百十分前
僕はファーストクラスに来ていた。
普通なら飛行途中に違うクラスへ行くことは出来ないが(というかそもそもぶらぶら立ち歩くことさえ許されてないと思うが)、状況が状況なので、搭乗員に話して通してもらった。こんな時でもやけに落ち着いた、若い女性だった。やはりこういう職業についているだけあって、覚悟はできているということだろうか。普通に考えると、絶対にいらない覚悟だが。
そんな搭乗員に案内されて、僕は初めてこの飛行機のファーストクラスを見ることが出来た。
先述の通り僕達の飛行機は小型機なので、ビジネスクラスというものが存在しない。なので僕は1個すっ飛ばして、いきなりファーストクラス、という訳だ。
ちなみに最近は同じ飛行機でも、クラスが違えば搭乗口が違うところもあるらしい。僕はそんなのは都市伝説とかかと思っていたが、まさか本当だったとはね。なんでもエコノミークラスがファーストクラスやビジネスクラスの通路を通ると、機内で暴力的な言動が増えるらしい。この言い回しじゃ、まるでエコノミークラスが全部悪いみたいになってるじゃないか。僕みたいな貧乏は通路を通るだけで機内の引火線になるのか。へー、すげえな僕。
しかしそんな暴力の根源たる僕は今まさにファーストクラスにいる訳だが。なるほど。とても座れそうな状況ではない。
ちなみにこれは僕がファーストクラスの皆様からに気圧された訳ではなく、あるいは僕が負い目(?)を感じた訳でもなく、単純に、そこに空席が無かったからだ。
ファーストクラス全六席、満席。
僕の乗っていたエコノミークラスというと、全三十六席で、そのうち三十五席が空席。
つまり乗っていたのは僕一人だけ。
なんだろう、この足元が竦む感じは。
目の前には、僕の飛行機代の倍以上を払っている人しかいない。この事だけでも、僕にとっては十分話しかけづらい人達だ。
案外機内暴力って、ファーストクラスではなく、エコノミークラスの人が起こしてるんじゃないのか?だってファーストクラスの人にとってのエコノミークラスなんて、視界に入らない存在なのかもしれない。まあ僕はエコノミーなので、ファーストの乗客の心のうちなんて知る由もないが。
それでも何故僕がそう言ったかというと、実際僕がファーストクラスの陣地に入ってから、誰も、何も、一瞬たりとも反応しなかったからなのである。
例えば僕が教室に居て、その教室のドアが動いたら、僕はもはや脊髄反射的にそちらを向いてしまうが、金持ちになるとこの癖は無くなるだろうか。
でも正直のところ、その時はそんな僕みたいなやつが居た方がいいと思った。誰でもいいから僕に反応して。
まあ元々、誰か話しかけてくるのを期待したわけでもないが。
こういうときはやっぱり、自ら話しかけにいかなきゃだめなのか。
しかし我ながら思うが、僕のわがままに付き合わせてもらうために来たのに、なんなんだろうこの上から目線は。
ここで話しかけられる側が僕だったら、僕はきっと話しかけようとしている人に気づき、この人に救いの手を差し伸べていた。
これだけは自信がある。なぜならその僕は格上だと自覚しているから。
しかし僕はどうも、自分の出来ることは人にもできて当たり前だ思っている節があるようだ。
そんな訳ないと知ってるのに、そんな訳ないと何度も自分に言い聞かせてきたのに。
このことで何度も傷つけられてきたから、僕はもう考えるのをやめるために、一番近くに座っていた初老の男性に話しかけた。
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