第24話『国家機密』
「国家機密、ですか……でも、あの人達の口ぶりでは『使い捨ての便利グッズ』くらいにしか聞こえませんでしたけど…」
私達の前に現れ、ゼマーを鬼に変えたあの女性は『力を増幅させた』と言った。そんなものが複数回使えては『彩』の仕組みそのものが破綻しかねない。それに、力を増幅させるものだけに『レガリア』なんて名前が付けられるだろうか。
「王権、ね。」
「その通りです。王権、つまりレガリアはこの世界においてどんな異常も生み出しかねないものです。世界を滅亡させることも出来る。」
「世界を……それっ兵器にもなりうるんじゃ……」
そんなものが存在すると言うのなら、それは物語の中だけだろう。世界を滅亡させかねない謎のアイテム。そのステータスだけで世界を震撼させるには充分な代物だ。
だが、兵器にもなりうる国家機密をなぜ一個人が持っているのか。なぜ、ゼマーと言う人間のために使ったのか。不明な点が多すぎる。
話を切り出したのは弔木だった。
「もっと馬鹿な俺にもわかるよう言え。簡単に。簡潔に。」
「少しは勉強したら?」
「うるせえな」
売り言葉に買い言葉、入院中から続く二人のこのお世辞にも良いとは言えない関係だが、それを裂くように王様は話を始めた。
「では、まあ簡単に。一言で言えば『レガリア』は望む願いを叶える奇跡そのもの。人類がどんなものを投げ捨ててでも手に入れたいと望む御伽噺です。だからどんな願いも叶えられる。どんな夢も現実になる。」
0から1、なんてものでは無い。0から際限無しに『全』を作り出す禁忌の秘宝。
それは御伽噺のさらにその夢の中の奇跡。
空想の現像。虚構の確立。
それがこの、『レガリア』だという。
望むすべての願いを叶え、手に取る者の夢そのものをこの現実世界に顕すモノ。
ならば、ここでひとつ疑問が生じる。
「ほーう。なるはどな。」
「そんなもの……国家機密なのに何故、アルジェントのような奴らが…?」
「確かにそうだ。保管してたりするんじゃねーのか。」
「それは不可能なんです。そもそもどこに存在しているかは私達も知りえなかった。1つは偶然に見つけたため保管はできましたがその他に何個あるかも分からない。それでも、他国には存在は明らかになっていないので…」
「不可視の国家機密ってことね。それはまた面倒だわ。過去の文書も……残ってるはずはないわね。」
紅茶を飲みながら澄香さんは、溜息とも言えないほどに小さく息を吐いた。
「なんで残ってねーんだよ。てかお前なんで知ってるんだよ。」
「貴方本当に馬鹿なの?26年前のあの出来事も知らないなんて。」
澄香は今回は本当に呆れたように溜息を吐き、怪訝そうな顔で弔木に蔑みの目を向けた。
26年前、なんて何があったか。私が生まれるよりも前。よく考えてみれば私もよくは知らなかった。と言えば、私も怒られるのだろうか。
日本史は飽きるほど習ったが、よく考えてみれば26年前、つまり2043年のことは深くやった覚えはない。私が寝ていただけか、それとも習ってないか、私の記憶からはその記憶が抜けていた。
澄香は弔木を叱りつけるように話を続けた。弔木ばかり怒られるのもあまり心地は良くないので打ち明けることにした。
「白の戦争。一般常識よ?寧ろ忘れる人なんて――」
「ごめん私もあんまり……覚えてない、かな。」
「……はぁ…雪華も少しは記憶ってものをね…仕方ないわ。藤城さん。」
呆れてものも言えないと言ったように彼女は、そのまま藤城さんへと発言権を移行した。
「説明させていただきます。2043年、このニホンの人間の約数千万人が消えると言う大災害が起こったのです。それは大きな爆発とも言えますし、光に包まれて気づけば消えていた、とも言えるものでした。」
「藤城は見た、というか巻き込まれたんだよね。」
26年前、この国で、この街で何が起こったのか、未だ謎のままだ。
だが、この事象は『何かが起こった』とも言えるし『何も起こらなかった』と言える奇怪なもので、覚えてる者も少なく、習えど記憶には残らないほどに、既に風化してしまっている。
それほどまでにそれは非現実的な何かだった。
ほぼ一時間にわたる藤城さんの話をまとめるとそんな風なことを言っていた。国民の一部が消えても、人口爆発によってそもそもの人口が多かったこの都市は、人材や働き口に困る人は少なかったという。
国は災害によって、約数千万の人が消えた、という認識でどうすることも出来ないらしい。
「そんなことが……だから文書も何も無いんですね。」
「……なるほどな。」
弔木は頬杖ついてつまらなそうに頷いた。ただ、興味が無いというわけではなさそうで、多分長い話を聞くのが嫌いなのだと思う。
先刻よりも幾分か目が細くなっていた。
「そう、そこで約一週間後の王都祭です。」
「あ?」
王様はにこりと微笑んで話を始める。
弔木は瞬時にそれに反応し、間抜けな声を上げた。
「王都祭にはより強い能力者を選ぶ、と言うだけでなく人が減ってしまったため、少しでも『この王都人を呼んで経済を活性化させよう!』と言うのが狙いでもあるんです。」
「そう。まあ確かに四年前も多く人が来ていたものね。私はあれ、苦手だけど」
王都は広大な土地と繋ぎ合わせたように様々な形の都市が連続している円形のニホンの首都だ。だから競技場も、電波塔も、何だってある。
国を上げての祭を開催するにはもってこいだ。
「私達はそれに出場する、ですね。」
「はい。その通りです。ですが夜汐さんは……」
「私?出るわよ。雪華が出るなら。」
紅茶のおかわり三杯目、澄香さんは短簡に答えを出した。まるでもう答えが決まっていたかのように、素っ気なく、短く答えた。
「さて、六条さん。ここまでで何か聞きたいこと、分からないことはありましたか?」
「そもそも、なんですけど。こいつ。」
「弔木が……何か?」
「王都祭みたいな大きな行事に出たら不味いんじゃないですかね。」
前々から思っていた。正確には、彼にあったその日、帰った直後から。
国を上げてのお祭りだ。ならば国中に中継もされるし、もし優勝なんてしてしまえば全国ネットで堂々と死刑囚の演説やなんかも聞かされるだろう。
不安でしょうがない。国民からの批判は免れないし、彼にそれを抑える力なんかある筈ない。
「ええ、ご心配なく。会場スタッフも出場者も警察隊も関係者ならば全員知っていますし偽の身分証や戸籍まで作ってあります。」
「国が味方だ。簡単だよそんなモン。」
さすが大人。やり方が汚い。さすが王様。なんでもありか。大人の力という力を使い暗躍するその姿勢は支配者そのものであるが、今回は仕方が無い。それもまた弔木の為だろう。
彼の唯一の願い、それを叶えるにはこれしかないのだから。
「あっこれでどうでしょう。」
先程からこの部屋の一角に設置されているクローゼットの中をガサゴソと漁っていた藤城さんは何かを見つけたようで無理矢理に何かを引っ張り出してきた。
「ああ…また私のコレクションを勝手に……」
「イイじゃねーか。これで顔隠せば問題ねぇな。仮面屋みてぇだ。」
引っ張り出してきたのは弔木に丁度いい大きさの般若の面だった。これを付けてフードを被ればもう完璧。どこから見ても殺人鬼になんて見え――なわけあるか。
怪しいだろう。怪しくないわけがないだろう。
「登録名は『謎の般若X』とかか」
そして名前が最高にダサい。小学生か。あまりのネーミングセンスの無さに私は呆れてツッコミを求め、藤城さんを見る。藤城さんなら何か、何か言ってくれるはずだ。もうこの際罵倒でもなんでもいい。藤城さんならまともなことを言ってくれるはずだ。
「じゃあ俺は謎のひょっとこXで」
もうダメだ。唯一常識人だと思っていた人間がこれだ。もうこの場に助けを求められる人間は一人しかいない。どうしようもなくこの状況にただただ困惑し、何をする訳でもなく小さく口を開いたまま呆然とする私は澄香さんの方を見る。お願い、助けて澄香さん。
きっと、きっと何かこの状況を変えてくれる。
澄香さんはこちらに気づくと、眉を下げて微笑んでまた紅茶をおかわりした。澄香さんもこの状況をどうしようというわけでもなく、というよりは寧ろ成る可く見ないようにしていた。
これでいいのか大人達。それでいいのか大人達。心配は募るものの、また一時でも安息が、日常が戻ってきたことが、今この気まずい空気の中にいようとも私にはどうしようもなく嬉しかった。
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