第7話 主の移行

「それではご主人様、転生前の世界のご主人様、主人交代の儀を執り行わせていただきます」


うやうやしく礼をするシャドウを中心に僕らは、並ぶ。


「それではお二人とも、お手をお貸しください」


正面に差し出すように促された手は、シャドウによって取り持たれ、重ねられる。

三人の手が触れた瞬間、体に何かのエネルギーのようなものが、押し寄せてきて、僕はくらりとする。

そんな僕を、シャドウが空いている手で支えてくれる。


「魔法の耐性のないあなた様には少しつらいと思いますが、すぐすみますゆえ、少し我慢していてください」


「うん、わかってる」


シャドウの腕に捕まりながらも重ねている手を離さないようにする僕。

そんな僕を心配そうに見つめているのが異世界転生した”僕”。

全くむかつく顔だ。

そしてシャドウの顔をちらりと見て、僕は気づく。

この状況、もし第三者がみたらなかなか笑える状態ではないか。

同じ顔が三つ並んで、えいえいおーと掛け声でも出しそうなポーズをとっている。

うう。

僕がそんな間抜けな見た目でいるなんて、ちょっと考えたくなかった。


「こ、れ、で。終わりですっ!」


最後にぼんっという衝撃が来て、僕と転生した”僕”はお互い反対方向に吹っ飛ばされる。


「いってー!」


「いった、くないや」


叫び声をあげる”僕”とは裏腹に、僕はなぜか痛くなかった。

僕の背後にはクッションになるようなものはなにもない。

あるのは、夕日に照らされて伸びている影だけ。


「あ、影!」


『はい、ご主人様。わたくしにございます』


シャドウと思しき声が頭の中で響いてくる。

そういえば、先ほどまで三人いたのにシャドウの体が消えていた。

主が変わったから一度影に戻り、肉体を再生成する必要があるのだろう。


「ねえ、シャドウ。僕もさっきみたいに、君を影として切り離して実体化させることってできるの?」


『はい、主様。できます。シャドウの実体化は主の魔力によって行っているわけではありません。主様の指示がもらえれば、シャドウはいつでも実体化できます。念じて下さい』


「うん、わかった」


「おい、なにぼそぼそ一人で言ってんだよ。ていうか、シャドウはどこ行った?」


おしりを抑えながら、突っかかってくる”僕”を無視して、集中する。


『シャドウの実体化』


心の中で必死に念じていると、自分の足元から先ほどから感じていた不思議な力が抜けていくのを感じた。


「お見事です。新しいご主人様」


黒い水滴のようなものになって天井から落ちてきて実体化したシャドウは、そう言ってうやうやしく礼をする。

その見た目は、今度は僕をコピーしたものになっていた。

つまり、痩せている。


「こちらのほうがやはり、動きやすそうですね」


自分の体をぐるぐるとみるシャドウ。

そんなシャドウに詰め寄る”僕”。


「おい、影のくせに、俺が太ってたっていいたいのか!」


「はい、そうでございますよ」


にっこりと笑って返すシャドウに、”僕”は驚きの表情を浮かべる。


「おい、影がそんなこと言っていいと思ってるのか! 俺がいないと実体化できないくせに」


「それは過去のお話です。今のご主人様はこのお方です。全く、元の世界ではこんなに素晴らしい性格をなさっていたのに、異世界転生という事象は恐ろしいですね、人をこんなにも変えてしまう」


そういうシャドウに顔を真っ赤にして怒っている”僕”。

まあ、パワハラはよくないからね。

僕は絶対にやらないようにしなきゃいけない。


「落ち着いてってば。シャドウも、言いすぎだよ。とにかく、これで主人を変えるのは完了したってことでいいかな?」


仲裁に入りながら確認するとシャドウがうなずく。


「はい、これで問題なく元のご主人様を、新しいご主人様の影に閉じ込めることができることと思います」


「それって、時間制限とかあるの?」


気になってたことを聞いてみる。

閉じ込めておく時間が有限だとしたら、少し使い方を考えなくてはいけない。


「相手の抵抗次第ですが、元のご主人様の魔力程度でしたら。そうですね……10年ほどは問題なく閉じ込めておけると思います」


「は? 10年だって!!」


またもや驚く”僕”に、僕はだんだん呆れてくる。

ねえ、どうしてそんなに自分の従えていたものに無頓着でいられるの?

異世界でほんとに何があったのさ。


「10年もあれば、普段使いでは問題なさそうだね」


「お、俺は嫌だぞ! 10年閉じ込められっぱなしだなんて」


頭をぶんぶんと振っていやいやする”僕”。

子供かって。


「何もずっと閉じ込めるだなんて言ってないじゃないか」


安心させるように、穏やかな声を出すよう努力しつつ僕は”僕”に語り掛ける。


「必要な時に隠れるためにタイムリミットがあったら困るだろ? そのために確認しただけさ」


「なんだ、よかった」


ほっと胸をなでおろす”僕”。

ほんと、なんでこんな甘い思考で魔王を倒すことができたんだ。

パーティーメンバーの中にいい舵取り役でもいたんだろうか。

それともシャドウがうまくやっていたんだろうか。


「でもね、異世界転生した”僕”」


「ん? なんだ?」


声のトーンを落とす。


「これからもシャドウにそんな大きい態度取ると、うっかりシャドウが10年くらい間違って閉じ込めちゃうかもしれないよ、ね、シャドウ」


僕は振り向いてシャドウににっこりとほほ笑みかける。

するとシャドウも驚いて目を見開いていたが、すぐににっこりと笑いかけてくれる。


「ええ、あまりにひどいと、うっかり、ってことも起こるかもしれませんね」


その時”僕”がしていた青い顔と言ったら、脳内に保存しておきたいくらい見事なものだった。

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