い。

だから、僕は注意する前にしばらく課題に取り組むことにした。

シャドウを実体化させて課題に取り組み効率3倍。

なんとか山のような課題を少しずつ解体できている。

頃合いを見計らって、僕は”僕”に話しかける。課題取り組み開始から1時間くらいのことだ。


「そろそろ休憩にしよう」


そう言って立ち上がり、キッチンへ昨日追加で作っておいた麦茶を取りに行く。コップは一応シャドウの分も含めて3人分。


「はい、お疲れ」


きんきんに冷えた麦茶を差し出す。


「おう、ありがと」


後ろに手をつき、そちらに体重をかけて休んでいた”僕”が手を伸ばしてカップを受け取る。そして僕と違って、一気に飲み干す。

僕はちびちびとコップの中身を飲みながら(ちなみにシャドウは口をつけなかった)、話を切り出した。

課題をやりながらどうやって波風立てずに、こいつに二度と家事をやらないように仕向けるかは考えていた。


「あのさ、家事のことなんだけどさ。今日はやってくれてとってもありがたかった。でも、やる時間に起きたんなら次から僕をちゃんと起こしてくれないか?」


その言葉に不思議そうな顔をする”僕”。

やっぱりこの説明だけじゃわからないか。

家事をつらいと思った記憶は残ってるらしいが、家事を今やっちゃいけない理由の考察が出来ないらしい。


「なんでだよ、家事だって課題みたいに分担したほうが楽じゃね? 勝手はわかってるし」


確かにキッチンに行った際の片づけや、仕事の仕方は僕のやり方に沿っていて完璧だった。でもなぁ、そうじゃないんだよなぁ。

わからないかぁ。

転生の時に会った神とやらも、こういうのがわからないからこそ、扱いに困ったのかもしれないななんてそんなことを思う。


「なあ、君って異世界の時の日課ってなかったの?」


だから別方向から話を攻める。


「日課か? 魔法の練習はしてたな。あとは筋力トレに、あ、女の子にマッサージしてもらうのも日課だったな」


最後のは、いらん。

マジでいらん。


「んで、その日課やらないとその日調子出ないとかなかったか」


「ん、ああ、もちろんあったな。魔法の威力が小さいとか、女の子と一緒にいるときとか」


もっといらないのが来た。

あーあ、一生影に閉じ込めておきたいな。

異世界に行った僕だけなんでこんなおいしい思いしてるんだ。

まあ、僕が今のこのままの状態で女の子とそういうことできるわけないんだけど、ね。


「つまり、家事をすることっていうのは、僕にとって日課なわけよ」


「お?」


きょとんとした顔の後、じんわりと内容を理解し、納得していく”僕”。

やはり体験談をまじえると、知恵のないコイツでもわかるらしい。


「つまり、お前は家事をしないと女の子と一緒にいるときがんば……」


「んなわけあるか! 普通に生活すること全般だよ」


わかってくれたと期待した僕が馬鹿だったのか。

そう思ってため息をつきながら”僕”を見る。

すると、奴はなんだかにやにやしていて、僕は自分がからかわれたのだと理解する。


「んだよ、童貞いじめて楽しいかよ!!」


その言葉に”僕”ははっとした顔になって。


「そうか、お前、どうて……」


「わざわざ言うなって!」


どうやら、自分が分岐した後にそういう行為をしていたことを忘れていたようだった。こいつのアホさ加減にはあきれるを通り越して涙が出てきそうだ。

でもまあ、家事をしないでほしいということは一応伝わったようで僕はほっと胸をなでおろす。


その時だった。

それが襲来する。



「ねえ、ちょっといるんでしょー!! かわいいかわいい幼馴染がやってきましたよ!」


その声の恐怖はまだ、異世界でリア充を体験した”僕”の心にもしっかりと刻まれているようだ。

真っ青な顔をする”僕”と、僕は目があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る