第11話 緊急事態
「お、おい、いきなりなんなんだよ。男に壁ドンされるような趣味はないんだっての」
異世界の”僕”は狼狽しながら、できるだけ壁に張り付いて僕から距離をとる。
まあ、こいつに詰め寄ったところでそこまでよい情報が得られると思わない。
影の中にいるシャドウに僕は問いかける。
「ねえ、シャドウ。いろいろと聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」
僕が影に向かって言うとシャドウである影はぶるりと大きく震えて、そして言いづらそうに言葉を紡ぐ。
『ご主人様、大変申し訳ないのですが、その前にお話しなくてはならないことが』
『ん? 何?』
発声して父さんに疑われてもかなわないので、脳内での発話に切り替える。
本当に便利だ。
というかシャドウが言ってた緊急事態って何だろう、スルーして異世界転生した僕あらため、異世界転移してきた僕に詰め寄ってしまった。
慌てすぎはよくない。
平静を保っていかなくては。
『そういえば、緊急事態って言ってたね。それにトイレに入った途端、こいつを吐き出した。それに関係が?』
『さすがご主人様、お見事です。大変申し上げにくいのですが、以前10年は閉じ込めておけるとお伝えしたのですがそれが閉じ込めてみたら無理そうなのです』
『それは……どうして?』
シャドウが自分の力を見誤るとは思えない。異世界の”僕”と違ってそんなポンコツではない。
では、何が起こったのか。
何かの見込み違いか?
『ご主人様と、前のご主人様の魂、というのでしょうか。それが近すぎて、わたくしの能力が上手く発動しきれないのです。この感じですと、前のご主人様を隠しておけるのは2時間が限度、ということになりそうです』
『2時間かぁ』
魂云々の話は、正直僕にはよくわからない。
そういえばさっき父さんも似たような話をしていたけれど、何かのブームのようなものだろうか。
とまあ、すぐ思考が横道にそれてしまうのはよくない僕の傾向。
今は唐突に発生してしまった時間制限について少し考えねばならない。
2時間というのは長いようで短い。
例えば、学校が始まったら2コマ授業を受けるのが限界だし、映画とかだったら1本見終われるかどうかの瀬戸際だ。
まあ学校はともかく、映画館に異世界の”僕”を連れていく必要性はないだろうから、考える必要ないのかもしれないが。
『こいつをどれくらい外に出しておけば、もう一度能力が発動できる?』
『1、2分ですかね。そのくらいいただければ、何とか』
なるほど。
学校の件は、休憩の度にトイレに行くことで解決できそうだな。
まあ、男が毎回個室に入ってると、なんと裏であだ名をつけられるかわからなそうだが、それは我慢するしかない。
まさか、異世界転移してきた自分をかくまっているとは考えもされないだろうしな。
「なあなあ、なんで壁ドンしたあと押し黙ってるんだよ。ちょっと気持ち悪いぞ」
「黙れ」
呑気な声をあげている異世界の”僕”ににらみを利かせる。
「はい、すみません……」
しゅんとする”僕”に、僕は少しだけ同情を覚える。
コイツだって、好きで転移先から戻ってきたわけではないのだ。
女の子に囲まれ、考えすぎることもなくなって超絶ハッピーに暮らしていたところを、何か大きな力、光る神様によってこちらの世界に飛ばされたのだから。
うん、僕と違って幸せな期間を過ごしている分全く同情しないな、前言撤回だ。
そしてお前はもう少しまともになれ、頭を使え。
この世界は火力じゃなにも解決できない。
『シャドウ、もういける? コイツしまって』
『はいご主人様』
「う、うえ? また、吸い込まれてくんだけど……もうちょっと自由を謳歌させてくれよぉ」
「後でね」
僕はそう言って、”僕”が格納されるのを見届けると、トイレの水を流す。
全く、今日はトイレに申し訳ない。
無駄な水流しばかりだ。
僕はリビングに戻りながら、頭をよく働かせる。
部屋に戻ってから、ゆっくりとシャドウと話をする時間が必要だ。
今後のこと、異世界の”僕”の記憶のこと。
そして、父さんの話のこと。
父さんがこのタイミングで転生の話をしてきたことには運命的なものを感じる。
”僕”の襲来について実際に知っているとは思えないが、僕の行動に、帰ってきてから短い時間ではあったが、何かの違和感を抱いたのかもしれない。
もしくは、父さんは。
血のつながってないこの親子ごっこは。
この事象に無関係ではないのかもしれない。
「さすがに、考えすぎかな」
つぶやいて、頭をぼりぼりとかく。
事故の傷跡に触ってしまい、少し、痛んだ。
さて、リビングに戻って、家事を片付けなきゃいけない。
なるべく普段通りに。
2時間以内に自分の部屋に戻って作戦会議だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます