第3話 つまり、どういうこと?
「はあ、異世界転生」
内容が頭にしみ込んでもなお、どう対応していいかわからなかった僕は、口から情けない言葉を出す。
そんな僕の様子に、目の前の俺はけけっと特徴的な笑い方をする。
「よくわかってないって顔だな」
「いや、わからないじゃなくて、どう対応していいかわからないだけ」
ちょっと偉そうに言ってくるソイツに塩対応をかましながら、僕は自分の状態を解説する。
「そんなお前に俺のたどった道を教えてやろう」
「ああ、うん」
どうも僕のその言葉はソイツには届いていないようで、ちょっと酔ったように自分語りを始めたもんだから僕の心の中の不快感のゲージは増す。
何が嫌って、自分の大嫌いな態度を自分そっくりの見た目の相手がしてきてることだ。
というか、過去と未来の自分が出会うとまずいっていうSFいっぱいあるけど、異世界に転生した分岐の自分と出会うことは問題ないのだろうか。
ふむ、なかなか興味深い問題かもしれない。
「俺はあの時、異世界転生したんだ。トラックにひかれることによって俺たちの道は二つに分岐した。つまり俺は、お前のありえたかもしれない姿ってこと」
じゃじゃーんとでもいうように、ソイツは手を広げて、どや顔をしてくる。
僕は思いついた素敵な問題について考えていたところに、変なモーションされて思考が妨害されて、しかもすでにわかっていることを言われたもんだから、不快感のゲージがさらに増す。
異世界転生で僕はどうしてそんなに悲しい人になってしまったの?
僕が聞きたいとすれば、もっと細かいところだ。
そう例えば……
「異世界転生した俺が、どうしてここにいるのか気になるって顔だな」
ソイツが言った。
ちょっと驚く。
どや顔継続中なのがウザいけど。
変わってても僕は僕ってことなのか、僕のちょうど思ってた疑問を口に出したソイツ。ただ、次の言葉が続かないのがもどかしい。そんなどや顔するなら、早く続きも言ってくれ。
催促の言葉を紡ぐ。
「んで、どうしてここにいるの?」
「んー? わからん!」
はー、役立たず。
これじゃ、ただ僕の思考を、課題を、邪魔をするだけの存在だ。
理由も知らず、詳細も語れず。
全く、分岐した僕は異世界転生しただけでなんでこうもぱっぱらぱーになってしまったのだろうか。
実際に溜息をついて、僕はソイツに対し尋問を開始する。
「あのさ、いくつか確認したいことがあるんだけど」
「お、おう」
僕は顔をぐいっとソイツに近づけて圧力をかける。
どうも自分の顔を近くで見るのはソイツも嫌いっぽいから。
「まず、ここに来た経緯、話す」
「経緯、ねぇ! それには俺が異世界転生した時からの長い長いお話がっ」
「ここに来る直前の話オンリー。状況、整理したい。簡潔に述べよ」
さらに詰め寄ると、ソイツは視線を逸らす。
「あ、うん。ごめんなさい。そうか、俺ってこんな人間だったよな……ここに来る直前はフィールドで、仲間数人と野営してた。ち・な・み・に。全員女な」
ここまで圧力をかけられても自慢を挟むとは、そうでもしないと生きていけない人間なのだろうか。いや、人間になってしまったのだろうか。
そう思って波立つ心を必死に抑えながら、続きを促す。
「余計な情報いらん、早く続きを」
「んで、キャンプで寝てたんだけど、起きたら仲間いなくなってて、というか俺が別の場所に行ってたんかなー。んで、そこでなんかよくわからない光る神様? みたいのに会って、お前は元いた世界に戻れーって、ただし向こうには転生できなかったお前がいるけどなって。んで、俺が嫌だって言ったら、拒否権はないって言われて。んで、今ここにいる」
どうして接続詞が全部、んで、なんだ、異世界のはやりか。
それとも会話ボキャブラリーが異世界転移によって破損してしまったか。
でもまあ、聞くべきことは聞いた。
つまりあれだな。
コイツもなんでここにいるか皆目わからない。
けれど、こっちの世界に戻ってきたからにはどうにか身の振り方を考えなくてはならない。
で、こっちの世界にいるという僕を頼ってきたと。
全く、はた迷惑な話だ。
でもまあ、下手に街をウロチョロされて、僕と勘違いされ、ドッペルゲンガーが出たと噂されたり、何らかのデビューをした痛い人と思われるよりはマシかもしれない。
そう考えると、こいつの選択はまあ、間違いではなかったのではないか。
少しだけ溜飲が下がってくる。
そしてその時僕に、大きな問題と、ちょっとだけ嬉しいアイディアが浮かんでくる。
テンションが下がる前に、嬉しいほうだけをささっと遂行するためにさあ、交渉だ。
「あのさ、異世界転生した僕」
「なんだ、異世界転生できなかった俺」
うん、交渉の前に待って。その言葉は引っかかるわ。ちゃんと矯正しとかなきゃ。
「いや、待って、”した”の反対は”しなかった”なんだから、そっちで頼む。はい、もう一回」
「面倒なことまた考えてるな、異世界転生しなかった俺」
顔をしかめながらもしっかりと訂正してくれるソイツはやっぱりわるいやつじゃないのかもしれない。もとは僕なんだし。
「はい合格。それでさ、取引したいんだけど」
「取引?」
ソイツの顔が曇る。何を言い出されるのかと身構えているようだ。そうだよな、相手は僕だもんな、警戒して当たり前。
「うん。僕は、君が元の世界に帰れるように協力するし、なんとか居場所も提供してあげる」
「マジか! そりゃ、助かるわ。んで、何がご要望だ」
僕はソイツの問いかけににやりと笑って、机の上にあるソレを指さした。
「夏休みの課題、手伝って」
「はああああ?」
叫び声をあげるソイツと、静かに笑う僕。
そして、異世界転生した彼と、しなかった僕の、ハチャメチャな生活が始まりを告げる。
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