第12話 影に聞く、経緯

「戻りました」


リビングを見渡す前にそう言った僕であったが、そこに両親の姿はなかった。

大方すでに自分の部屋に戻り、タバコでも吸っているのだろう。

僕は両親がいないことにほっと胸をなでおろしながら、テーブルの上にある食器を片付けにかかる。

食べた食器をテーブルに置きっぱなしの二人の親。

まあでも僕としては早めに引き上げてくれたほうが嬉しい。

変な気を使わなくて済むから。


食器を水洗いし、スポンジで泡をつけていく。


洗い物は嫌いじゃない。


無心になれる。


両親の食事も終わっていたことで、ものの15分程度で食事の片づけを終わらせた僕は、いつもの指定時間に間に合うように、お風呂の準備も始める。

家事の報告は両親にはしない。

報告なんてしたら母さんに、「褒められたいの? 当たり前のことをやってると自覚して」と言われる。可能な限り静かに、二人の邪魔にならないように家事をこなすこと。それが僕の使命なわけだ。


「さてと、二人が入り終わったら洗濯かな」


お風呂の準備を終え、予定時刻に炊き上がるようセットして僕は部屋へと戻る。

シャンプーもリンスもボディソープもメイク落としも残量は十分だ。

呼び出されることもないだろう。


僕は自分の部屋に戻ると、鍵を閉める。

そして、シャドウに語り掛ける。


『シャドウ、僕が異世界転移した経緯を詳しく教えてほしいな』


『了解しました、ご主人様。でもわたくしはすでに前のご主人様の記憶にアクセスする権利を失っておりますゆえ、細かい部分まですべてというわけにはいかないのですが……』


詳細まではわからないか。

でも構わない。

彼の話す概要だけでも異世界転移した僕よりは、はるかに有益な情報を与えてくれるだろう。


『それで構わない。頼むよ』


『わかりました』


少しの間。

思い出しながら整理しているのだろう。

この短い時間だが、僕はシャドウにそれなりの信頼を置き始めていた。


『異世界転移する前までの記憶については、全く変わりがないことについてはわたくしが確認しております。違いは、事故にはねられた瞬間から始まります。』


そこから、シャドウは一部始終を語ってくれた。




事故にはねられた直後、元のご主人様……長いですね、ここでは彼、とさせていただきます。

彼は神様と名乗る人物と不思議な空間にて会いました。おそらくこちらの世界に再度来るとき会ったのと同一人物、いや、神であるのならその表現が正しいのかはわかりませんが、同一のものと考えられます。

神は転移の際、彼にステータス交換というものを施しました。ご主人様の持っている何かのステータスを、異世界で戦う武器『戦闘力』へと変えたのです。神からそのステータスはなんなのか明かされませんでしたが、彼はそうやって今の戦闘力を手にしました。

おそらくその時、彼は今のような性格になったように思えます。

そして彼は、異世界の世界で無双。もう、無類の強さを誇りました。魔王なんて敵じゃないくらいに。

神の想定よりもずっと早く、世界を平和にした彼は、また神の力によってこちらの世界にやってきます。神との邂逅については私が補足できる情報はありません。申し訳ございません。




『なるほど。大体の事情はわかったよ、シャドウ。ありがとう』


『はい、ご主人様。わたくしも今のご主人様のほうがやりやすくて助かっています。実体化時の戦闘力がないことだけが気がかりですが』


『そうか、僕が主人になったから実体化するとスキルとかが使えないのか』


申し訳なさそうに言うシャドウだが、それは主人である僕に戦闘力がないことが原因だ。彼が謝ることじゃない。

それに、転生前のこのただの地球でそんな戦闘するようなことは怒らないだろうし、大丈夫だろう。”僕”がなにかしさえしなければ。


『はい。影のままでしたら、元のご主人様を閉じ込めた魔法のように、いくつか使うことが出来ますから』


本当に彼は有能だ。

彼自身のルーツや出身についても聞きたいところだったが、そうずかずかと聞いていいものか少し悩む。

うん、もう少し仲良くなってからのほうがいいかもしれないな。

その代わりと言っては何だが、僕はシャドウに一つ尋ねる。


『シャドウはなんだと思う? 僕が交換に差し出したステータス』


『そうですね……』


考えているようで、少しの間が空く。


『私が思うに、”知恵”なのではないかと。元のご主人様は、今のご主人様に比べてあまりになんというか……』


『お粗末?』


『そうそれです』


ふふっとシャドウが笑う。

僕もつられて声に出して笑ってしまう。

おっと、いけない。

父さんに聞かれでもしたら、また疑われてしまう。


その後、僕は父さんと母さんの風呂が終わるまで、シャドウに異世界の話を聞いた。

”僕”が話すのとは違う、自慢の混じらない異世界。旅。仲間。

聞けば聞くほど羨ましくて、僕の心はきゅっと締め付けられる。

けれど、その度に変わってしまった”僕”の姿を思い出す。

僕はああなってまで異世界に行きたいのか。

答えは、まだちょっとわからない。


夜の少し憂鬱な次の家事を待つ時間が、シャドウによって少し楽しいものになった。

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