未来を駆けた碧天

しん@

これは空を駆けた。未来を駆けた。兄妹の蒼く輝いた物語。

 兄が遺体となって帰って来た。

 25歳の若さだった。あまりにも唐突で早かった。

 でも何も感情は沸いてこなかった。兄は15歳のころ高校生に進学したと同時に、家を去った。大好きだった兄は何処かへ消えていき私はどこか抜け落ちた子になった。今では特に他の子とは変わらないが、トラウマは残っている。

 兄はいつも空が大好きだった。空に憧れ、どんな時でも空を信じていた。そして彼は私の前から消える前にこんな言葉を残した。

「青く輝くこの空はどこまでも繋がっているんだぜ。すげぇだろ」

の時は兄が消えていくなんて思いもしなかった。彼は空についてたくさんのことを教えてくれた。気球の原理、雲、飛行船、空を飛ぶアイディア。

楽しかった。兄が嬉しそうに教えてくれた。それを見て私は笑った。

 でも裏切られた。帰ってきたのは亡骸だった。

 

葬式が終わった。程無くして遺品整理が始まった。家を出たとき親が兄に虐待なんかしていなかったしなんで消えてったか不明だ。日記が見つかれば動機が分かるかもしれない。単純な好奇心だった。兄の部屋に立ち入った。埃だらけだったがその光景はかつて兄と笑いあったあの時と同じだった。さすがに涙が出るかと思ったがそんなことは無かった。でも少しだけあの日から固まっていた心の氷が少し溶け真っ黒な胸のキャンバスに暖かい色が広がって行くのが分かった。あれほど憎んだ兄のことがまだ私は好きだったみたいだ。


 私は思い出を探して彼の部屋を探る。机からは高校生が書いたとは思えぬ飛行機や気球などの設計図の数々と様々な部品。棚を調べれば以外にも私と兄の写真が入ったアルバムが。クローゼットを見ればもうくすんでしまった望遠鏡が。

 どれもこれも兄の顔が思い浮かぶ。あの日々が見えるそしてある一冊のノートを見つけた。

              

              SKY NOTE


と書かれている。懐かしい。小さかった頃、大きな兄がこのノートを持っていた。大切に持っていた。青く煌いていた。今となっては滲んで色あせていた。感慨にふけながらパラパラとノートを捲る。懐かしい匂いが当時の思い出を鮮明に浮かばせる。鍵をかけて消えた兄を憎しみながらも大事にしまっていた思い出がガチャリと音を立てて出てくる。湧いてくる。色褪せず鮮明にクッキリとハッキリと。

めくるめくる。高校生考えたとはパッと見ても分からないような様々な空を飛ぶアイディアと数々。そしてノートの最後の方からは何やら出発計画なるものが書かれている。兄は何をしようとしていたのか。そして最後のページにはこう書かれてい

た。


「やっと旅が始まる。 これからは日記をネットに書いていこうと思う。忘れたっときの為、URLを残す。http@@@@@@@@@@@@@@@」

肝心のURLが汚れていて読めない。どうしたものか。だが私にはなんとなくわかる気がする。きっと無限に続く空なんてURLにしてんだと思う。わたしは何となくでURLを打ち込みアクセスする。やっぱりね。画面にはSORAの冒険という文字と記事の一覧が現れた。早速続きから読み進める。

『一日目 快晴   太平洋沿いでテスト中、やはり飛べず。システムにエラーはない。』

『七日目 快晴   二度目のテスト。まだ動力部が作動せず。なんでなんだ。』

『一か月目 家族の顔がみたいな・・・・だけど妹を巻き込んじゃだめだ。』

ん?一か月を越したころからおかしい。何かがおかしい。何があったんだ?

事件。その言葉が引っかかる。あとなにか兄は飛行実験を行っていたらしい。なんなんだろうか。

『二か月目 実験成功!やったぁ!これで妹の夢をかなえられる!!!』

何かに成功したらしい。私の……夢?何だろうか。とくにこれといった夢もない。小さき頃の夢なんてわすれてしまった。なんだろうか?

そして次の投稿は約5年間離れていた。最後の投稿だった。

『悪いな妹。どうやら私は君の夢をかなえさせそうにない。事情はいえないがさよならだ。いままでありがとう。』

私宛のようだ。なんだろう。あたかもこれは遺書のような雰囲気だ。おかしい。あんなに真面目で真っ直ぐな人がこんな冗談いう訳ない。すべての日記に一貫してなにか大きなものを隠しながら書いている感じだ。なにがあったんだ。今となっては遅い不安が頭をよぎる。もしあの時、この部屋を調べていたら、このブログにたどり着いていたならば、兄は戻ってきたのではないか?

急速に脳が、体が、冷えていく。あんなに憎いと思ってた兄は、どうやら私なんかの夢のために何かしらの理由でここを出てなにかの事件に巻き込まれ消息を絶ったとして考えていいだろう。しかし冷静に分析している自分に驚きだ。

結局憎いのは私自身だ。大バカ者だ。きっと兄のまっすぐな瞳をそんなもの持っていなかった自分は裏では兄を羨ましく思い消えたのをいいことに責任転嫁していたんだ。自分は最低だ。

 でも……兄には…いや兄に何があったのかが知りたい。ただ死んでいったでは納得できない。探そう。兄の真実を。


何を思い何に憧れ何に巻き込まれ何を作り出し何を……何で私のため、どんな私の夢をかなえるために消えたのか。つきとめなくては。


それが、私にできる恩返しだから。

わたしは立ち上がりグッと背筋を伸ばし兄の部屋をもう一度探し出す。なにかないか。なんでもいいなにか・・・・・・・何かに。

そして日が沈み美しい三日月が昇る。

見つけたのは兄妹暗号と書かれた紙だ。簡単なものででも知らなければわからないようなものだった。他言厳禁とあるため内容は伏せておく。なつかしい。

秘密基地ごっこなんてしてくれたっけ。

でも用心深い兄のことだ。きっといろんなとこにちりばめてるはずだ。

もう一度ブログに目を落とす。すると出てくる出てくる兄の言葉が。

《飛行道具を作ったがため追われている。裏山に隠し逃げる。SKYNOTEと俺の言葉を思い出せ。》

SKYNOTEはある。俺の言葉?何だろうか。なにかあるはずだ。なにか。なにか。

そして一つの結論にたどりつく。



「青く輝くこの空はどこまでも繋がっているんだぜ。すげぇだろ」



これしかない。これをSKYNOTEと組み合わせて考える。ノートにはよく断片的な空の絵が描かれていた。そして青く輝くこの空はどこまでも繋がっているんだぜのことば。

つまりノートに書かれた絵を繋げ一つのリング状にする。ページを重ね空を繋げる。繋がる。見える。現れた。もう一つのSKYNOTE。 

現れたのは、様々な設計図が重なり合ってできた兄の最高傑作。私は兄の仕掛けた暗号とギミックに叫びたくなる気持ちを抑えて読み上げる


名称 Sky Waiker

 反重力で飛行するベルト型の装置。動力源は不明。


まさしく空を駆けるための道具だった。今すぐ裏山へいかなきゃいけない気がした。きっと実験は反重力の発生方法、動力源の実験だったんだ。すべてがつながっていく。

私は真夜中の道を、暗がりを駆け抜ける。吐きそうだ。フラフラだ。でも諦めちゃだめだ。兄はあきらめなかった。だめだ。裏山にたどりつく。急勾配の崖と言うべき坂を死に物狂いで駆け上がる。走れッ走れェと言い聞かせる。立ち止まっちゃダメなんだ。きっと私の大切のものがまたくすんでしまう。燻ってしまう。

灰色に戻る。それじゃだめだ。自分でもわかってるさ。行ける。走れる。まだ。

そして兄と遊んだあの秘密基地にたどり着く。まだ木の枝で作った小さなこやが、ツリーハウスが残ってる。あそこから紙飛行機とかなげたっけな。


ツリーハウスに上る。当時のままだ。老朽化してるがまだ一人ぐらいは支えられるみたいだ。これだ。一つの段ボールを見つける。

心臓がいつになく速く音をならす。開ける。







そこにあったのは設計図で見たスカイウォーカーだ。



すこし涙が出た。感じる。暖かい気持ちになる。そして横には一つの手紙が添えられていた。


「妹へ

直接これを手渡したかったがかないそうにない。

でもこれを見たってことは、きずいてくれたみたいだな。

ありがとう。

これは君が4歳のころ空を飛びたいって本気の笑顔で言ってくれたから作ったんだ。もしかしたらお前はもうわすれてるかもな。でも嬉しかったんだ;。

俺が大好きな妹に大好きな空を大好きになってもらえたんだからな。

やっとその夢をかなえられるよ。

あと急にいなくなってごめんな。定期的に変な会社

HIGASHI SKY ENTER って会社が打診してきたんだ。気持ち悪かったよ。

ここにこいつ等の悪事の証拠があるから警察に渡してくれ。本当にすまない。

最後にだ。

このスカイウォーカーの使い方は簡単だ。大好きな人。そして空を思い浮かべて念じるんだ。その気持ちが反重力を生み出すんだ。

じゃあ俺はこれからまた逃げなきゃいけない。最後にお前がこれを使って飛ぶ姿と、欲を言えば笑顔が見たかったな。それじゃ

             兄 空より」

この手紙を読んだとき、わたしは物心ついて以来初めて泣いたかもしれない。兄が愛おしい。なんで葬式のときもっと謝れなかったんだろうなんで感謝できなかったんだろう。そして私は兄の形見のスカイウォーカーを起動する。


大好きな兄と空を思い浮かべて。


宙に浮く


朝焼けと碧が混じって美しい空だ。いつの間にか日が出てたらしい。


ぐんぐん上昇する。兄のもう一つの研究である磁力を使ったベール技術が搭載されており気圧、気温はオゾン層を超えない限り人体にえ影響はないらしい。

ほんとすごいよこの兄は。ノーベル賞だよ!

私は泣きながら空を舞う


そして更なる宇宙を見上げこう呟く。






「お兄ちゃん!ごめんなさい!ありがとう!大好き!!!!!!!」




これは空を駆けた。未来を駆けた。兄妹の蒼く輝いた物語。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未来を駆けた碧天 しん@ @shinmaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る