第8話 僕の両親

「やだやだ、俺は絶対に影の中になんか入らないからな!」


青い顔をしながらごね始める”僕”に僕とシャドウはじりじりと距離を詰めていく。


「ねえ、シャドウ。本来は敵を閉じ込める術ってことなら、相手の同意がなくても出来ちゃうんだよね」


「はい、問題なく」


”僕”の顔はだんだんと白くなっていく。

いや、これはやりすぎか? そろそろ飴も与えなきゃダメか。

ちょうどそう思ったところ、目の前の”僕”が体の前に手を突き出した。


「そんなに閉じ込められるんだったら、俺、その前に抵抗する! 今ちゃんと約束しないと、暴れて火を出すからな! 俺を隠しても必要がなくなったらちゃんと開放すること、いいな!」


その脅しは全く脅しになっていないことに気付かないのだろうか。

とりあえず同意してこの場を収めて、閉じ込めてしまえばもう”僕”には何もできない。

最も、ずっと閉じ込めておくつもりはないわけだから、ここはちょっと馬鹿になったふりをしていこう。


「それは困るな……というか冗談だよ。10年閉じ込めておけるって言ったって、10年後に君に会うのなんて僕はまっぴらだ。さっさと君をもとの世界に返して、僕は平穏な生活を送りたいんだ。それに、閉じ込めてたら課題を手伝ってもらえないだろ」


後半ちょっと本音を混ぜることで信憑性を上げる。

すると、”僕”はやっと安心したのか、顔色がもとに戻っていった。


「脅かすなって、命の危機を感じたぞ」


「元のご主人様、心配しすぎですよ。そんなにもともとのご自分が信じられないですか」


そう言ってなだめるシャドウ。

しかし”僕”はそんなことない、と笑って済ませるところのはずが、少しだけ表情を曇らせる。

違和感。


「別に、そんなんじゃないけどさ」


何だろうこの違和感は。


ピンポーン


それを追求しようと思った瞬間。

玄関のチャイムが鳴った。

おそらく父さんと母さんだ。

僕がいるときは鍵を持たずに出かけるいつものこと。


「ごめん、二人とも隠れて!! 大丈夫そうになったらまた出てもらうから」


「絶対に長い期間閉じ込めるなよな、約束しろよ。もし破ったら次出てきたときに痛い目合わせるからな」


「わかったって! シャドウ、頼む」


「了解しました」


早口での押収。

シャドウは僕にそっくりなその形をなくして、液体状となり、”僕”を巻き込んで床へと沈んでいく。

黒いしみは僕のほうへと寄ってきて、足元で影としてつながる。

つながった瞬間、また奇妙な感覚がして、僕は片膝をついてしまう。

これが魔力ってものなのか。

不思議な感覚にちょっと気持ち悪くなりながらも心は少しわくわくした。


ぴーん ぴんぴーんぽーん


だんだんチャイムがせかすようになりだしてきているから、行かないと。

僕は机のテーブルに捕まりながら立ち上がり、玄関へと向かう。


ドアチェーンを外し2つの鍵を外し、両親を迎え入れる。


「もう、遅いじゃない。早く出てよ!」


ドアを開けると、ちょっと怒り気味の母さんの顔。


「ごめんなさい、トイレに入ってて」


「トイレ? 水を流す音なんて聞こえなかったぞ」


そして、僕の言葉をいつだって疑ってくる父さんも後ろからひょっこり現れる。

ああ、異世界転生した僕より苦手な二人が、家に帰ってきた。

憂鬱な気分になりながら、嘘がばれないよう取り繕う。


「っと、父さん、ありがとうございます! 二人のチャイムで慌ててしまってトイレの水を流すのを忘れていました。戻ってながしてきます」


ダッシュでトイレに行き、鍵を閉め、空っぽの便器の水を流す。

今も父さんはしっかりと水を流すかどうか、聞き耳を立てているだろう。


『ご主人様の記憶を見させてもらって知っていましたが、なかなか癖のあるご両親ですね』


僕の親だからか、ひどい、とか怖い、とか言わずに気遣った物言いをしてくれるシャドウはやさしい。


「うん、どうして一緒にいるかわからない、そして僕の親をなぜやってるのかわからないような二人なんだ。もしかしたら本当の親じゃないのかもしれないね」


『そんなっ、ご両親でしょう』


そう否定しながらも、シャドウも僕の記憶を知っているわけだからすでに真実を知っているのだろう。

どうして、この二人は夫婦でいるのか。

僕は机の中にあるDNAの鑑定表を思い出す。

事故で入院した時、ある人にお願いして行ってもらったその鑑定。

僕と、この二人の親の間に、血縁関係は、ない。


「さて、と」


そう呟いて僕は気持ちも重く、トイレから出る。

さあ、疑われる前に、出ないといけない。


父さんは、小さなことでもすぐ疑ってくるから。

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