第10話 父さんの話

「できました」


リビングのテーブルにできた食事を並べて、父さんと母さんに声をかける。

すると二人は、ソファから立ち上がってテーブルへと座る。

僕がいつものごとくキッチンで食べるために戻ろうとすると、なぜか父さんが呼び止めた。


「今日は一緒に食べなさい」


「えっ」


突然のことで僕が驚いていると、父さんは顔をしかめる。


「私たちと一緒に食べたくないというのかね?」


「い、いえ、そんなことはありません」


父さんのにらみにびくびくし、そして今まで一度もなかった展開に驚きながら、僕は自分の食事を持ってきてテーブルの端に置く。


「あら、味、マシになったわね」


そう言う母さんは僕を待たずにいただきますも言わずに食べ始める。

いつものこと。

とてもおかしい、僕の日常。


でも、日常じゃないことが一つある。

僕はリビングに、父さんと母さんと一緒に座って、夕ご飯を食べている。

態度はまあ、あれとして、家族団らんの幸せってこういうものなんだろうな、と僕はぼーっと考える。

そんな僕を父さんがじろりと観察するような目で見てくる。


「キミは転生、というものを信じるかい?」


「は、はい?」


父さんの口から出てきた言葉が、予想外で、しかも今日何度も聞いた言葉だったものだから僕は非常に間抜けな声を出してしまう。


「転生、ですか」


取り繕うように言ったが、父さんに僕の動揺は伝わってしまっただろうか。

僕の額につーっと汗が流れていく。

この汗も焦りじゃなくて暑さのせいだと思ってくれるといいが。

僕と父さんがにらみ合う、無言の時間が続く。


頭の中で会議が始まる。落ち着くための、現実逃避のための会議だ。

まあでもさ、きっと、輪廻転生とかの話だよ。

だって、父さんは漫画もアニメもラノベも読まない。

異世界転生というものがブームになっていることすら知らないに違いない。


「そうだ、転生だ。一度肉体が死んでから、生まれ変わること。前世の記憶をもって生まれてくる人もいるらしい」


「あら、あなた。なんて話しているの、まずいご飯がもっとまずくなるわ」


「黙りなさい」


顔をしかめながら話をさえぎってきた母さんに、珍しく父さんがぴしゃりと注意する。普段はいつも母さんを優先するのに本当に珍しいことだ。


「キミは、転生についてどう思うかね?」


神経質そうに眼鏡をくいっと上げて、父さんが僕の顔を覗き込む。


「転生……なんて難しいこと、僕にはわかりません」


「一説によると、魂には質量があると言われている。魂は他の物質に変換可能なのか。それは私たち人類にはわかっていない問題だ。もしも、魂が唯一無二の物質で、何物にも変換不可能だとしたら、世界は魂不足に陥るとは思わないか?」


父さんの言葉が一言一言沁みてくる。

よく、考える。

こういうところは父さんに育てられたから身についた思考能力だと思う。

でも、それを僕は、表に出してはいけない。


馬鹿を演じるのが、正解。


「魂が不足したら、みんな困っちゃいますね!」


「ふむ。そうだな。困るな。つまり、魂が不足した場合、他の惑星や宇宙や、世界線からの調達が必要になる。でも、他から調達した魂は、この世界からしたら異物だ。世界の均衡のために、排除されるかもしれない」


そういうと、父さんは僕の作った食事を食べはじめる。

あれ、終わり?


それは顔をしかめて聞いていた母さんも同じだったようで、肩をすくめたあと、食事を再開した。


僕は父さんの言葉を頭の中で何度も何度も反芻しながら、食事を急いでかきこむ。

早くひとりになりたい。

ちゃんと考えたい。

その時、頭の中で少し焦った声の誰かの声が響いた。


『ご主人様、緊急事態です! 5分以内に誰にも見えない場所に退避を』


頭の中のリフレクトに気を取られすぎて、それがシャドウの声だということに気付くのに十秒ほど時間を有した。

やっとのことで正気に戻った僕は、すぐに行動を開始する。

ちょうど食事は食べ終えるところだった。


「ごちそうさまです。片づけはちょっとトイレに行った後にさせてください」


そう言ってリビングから走り去ってトイレに向かう。


「人が食べてるときにどういう神経してるのかしらっ!」


母さんの怒鳴り声が聞こえるが気にしない。

本当は自分の部屋に戻りたかったが、それでは家事のために捕まってしまう。

次善の策としてのトイレだった。


僕がトイレに入って鍵をかけると、すぐに影がもこもこと動いて、何かを吐き出す。

徐々に実態をもってきたそれは異世界からきた”僕”だった。

そう父さんの話によって、一つの事実がわかる。

そして、異世界に行ってどれだけ僕がずれてしまっているかも。


『あの、本当にすみません、ご主人様』


シャドウが頭の中で謝ってくる声がするが、今は正直そんなことどうだっていい。


僕は、狭いトイレの個室の中でいわゆる壁ドンの形で”僕”に詰め寄る。

両親がいるから極力音は経てない形で、そして耳元で囁く。


「あのさ。君がしたのは、異世界転移、だよね」


慌てて気付かなかった僕も悪いけれど、年単位で勘違いしていた”僕”は一体何なのだろう。


もっといろいろとちゃんと聞きださなきゃいけないかもしれない。


シャドウから。

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