第2話 幻覚と信じたい
「ふー」
便器に座って用を足しながら溜息をつく。
事故に遭ったせいか、トイレを我慢しすぎたせいか、なんという幻覚を見たものか。
あんなに派手な格好で、底抜けに明るい自分の妄想を見るなんて。
いや事故のせいというよりはちょっと課題をやりすぎて頭がイカれてきたのかもしれない。
すこし休んだほうがいいかもな。
どんどん、どんどどん
扉をたたく音。
無視。
「おーい、なあ、トイレに引きこもるなって」
やはり自分と似た声が聞こえてくる。
幻聴だ。無視無視。
全く、これがおさまってからトイレ出たほうがいいな。
どうにも交通事故に遭ってから調子が悪い。
ショックに弱いのかもしれない。
どうもこういうことがあると毎度、僕のメンタルに相当なダメージが発生する事象が起こる。
今回は幻聴&幻覚か。
なかなかに厳しいな。
「そーかい、そっちがその気なら俺にも策があるってもんよ」
んー?
幻聴が何かのたまってる。
なんだ、俺の脳内の事象のくせになんでそんな偉そうなんだ。
幻聴・幻覚なら、主の脳の意向に従っておとなしくしたまえ。
「あ、あ、音量テス、テス」
ドアの向こうから聞こえる幻聴のボリュームが一段階アップする。
急に大音量にならないでほしい。
脳内で聞こえてることなら意味はないのだが、僕は耳を両手で抑えてみる。
どうだ、これで少しは静かになるか。
「こいつは! 小学校のころ、おさななじみの——」
小学校のころ、おさ、そこまで聞いて内容が予測出来た瞬間、僕はトイレの鍵を開け、正面にいたソイツの口をふさぎにかかった。
しかし、勢いよく飛び出したはいいものの、ズボンを下ろしたままだったため、引っかかってつんのめる。
勢い余った僕は、ソイツに衝突し、押し倒す。
見つめあう、僕とソイツ。
「えっと、俺ってそういう趣味あったっけ」
馬乗りになられたソイツは困惑しながらも、ちょっとだけおちゃらけていう。
でも、僕の顔をまじまじと見て、そしてあられもない姿を確認して息をのみ、
「あ、うん、ごめん、あれのことを言うのはやり過ぎだった……」
謝りながらドン引きするという奇妙な芸当を演じて見せながら最後に静かに目を閉じる。そしてとどめの一言。
「早く、その粗末なものをしまってくれ」
「自分についてるのと一緒だろうが!!」
あまりの言われように、僕はキレながらそそくさとソレをしまった。
「んで? あんたはなんなの?」
僕は、目の前にいる自分そっくりだけど、どうも服装とかテンションとかのデティールが自分とは異なるソイツに問いかける。
なんとやさしいことか、麦茶も注いでやる。
「お、俺ながら、気が利くじゃん、あんがと」
そう言ってソイツは、それを一気に飲み干す。
デティールというほど、細かくない部分も違うな。
まず、一人称俺だし。
それに僕だったら、麦茶は一気に飲み干さない。
おなか壊す。
「それで、何なのって聞いてるんだけど」
僕は二杯目の麦茶を注いでやりながら、もう一度尋ねる。
家から何とか追い出そうかとも考えたが、どうも幻覚ではないようだし、あの秘密を知っている以上、野放しにはしておけない。
やさしくしてやってるんだからさっさと正体を明かせ。
「くはー。うめー」
三杯目の麦茶を注ぐ。
あんまりにも回答してもらえないんで、僕は自分でソイツの正体の推測を試みる。
まず、一つ。
親戚の可能性。
僕の知らないほど遠縁の親戚がいきなりうちに泊まりにやってきた。
却下。
そんな遠縁の親戚があの秘密を知るわけがない。
だって、あのことに関しては僕しか知らないのだから。
秘密を知らない状態で、僕を出てこさせるためにあてずっぽうに言ってみた?
却下。
にしては言葉が的確過ぎる。
小学校と幼馴染は、秘密のよくある組み合わせか?
うん、わからない、ちょっと思考に主観が入ってきてるな、冷静にならねば。
まあでも本当は考えたくないことだが、一つ言えることは。
目の前にいるこいつは、僕に似すぎているってこと。
親戚でもこう似ることはない。
並んでみれば、背丈が一緒。
横幅は若干違うものの、手の甲や頬にあるほくろも一緒。
と、いうことはだ、つまりこいつは、ありえないことだが、
僕
ということになる。
さてはて問題は、目の前のデティールの違う自分が、どこの自分かというわけだ。
未来の自分か、
違う世界線の自分か、
それとも……
「うめー、やっぱりうちの麦茶は最高だな、おかわり」
四杯目の麦茶を要求してくるソイツ。
ほんと、あつかましいやつ。
いや、待て、僕は一つの可能性に行き当たる。
タイムマシンを発明した未来人なら秘密を知っていてもおかしくないし、顔だってほくろだって、ホログラムとかで再現できるかもしれない。
そうか、危うくだまされるところだったぞ!
「俺さ、トラックにひかれたときに異世界転生したんだよね」
一人で脳内会議をしていたところに、
ぶっこまれたその情報は、
審議にかけられることなく、
けれどそれが真実であると、なぜかわかってしまって。
僕は心の中で叫ぶことになる。
はい、今までの思考無駄~!
僕、こいつのこと、絶対好きになれそうにない。
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