第4話幸福

あれから年月は経ち、8月になった。


そして今日は、いよいよ花火大会当日。


私は、舞由香の家に来ていた。


「はい、じゃあ皆揃ったわね?気付けしていくわね。」


「お願いします!」


私達は、舞由香のお婆さんに浴衣を渡した。


着付けをして貰っているとき、


舞由香のおばあさんが口を開いた。


「あら、円花ちゃん、牡丹の柄?」


「はい、皆に選んで貰いました!」


「かわいいわね、浴衣の柄はね、

ちゃんとそれぞれ意味があるのよ、知ってる?」


「そうなんですか?」


「円花ちゃんの浴衣の柄の牡丹は《幸福》


舞由香の浴衣の柄の桜は《新しい出会い》


盟加ちゃんの浴衣の柄の蝶は《恋愛の長続き》


美菜ちゃんの浴衣の柄の朝顔は《貴方と結び付く》


って、それぞれ言われてるのよ。」


(幸福かあー!)


「そんな意味があるんですね!」


「ええ、面白いでしょ?」


「はい!初めて聞きました!」


その時舞由香が、割って入って来た。


「おばあちゃん〜!けどあたし彼氏いるよ〜?」


「あら、確かにそうね。」


そして、舞由香のおばあさんは、再び着付けに戻った。


しばらくして、全員分の着付けが終わった。


「よし、出来た。皆かわいいわよ。」


「おばあちゃんありがとう!」


「ありがとうございました!」


私達は舞由香のおばあさんにお礼を言い、1階に降りた。


1階には、舞由香のお母さんと、お弟子さんたちがいた。


「皆かわいいわよ!これからもっとかわいくするからね!」


「よろしくお願いします!」


そして順番に舞由香のお母さんが、ヘアメイクを進めていった。


(すごいなあ…。早い…。) 


私は圧倒された。


しばらくして、全員ヘアメイクが終わった。


「よし、出来た。うん、皆かわいい!!」


私は、目の前にある鏡で自分の姿を見た。


(すごい!自分じゃないみたい!)


「今日は本当にありがとうございました!お邪魔します!」


私達は舞由香のお母さん達にお礼を言い、


お店を出た。


「じゃあ、皆またねー!」


「今日はありがとう、舞由香!」


そして私達は別れ、それぞれの場所に向かった。


カランコロン


下駄で歩くのは何年ぶりだろう…。


幼稚園の頃、


晋ちゃんと近所の夏祭りに行った。


あのときは初めて浴衣を着て、初めて下駄で歩いて、


慣れないせいか、


歩いている途中で血豆が出来ていた。


そして怪我した私を、晋ちゃんがおんぶをしてくれた。


嬉しかったな…。


「懐かしいな…。」


待ち合わせ場所にはまだ、晋ちゃんは来ていなかった。


しばらく待っていたその時、


二人組のヤンキーに声を掛けられた。


「ねえねえ〜、君一人?」


「いえ、あの待ち合わせしてるので…。」


(怖いよ…)


「良いじゃ〜ん!俺らと遊ぼーよ〜!」


その瞬間、強引に手首を掴まれた。


「痛…!」


その時


「おい、俺の彼女に触るな!」 


声がした。


「イテテテテ…」


(誰…?)


「嫌がってるだろ!」


「何だテメェ、ヤんのかゴラァ!」


「ああ、相手すんぞ?騒ぎになるけどな。」


その時、警察官が近づいてきた。


「チッ、行こーぜ」


そう言って、ヤンキー達は逃げていった。


「ふー…大丈夫か円花!?」


(どうして…私の名前…)


「助けてくれてありがとうございます。

あの…誰ですか?」


「そっか、会ったの久々だもんな、

久しぶりだな円花。

俺だよ、秀一。」


「秀兄ちゃん!?」


「ど、どうしてここに!?」


最後に会ったのは、私が引っ越しする当日。


この町に帰って来た時、秀兄ちゃんはもういなかった。


「俺結婚して、最近この辺に引っ越して来たんだ。

今日は大学の時の奴らと来てて、

そしたら円花の声がしたからさ…。

良かった…。何もされてないか?大丈夫か?」


(相変わらず秀兄ちゃんは優しいな‥)


晋ちゃんと同じぐらい、私は秀兄ちゃんが大好きだ。


「大丈夫!ありがとう!」


「お前を小さい頃から見てたからかな…。

未だ不思議とお兄ちゃんグセが出る。」


そう言った秀兄ちゃんの顔は、笑っていたけど少し寂しそうだった。


(…秀兄ちゃん?)


「大人になったな円花、今日はデートか?浴衣似合ってるぞ!かわいい。」


「へへ…!ありがとう!」


その時


「円花!」


声が聞こえた。


振り返ると、晋ちゃんが息を切らして立っていた。


「晋ちゃん!」


「円花遅れた!わりぃ!…兄貴?」


「久しぶりだな、晋一。」 


「どうしてここに?」


「さっき、私が二人組の怖そうな人に絡まれて、秀兄ちゃんが助けてくれたの!」


「そうだったんだ、ありがとう兄貴。」


「ああ、なあお前。」


「行くぞ、円花。」


そう言って、晋ちゃんが私の手首を引っ張った。


「晋一」


「何?」


「清羅お前の所に行ってないか?」


(清羅‥?)


「来てないよ、会ってないし。」


「そっか、邪魔したな。またな、円花。」


「バ、バイバイ!」


私は秀兄ちゃんに、手を振った。


そのまま晋ちゃんが、私の手首を掴みどんどん先に進んだ。


握られた手首が、だんだん痛くなってきた。


「晋ちゃん痛い!!」


「わりぃ…。」


そして晋ちゃんはパッとすぐに手首を離した。

(どうしたんだろう…?)


その時晋ちゃんの顔は、少し怒っていた。


「…どうしたの?」


「…浴衣、俺が1番最初に早く見たかったのに、兄貴に先越された。

円花の事助けれなかったし、格好わりぃ俺…悔しい…。」


そう言った晋ちゃんの顔は少し、赤くなっていた。


「えっ?」 


(晋ちゃん、ヤキモチ妬いてくれてる…?)


私は嬉しくなった。


「ごめん俺、大人げなかったな、浴衣かわいいな…。似合ってる。」


「ありがとう!…晋ちゃんも浴衣似合ってる…。格好良いよ…。」


「…ありがとう。」 


晋ちゃんの浴衣姿を見て、私はドキドキしてしまった。


「今からちゃんと挽回するから、円花の行きたい所言って。」


「じゃあ、フランクフルト食べたい!!」


私は、斜めにあるフランクフルトの屋台に指を指した。


「分かった。」


そう言って晋ちゃんは、フランクフルトの屋台に入っていった。


しばらくして、フランクフルト一本を買って戻ってきた。


「はい、円花」


「ありがとう!!頂きます!」


そして私はフランクフルトをかじった。


「美味しいー!」


「俺にも頂戴」


そう言って晋ちゃんは、私の手首を掴んでフランクフルトをかじった。


「!?」


びっくりして顔が赤くなった。


「旨いな」


(か、間接キス!?)


「行くぞ、円花。」


「う、うん!」


それから私達は、屋台を回った。


回ってるうちに、花火の時間になった。


その時


「痛!」 


足が痛くなった。


「どうした?」


足を見ると、血豆が出来ていた。


「あ…」


(…いつのまに)


「ほら、乗れよ」


そう言って晋ちゃんがしゃがんだ。


「え、悪いし…、いいよ…。」 


「いいから、そんな足じゃ歩けないだろ。」


「じゃあ…、失礼します…。」


そう言って、晋ちゃんが私をおんぶしてくれた。


「ありがとう晋ちゃん、…重くない?」


「重くない、だから安心して掴まってろ。」


「うん…。ありがとう…。」


幼稚園の頃に戻ったみたいだ。


(晋ちゃんの背中大きい…。)


「昔の事思い出すな。」


「え?」


「幼稚園の時も、円花下駄履いて、途中で血豆出来て、こんなふうにおぶったよな。」


「覚えてくれてたんだ…。」


「当たり前だろ?円花とあった出来事は、俺は全部覚えてる。」


(嬉しい…!)


「晋ちゃん、ありがとう。私も、晋ちゃんとの出来事は全部覚えてるよ。」


「ありがとな。」


そして私達は、ようやく穴場スポットを見つけた。


私達以外、誰も居なかった。


晋ちゃんが私を、ゆっくり降ろしてくれた。


「ありがとう!晋ちゃん!」


「足、大丈夫か?」


「うん!」


「とりあえず、座ろう。」


私達は、草むらに座った。


「……」


「……」


座った瞬間、お互い無言になった。


ただ、肩と肩が当たって、ドキドキした。


しばらくして、花火が始まった。


バーンバーン


その時、晋ちゃんが私の手を握った。


私も、握り返した。


花火は大きくて、とても綺麗だった。


今まで見た花火で、一番綺麗だった。


「綺麗…。」


「そうだな。」



花火の音だけがずっと聞こえ、私達のまわりには誰も居なかった。


…二人きりで見る花火は、ドキドキした。


そして、すべての花火が終わった。


「綺麗だったね!」


「そうだな。」


「来てよかった!」


「俺も。」


「そろそろ帰ろうか?」


立ち上がろうとしたその瞬間、


晋ちゃんが手首を掴んできた。


「晋ちゃん?どうしたの?」


「…今からの時間は、俺に独り占めさせて。」


「えっ?」


掴まれた手首が、ドキドキしてて熱くなった。


その瞬間、晋ちゃんが私を抱きしめた。


「!?」


密着する身体と身体が近くて、ドキドキして熱かった。


しばらくして、晋ちゃんが身体を離した。


離した瞬間、晋ちゃんとの顔が近かった。


「好きだよ、円花。」


そう言って晋ちゃんが、私の唇を親指でなぞった。


「晋ちゃん…?」


そしてだんだんと晋ちゃんの顔が近づいてきた。


そして…、晋ちゃんの唇が…


私に当たった。


触れ合う唇と唇。


ぎこちない…初めてのキスをした。


私は、そのまま静かに目を閉じた。


その時、舞由香のおばあちゃんが言っていた言葉を思い出した。


《円花ちゃんの牡丹の柄は幸福》


その通りだった。


私、今日で色んな経験をした。


皆と一緒に浴衣を選んで、綺麗に着付けをして貰って、


かわいくヘアーメイクをして貰って、


お姫様になれた気分だった。


大好きな人と一緒に屋台を回って、


そして、初めての…キスをした。


私、今、とても幸せだ…。


まるで魔法が掛かったような、時間だった。


この浴衣の柄が、今私がとても“幸福"だと言うことを、教えてくれた。


…そんな気がした。



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