第15話 幼馴染襲来

「ねえ、いるんでしょ! 私いるって知ってるのよ」


玄関からの声がだんだん大きくなってくる。

今にも扉を破壊してでも入ってきそうな勢いだ。

早く異世界の僕を隠さなくてはと思うが、それを行ってしまったら、奴のもとに行かない口実がなくなると震える僕の心が拒否していた。


「ねえ、異世界転移した僕」


「なんだ、転移しなかった俺」


僕は唾をごくんと飲み込んで、彼に問う。


「君、異世界でリア充だったんだよね。じゃあ、あいつのこともあしらえるんじゃないかな」


「いやいや無理無理。あいつはただの女じゃないもん。分岐する前の記憶は残ってるんだって。トラウマそのものだよ。はは、それに俺今結構横幅広いし。さすがにバレるって」


焦った様子で体の前でひらひらと手を振る”僕”。

あまりのトラウマに言い訳にいつもより頭が回るようだ。体のことに気付いてやがる。


「いやいや。あいつだったらワンチャン気付かないって。うん、そうに違いない。ここは童貞の僕を救うと思ってさ」


「いやお前、さっきはそれ言ったら怒ったじゃん。都合のいいときだけその称号使うのやめろよな」


「ねえー、鍵開けて入っちゃうよ?」


その言葉に僕もそして”僕”も言い合いをやめて固まる。

普通、幼馴染だからと言って簡単に家に侵入できるものではないが、アイツならやりかねない。合鍵だっておそらく隠し持っている。そして事情が事情ならピッキングだってやり遂げるに違いない。

そしてこのままだとじきに彼女は入ってきて、僕が三人いる状況を見るだろう。

考え得る限り最悪のパターンだ。

三人いるなら一人くらいいいでしょとお持ち帰りされる可能性が大いにある。

そうなったら、三分の一で死だ。

僕が複数人いる(シャドウは見た目だけだが)この状況を決して彼女に悟られてはならない。

つらい決断だが、僕はシャドウを影に戻し、”僕”をその中に収納した。


彼女。

幼馴染のマミ。

異世界転生した僕が、僕を脅すのに使った例の秘密を起こした張本人。

僕は、限りなく、彼女が苦手だった。


「ごめんごめん、課題やっててさ」


「もー、開けるの遅い。こんなにかわいい幼馴染を待たせるなんて罪な男」


笑顔を貼り付け扉を開けて迎え入れる。

すると彼女は満面の笑みを浮かべて僕にハグした後、ほっぺたにキスをする。

ちなみに彼女は帰国子女でも何でもない。

つまり日本人として過剰なスキンシップ。

苦手だ。


ちなみにマミは残念ながら自分の言う通りかわいい女の子ではあって、一緒に歩いていても男に声をかけられることがしばしば。

可愛い幼馴染というのに突っ込めないのもなかなか痛い。

それに彼女を邪険に扱うと、学校の中で浮く。誰にでも明るく接する彼女は、基本的に人気があるし、そして、彼女にひそかに好意を寄せる親衛隊のような男たちからなかなかどうして反応に困るいやがらせを受ける。

給食の牛乳のストローだけなかったり、カレーに肉だけ入ってなかったり、回ってくるプリントがみんなより明らかにくしゃくしゃだったりというね。

そういう地味な嫌がらせなのは、僕に直接害のあることをして、彼女の機嫌を損ねないためだ。


なぜマミがそんなに、僕に距離感近く来るのかは、正直謎だ。

そしてうっとうしい。

僕としては、マミは絶対に恋愛対象には入らない。

だって、僕は見てしまっているのだから。


「それじゃ、上がらせてもらうね」


僕のその思考をさえぎるように、マミが家に侵入してくる。


「あ、ちょっと」


僕の制止をするりと抜け振り切って、彼女は僕の部屋に直行する。

いつものことだが、怒涛の勢いで動く彼女に僕はワンテンポ遅れた。

そして、そのワンテンポが致命的であったことを次の瞬間悟る。


「ん、あれ? なんで部屋にコップが3つもあるの?」


見られてしまった。”僕”とシャドウ、そして自分の分。

三人分の麦茶が入っていたコップを。

せめて先に入っていればどうにか隠すことが出来たろうに。

そして彼女の面倒くささはここにも発揮される。


「3つ? うーん、3つってことは数的に女を連れ込んでいたとかじゃなさそうね」


そう、彼女はぐいぐい来るからと言って、考えなしなわけじゃない。

マミも異世界転移した僕みたいに単純だったらもっと扱いやすかったろう。

けれど、彼女は聡い。

聡い上にぐいぐい来る。

ああ、もう苦手だ。


「ま、シュウちゃんにそんな度胸ないことなんてわかってるから気にしないけど」


苦手なポイントもう一つあげよう。

僕のことをシュウというあだ名で呼ぶこと。実はこのあだ名名前と一切関係ない。読み方を変えたわけでも、本名にかすってもいない。

一度彼女になぜそう呼ぶのか聞いたことがあるが、返ってきたのは「だってシュウちゃんは、シュウちゃんでしょ」との意味不明回答だ。

聡い彼女がどうしてと思うが、女というのは頭が良くてもたまに心優先の回答をするものというのをいつだか父さんが言っていたのを聞いてちょっと納得した。


「んで、どうして3つもコップあるの」


ずんっと詰め寄ってきて軽くパニックになる僕。

そんな僕に救世主が現れる。

僕の新しい影、シャドウが助言をくれたのだ。


「最近、おなか壊しやすくなっててさ。飲む分だけ麦茶常温に冷ましてるんだ。ほら、パンツだって3枚はもっておきたいじゃん。そんな感じ」


一つ飲み終わり、一つ手が付き、一つまるまる入っている麦茶にうまく説明をつける。パンツの部分は僕が付け加えた。

言ってからいらなかったと後悔した。


「ふーん」


パンツなんて言ったから何を言われるかと心配になったが彼女はなんだか納得してくれたようで引いてくれる。

僕は胸をなでおろすと、でも、と彼女が発したので体を固くする。


「でも、パンツが3枚必要なのは今はいている分と明日の分と洗濯中の分の3つだからだと思うわ。コップの例とは違うわね」


やっぱりパンツの付け足しはいらなかったようです。

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