第6話 他人からの隠れ方

「おいおい、シャドウにまで課題手伝わせるとか正気か?」


今度は呆れ口調をしてくる異世界転生した僕に対し、ふんと鼻をならす。


「君だって、自分の担当分が減ったら嬉しいだろ?」


「それは、まあそうだけど……」


口ごもるソイツに、シャドウは問題ありませんよ、とやさしく声をかける。


「先ほどまで課題を手伝われていたご主人様の記憶を読みまして、この記述式の課題、というものは、複数人でやることが吉とわたくしにもわかります。ご主人様の負担を減らすためにも分担して行うのが良いのであれば、たとえ戦闘ではなくとも、このシャドウにもぜひとも手伝わせてください」


うんうん、なんていい影君なんだ。

僕はけなげなシャドウにほろりと涙を誘われる。


とまあ、課題を分担できることが決まったので少し晴れやかな気分で、次の大きな問題について考えていきますか。


時刻は午後5時。

あと1時間ほどで両親が帰ってくる。


「さてと、課題の件も見通しがたったことだし、次は君をもう少しで帰ってくる父さんと母さんからどうやって隠すか、だよなぁ」


「ちょっ、もう帰ってくんの!? 考える順番違くないか」


異世界転生した僕からのツッコミを受けるが、僕はへこたれない。

ここは僕の世界だ。考える順番も僕が決める。


「うーん、君がもうちょっと痩せててくれたら、服を着替えて僕の変わり身でも通用したんだけど、そんなに太ってるんじゃしょうがないね」


「わ、わるかったな! 異世界の飯っておいしいし、それに太りやすいんだよ」


「いや、異世界の食事事情とかはよくて、今は君の見た目が問題なんだ。余計な情報挟まないでくれる?」


「とろっとろに煮込んだモンスターの煮込みとか、スライムのあまーいスイーツとか、すっごいうまいんだぞ!」


モンスターの輪切りを煮込んだどろどろの鍋や、でろでろのスライムのくすんだスイーツを想像する。

うむ、美味しそうじゃない。

自分の食レポの下手さにここは救われる。

うらやましく感じないや、これは。


「なんだその目は。おいしそうじゃないってか? いーよ、異世界に帰れたら仲間の時間凍結魔法で冷凍したおいしい飯の数々を送り付けてやるよ!」


その仲間も女の子なんだろうなぁ、と想像しながら、時間凍結魔法という言葉にワクワクが止められなくなってくる。なんで、異世界転生したのは自分じゃなかったんだ。でもまあ、異世界に転生したら目の前のコイツみたいなちょっとした能無しになってしまうのなら、どっちがよかったかと思う節もあるのだが。


「さ、ご飯の話はもういいとして、どうやって隠れるか、だよなぁ」


「それなのですが、わたくしから一つ提案があるのですが、お聞きいただけますでしょうか」


「なに、シャドウ?」


異世界転生した僕と同じ格好で、真面目な顔で話してくるシャドウ。

うん、やっぱりこっちと話してるほうが断然いいなぁ。

もう、シャドウだけ僕の手元に置いて一緒に課題やってもらって、異世界転生した僕にはどこか遠くで暮らしてもらおうか、そうしようか。


「ご主人様に、転生しなかった世界のご主人様の”影”になって隠れていただいてはいかがでしょう」


「影?」


「俺が影に、なる?」


きょとんとした顔をしているのは、僕もソイツも同じようで、シャドウが顔を見比べて吹き出す。

おいおい、シャドウ。

表情は違えど君も同じ顔なんだぞ。


「おい、シャドウ。影のくせに笑うんじゃない」


「も、申し訳ございません」


すぐに表情を真面目そうな元の顔に戻す、シャドウ。

影のくせに、とか。とんだパワハラだな、おい。

僕はシャドウにちゃんとやさしくしよう、話も分かるし、課題も手伝ってくれるようだし。


「それで、シャドウ。こいつに影になってもらうってどういうこと?」


「は、はい。わたくしが使える魔法の一つに、対象を影に閉じ込めるという魔法があります。ご主人様を転生前の世界のご主人様の影の中に、必要な時だけ隠しておくことができるかと」


「それ、いいじゃん! さっすが俺の影、ナイスアイディア」


パチンと指を鳴らしながら称賛するソイツ。

しかし、そんな素晴らしいアイディアを出したにも関わらず、シャドウはどこか落ち着かない顔をしている。


「なにか、問題か条件があるの、シャドウ?」


ここは、と思って僕が尋ねる。

きっと自分のご主人様には言いづらいことなんだろう。

促してあげないと。


「は、はい。実はこの魔法、本来は敵を閉じ込めるためのものでして、自分のご主人様には使えないのです」


「え、それ、ダメじゃん。役立たずじゃん。あーあ、喜んで損した」


明らかに失望したような声を出して、言うソイツに、じゃあお前はいい案何か一つでも出したのかと、喉元まで声が出かかるが唇を噛んで耐える。

さっきまでなかなか話の伝わるやつだと感じていたシャドウだ、きっとこれで終わりではない。そのためには、”僕”の機嫌を損ねないほうがいい。

使えない魔法の説明をわざわざしたシャドウ。その意図は何だ。自分のご主人様には使えない。つまり、その条件さえ外せば、影に隠しておくことができる?

一通り考えて、僕はシャドウの意図していることを理解する。ああ、つまりそうか、そうすればパワハラからもシャドウを開放できるのではないか。


「シャドウってさ、ご主人様を変えるのって大変なの?」


「! い、いえ、そんな、ご主人様を変えるなんて不敬なこと、わたくしが考えられるはずがありません」


うん、いい演技だ。

なかなかの役者なんじゃないか、シャドウは。

ちょっと怖い気もするな。


「何言ってんだよ、ご主人様変えて、何いいことがあるんだよ」


「だってさ、君のこと、自分の主人だから隠せないんだろう。もし、僕がシャドウの主人になれれば、ことは万事解決なのになって」


僕の言葉を聞いたソイツは3秒ほど固まって僕の言葉を必死に理解しようとする。おいおい、遅いな。異世界で戦ううちに脳筋になってしまったのか。


「ああ、そうか。そうできればうまく隠れれるのか。おい、シャドウ。主人の交代って難しいのか?」


「いえ、元とこれから新しくなるご主人様の了解が両方とれていればそこまで難しくは……でもご主人様、よろしいんですか?」


「んー、あー? 問題ないよ、たぶん」


軽い返事で返すソイツに、了解しましたと頭を下げた下で、にやりという笑みを浮かべているのを、僕は見逃さなかった。

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