第21話矛盾

晋ちゃんの誕生日が着々と近づいていた。


そして今日は、久々のバイトの日だった。


あの出来事があって以来、私は井上さんに会っていなかった。


「今日バイトやだな…。」


昼から、井上さんとのシフトだった。


だけど今日は給料日。


…晋ちゃんのプレゼントを買うにも、


頑張らないといけない…!


私は、バイト先に向かった。


「おはようございます!本日もよろしくお願い致します!」


「三田倉さんおはよう!今日給料日だから、

頑張ってね!」


その時、井上さんと目が合った。


(井上さん…。)


「は、はい!頑張ります!」


「よし!じゃあ井上に教えて貰って、

ほら井上」


「…こっち。」


そう言って、井上さんはスタスタ歩いた。


(一度も目を合わせてくれない…)


初めて出会ったの頃に戻った、


…気がした。


(意味分からない…。何で私避けられてるの?)


私はこの時、少しイライラしていた。


仕事を教えて貰っている時でも井上さんは私の目をあまり見なかった。


片付けをしている時、


「三田倉」


井上さんに、声を掛けられた。


「はい。」


「このゴミ持って行くから、付いてきて。」


「分かりました。」


そして私は井上さんについていき、非常階段を降りた。


だけど井上さんは何も話してくれなかった。


(こんなの嫌だ…)


「あの!井上さん!」


私は思わず大きい声を出し、井上さんを呼び止めた。


だけど、ビクリともしてくれなかった。


「……」


降りた後、私は井上さんの前を回った。


「私の目ちゃんと見てください!」


「……」


「どうしてこの前あんな事したんですか!」


その時井上さんは目を逸らした。


「私のこと、嫌いなら嫌いとハッキリ言って下さい!」 


その時


「キャッ!」 


手首を捕まれ、壁に押しかけられた。


ドサドサドサ


持っていたゴミ袋を思わず落としてしまった。


井上さんの足が、私の足に挟まれた。


「別に。この前は、欲情したから。

だからした。」


そう言った時の井上さんの目はあの時と同じ。


私の知らない男の人の顔になった。


だけど、負けちゃいけない。


私は井上さんの目をキッと睨んだ。 


「そんな嘘、やめてください。」


優しい井上さんが、あんな事するはずない。


きっと何か理由がある…。


「嘘じゃねーよ、俺だって欲情くらいすんだよ。

何なら今ここでしてやろうか?」


口調までわざわざ変えるなんて…。


…おかしい。


そう言うと、井上さんはさっきよりも顔を近づけてきた。


「…井上さんはこんな事する人じゃないって分かってます。

井上さんはいつだって、私を側で支えて下さっていました。

厳しいけど、本当は誰よりも優しい人だって分かってます!

今だって何か理由があるから、

わざとそんな嫌われるような事してるんですよね?」


「…そんな訳ねーだろ。あーあ、何か萎えたわ。」


「井上さん!」 


「ゴミそこに捨てたらお前、休憩だから。」


井上さんは吐き捨てるように言って、


…帰って行った。


私は、帰って行く井上さんの後姿を見つめた。


(こんな、ギスギスした関係やだよ…

前の関係に戻りたいよ…。)


私は心の中で、そう強く願った。


**********************************************

【雪都side】

ゴミ捨て場から戻った後、俺は後悔していた。


普通にしたいのに、明らかに避けてしまう。


だけど今はダメだ…。三田倉の顔が見れない…。


俺今すごく最低な事してる…。


さっき三田倉が、俺のことを言ってくれた時嬉しかった。


俺のこと見てくれていた…。


だけど…、三田倉は彼氏がいる…。


それ以上の感情を持ってはいけない…。


それ以上のピースをはめこまないようにすると俺は決めた。


…決してこの恋に、叶うことはないから…。


…だから早く、俺を嫌って欲しい…。


店に戻ると、理絵が声を掛けてきた。


「お疲れー。」


「おう」


「ねえ、あんたさ。三田倉さんと何かあったの?」


(さすが…理絵…するどい)


相変わらず梨絵には、すぐに見破られる。


「…別に」


「別にな訳ないでしょ!

あんたの考えてる事なんてお見通しなのよ!

何年一瞬にいると思ってんの!!」


「…お前に関係ないだろ。」


俺は少しイライラしてしまった。


その時


「関係なくないわよ!」


理絵が、聞いたこともないくらい大きい声を出した。


「はっ…!?」


俺はびっくりして、唖然としてしまった。


「だってあたし…。」 


その時、理絵が何か言いかけてきた。


(何だ…?)


その時


「谷口ー!ちょっと来てほしい。」


下から、武田さんの声が聞こえた。


「はい!今、行きます!」


返事をした後、梨絵が俺に何か言いたそうに見つめてきた。


「…何だよ。」


「…とにかく!仲良くしてよ!接客業はチームワークが大事なんだから!そんなギスギスした関係じゃ職場の空気が悪くなるでしょ!」


そう言って理絵は、武田さんの所へ行った。


(仲良くなんて出来るかよ…。仲良くなんてしたら、…また三田倉への気持ちが込み上げて来るんだよ…。)


梨絵に俺はそう言えず、心の中でそう呟いた。

**********************************************

【梨絵side】

今日朝から、雪都の様子が変だった事にあたしは気づいた。


最初はギスギスしていた雪都と三田倉さんだけど、最近は二人とも仲良くなっていた。


正直…嬉しい反面、少し複雑だった。


小さい頃から、


私と雪都はずっと一緒にいた。


弟姉のような…。


そんな関係だった。


だから、雪都の事は全部知ってる。


知ってるからこそ、雪都の考えている事がすぐに分かる。


だから辛い…。


ここ最近、


二人の間に何があったか、


具体的な事は分からないけど、


…でもずっと昔から雪都を見ていたから分かる…。


それは…。


雪都は三田倉さんが好きだという事。


昔から知ってるからこそ、


こういう知りたくない事まで分かってしまう…。


今まであたしが、一番雪都の側にいると思ってた。


だけど違った。


あたしが雪都を見ている時、


雪都は既に違う誰かを…。


既に三田倉さんを見ていた。


幼なじみでも、


すべてを知っていた関係だとしても、


近いと思っていた距離でも、


本当はすごく…


近くて、遠かった。


早く仲直りして欲しい…。


だけど今の雪都の側には、あたしが居たい…。


あたしが雪都を支えたい。


だから、仲直りして欲しくないと思う自分もいる。


でもそんな事、絶対雪都には言えない。


あたしは雪都に対しての今の思いを、


心の中で静かに呟いた。

**********************************************

「じゃあ、三田倉さんお疲れ様!

トライアル期間、本当にありがとう!」


「はい、こちらこそありがとうございました!」


店長から給与明細を貰った。


今日でトライアル雇用が終わった。


「三田倉さんさえ良ければ、

これからもウチで働いて欲しいんだけどどうかな?」


店長に聞かれたその時、


井上さんと目が合った。


「え…っと。」


(どうしよう…。)


「まあ、すぐに返事出さなくて良いよ、一旦考えてみて!

来週の月曜日には答え出して来れれば良いから。」


「あ、はいありがとうございました。

お疲れ様でした、お先に失礼致します!」


「お疲れ様ー!」


私は着替えを終え、お店を出た。


「どうしよう…。」


今の仕事は、本当にすごく楽しい。


ミスは相変わらずしてしまうけど、


あそこで働いてから、


仕事の楽しさを教わった。


初めて仕事をしていて楽しいと本気で思った。


従業員の皆さんだって、優しい人ばかりだし、話していると楽しい。


もっと、もっと、新しい仕事だってしたい。


井上さんに…もっと、仕事を教わりたい。


だけど…。


今のままだと…。


私がいるせいで、


職場の空気が悪くなるだけだ…。


こうなるぐらいなら辞めた方が良い…。

**********************************************

【雪都side】

「じゃあ井上、上がって良いぞ。」


「はい」


俺は着替えをすませ、店を出た。


「今日三田倉に悪い事したな…。」


俺は今日一日、ずっと反省した。


三田倉は俺と向き合おうとしてくれているのに、


今の俺は…。それに応えられない…。


こんなこと思う自分が最低だ。


だけど三田倉に対しての感情を消さないと…


俺はいつまでも経っても…


…忘れられない。


バイトを辞める勇気なんて、俺には出来ない。


さっき店長に長期で働くか聞かれていた時、


もっと三田倉に居てほしいと思った。


一緒に働いて、三田倉にもっと仕事を教えたい。


辞めて欲しくない。 


このまま…


ギスギスした関係のままさよならなんて


もう会えないなんて嫌だ…。


本当の今の気持ちはそれだ。


だけど…。どうすれば良いんだよ…。

**********************************************

私達4人はそれぞれ相手への思いを抱えていた。


伝えたいのに、


【恋】という感情があるせいで、


うまく、伝えられない。


だから、逆の事をしたり、


逆の事を言ったりして


“矛盾“を自ら作ってしまう。


恋は時々、人を残酷にしてしまう。


その人を想えば、想うほど、


…どんどん、どんどん、その人に対しての感情が強くなる。


だから、叶わないと分かった時、


自ら残酷な方を選んでしまう…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る