永遠の長さ

三隅すみす

百二十分前

もし世界が明日滅亡するのなら、あなたは今日を何に使いますか?

なんて質問を、卒業アルバムのアンケートで聞かれたことがある。

当時の僕は、それはそれでひねくれていたので、こんな無責任な質問をしてどうするんだろうと思った。まあ実際意味なんてなくて、ただ卒アルを埋めたいがために適当に考えた質問なのだろう。ともかく僕はこの質問に呆れていた、だって世界が明日滅亡するとかまず有り得ないし、どの日が「最後の一日」になるのかは、誰も知らない。いつ終わりが来るのかは、誰にもわからない。だからこそ毎日を大切に、自分のしたいことをやって、そんな一日が来ても悔いなく死ねるようにすればいいんだと、僕の担任は言っていた。は?それじゃあ卒アルに載っている答えにあるように「一日中ゲームする」とか、「世界が滅亡するまで家で寝る」とか、「欲しい物全部買う」とかやるのか?少なくとも僕は絶対にやらない。だからアンケートの答えにはこう書いた。「知らないふりして、いつも通りの生活を送る」って。

しかし。

これは僕の考えが浅はかだった証拠だ。今更自分の愚かさを世に晒したくはなかったが、いまなら別にそんなことはいいやと思った。投げやりで申し訳ないが、今の僕は実際そうとしか思わず、そうとしか思えなかった。

世界の終わりをもう知っていて、その上で、あなたはどうするのか、という前提の質問だったのに、僕は有り得ないからとそれをきっぱり切り捨て、勝手に決めつけて、適当に答えていた。万が一そんな立場に立たされたらどうするかとかは毛ほども考えていたかった。思えばこの質問を考えた人にはとても失礼な行動だった。でもこのことを今更気に病んでも、悔やんでもしょうがない、というかもうそんな時間は、僕には残されていない。

明日どころか、僕にはあと二時間しか残されていない。

なぜなら、国内の名の知れたらしい大手航空会社の七〇一便、つまり今僕が乗っている、エンジンが外翼の後ろにあるタイプの、比較的小さく古い旅客機は、もうすぐ太平洋のど真ん中へ墜落する。僕達の飛行機はもう、世界中のどの空港の、どの管制塔の、どのレーダー画面にも写し出されていないらしい。

ついさっきそう知らされた。

あれ、こういうのってわざわざ乗客に言うもんなのか?混乱を招かないか?まあいいけど。

機内には僕を含めて九人。僕達の歴史は、どうやらここまでのようだ。

ここにいる全員が全員の道連れで、ひとり残らずみな平等に余命二時間だ。

きっとこの後は行方不明となった飛行機ということでニュースで連日報道され、認定死亡されて、そして僕という存在は薄れていく。いずれ僕は親しい人の記憶からも消え去ると思うと、少し寂しかった。それでも、僕の名前が後世に残ってしまうよりはマシだろう。誰だか知らない人に自分を知られるよりはマシだろう。そう、僕はいつだって身近な人からの目より、誰だか名前も知らない、というかそもそも関わりをもたない人からの目を気にする。馬鹿馬鹿しい。そうやって、僕は恐らく人生の最期であろう時間にでも、呑気にそんなことを考えていた。

まあ、どうせ死を待つ時間なんて退屈だから、退屈しのぎ、暇つぶしになんかしよう。例えば、ほかの八人の話をでも聞きに行こう。

自分の最期よりも、人の最期のほうが気になるくらい、僕の好奇心はどうかしていた。

いや、これはただ死ぬのが怖いから、そんな適当なことを言って自分を誤魔化そうとしているだけなのかもしれない。

見栄っ張りはどうやら、死ぬまで治らないらしい。死んでも治るとは限らないけど。

まあ、僕は自分だけに対する見栄っ張りをガソリンに動き出す。機内は静かだったので、意図せずして僕のシートベルトを外す動作も慎重になる。しかしそれでも、ばねで勢いよく跳ね返ったレバーがカシャンと音を鳴らす。

僕の心の中は濁流でごった返しになっているが、この音はいつも通りの、さほど綺麗でも言うほど汚くもなく、微妙な音だった。

この音ですら、もう二度と聞けないんだなって、改めて思った。

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