第13話 おかしな”僕”

『シャドウ、”僕”に伝えられる? 一回出してあげるけど、家事しなきゃだからすぐまた戻ってもらうって』


『可能です』


部屋の中からたてる聞き耳で、父さん、そしてその後に母さんがお風呂に入り終わったことを確認している。

これから続きの家事をしなければならないのだが、その前に時間的に一度”彼”の出し入れが必要だった。

面倒くさいことこの上ないが、残念ながら仕様となっているので仕方がない。

うるさくされてもかなわないので、シャドウのほうから出す前に彼に言伝してもらおうとしたのだが、どうやら出来るみたいだ。

便利だな、この能力。時間制限さえなければ完璧なんだけれど。

少しして影から”僕”が吐き出される。

シャドウの言伝が効いたのか、”僕”は騒ぐことなく静かだった。

出てきても何もしゃべらない彼は、なんだかちょっと不気味で、調子が狂う。


『ご主人様、そろそろいけます』


気まずい沈黙をシャドウの言葉が僕の心の中で響き、破る。


「じゃあ、悪いけどもう一度戻ってもらうね」


「ああ」


間髪入れずに言った僕の言葉にもただうなずくなんて、影の中で悪い物でも食べたか。

あっ、そうだ。こいつは夕ご飯食べてないんだよな、とそこで気付く。


「大丈夫、ご飯ならなんかくすねておくから」


「ああ、うん、そうだな、助かる。影に入れていいぞ」


”僕”を安心させようといったその言葉も、なぜか不発。

僕は急な気まずい空気に耐えかねて、シャドウにお願いし彼を影の中に隠してしまう。


「はー」


思わずため息が出る。

なんでこんな自分相手に気を使わないといけないんだ。

ただでさえ家の中は神経を張り詰めていないといけないのに、きついものがあるぞ。

頭の中でぶつくさ文句でも言いたくなったが、僕は無理やりに頭を切り替える。

残念ながら家事は僕がやらなければ減ってはくれないのだ。


まずは脱衣所へ行き、彼らの脱いだ服を洗濯機に入れ、回す。そしてお風呂を洗いながら自分の体をシャワーで手早く流す。最低限だけお湯を使うよう気を付けながら。

あんまり長い間使ってたらボイラーの音を聞きつけた父さんに怒られるからね。

洗濯ものを脱衣所の中の物干し竿にかけて、朝食の準備をしてその日の家事は終了。

ついでにキッチンで残り物のご飯でおにぎりを作る。

僕と同じ味覚なら好きであろう、梅干しのおにぎり。

ばったりと廊下で鉢合わせたときに文句を言われないように、僕はTシャツの中にそれを隠して、自分の部屋まで運ぶ。


部屋に戻って、”僕”を開放すると、なんだか浮かない顔をしていた。

僕はお腹が空いたんだろうと思って、作ってきたおにぎりを渡す。


「はい。夕食。異世界の料理に比べたら大分貧相だろうけど、我慢してね。残念ながら僕が自由になるものはそこまで多くないから」


「わかってる。あんがと」


そう言って一応はおにぎりを受け取った”僕”だったが、顔色が優れない。

湿った顔をする”僕”は、いつもの僕より何倍も不細工になってなんだかむかつく。


「どうしたのさ。何が不満なの?」


だから少し怒り口調で尋ねてしまう。

すると、”僕”ははっとした顔をして謝ってくる。


「ああ、すまん。あれだな。なんていうか。あのその。お前にとっては現在進行形のことなんだけど、昔を思い出してな。ほら、家事とか。父さん、母さんとか」


昔を思い出す。つまり、今、僕がやっていた家事たちを自分がやっていたころのことを思い出していたらしい。


「それで?」


僕が先を促すと、彼はなにか言おうと口を開く。

しかしぱくぱくと空気を吐き出すだけでなにも言わない。

気味が悪いな。

そう思って、僕は”僕”を肘で小突く。

すると彼は、ふーっと息を吐き出して、言おうとしていた言葉を飲み込んだようだった。そして明るく次の言葉を紡ぐ。


「にしてもうまいな、このおにぎり。やっぱり日本食もいいな!」


はぐらかされた気持ちが強かったが、今日はもう正直情報過多のキャパオーバーで追及する気も起きない。

なんてったって、異世界転生してきた自分にあったり、初めて魔法を見たり、よくわからない頼りになるシャドウの主になったり、これで余裕をもっていられる人がいたらお目にかかってみたい。


やるべき仕事を終え、居候に食料を与えて満足した僕は思考を放棄して、ベッドに倒れこんだ。

僕さ、もう休んでも許されるんじゃない?


「俺は外で寝ていいのか?」


「うーん、うん……部屋の外には出ないでね」


再び影の中に自分を閉じ込めなくていいのかとの”僕”の質問に、あくびをしながら答える。2時間しかしまっておけないんだから外で寝るのは当たり前だろう。

僕は眠い頭でそう思うが、実際口には出さない。面倒だから。


「あ、鍵だけかけておいてくれる……?」


意識を手放す直前にその言葉を言えたかどうか。


「じゃあな、おやすみ」


自分の声でそう聞こえる。

誰かにおやすみなんて言ってもらえたのどれほどぶりだろう。

僕はそのまま深い眠りにいざなわれていった。

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