第2章 王都祭

第23話『午前10時、腹は鳴る』

王都第一都市A地区、市街地。

そこは王城のある王都中心部にほど近く、一日を通してその喧騒を止ませることのない悪く言えば煩く、よく言えば賑やかな街だ。それはまるで『息をしている』かのよう。目まぐるしく日々変化を遂げるこの街に、人々はこう口々に言う。


数十年前の『彩』が無かった頃に比べて、平和で、豊かで、遥かに煩い街になったと。まるでここが理想郷とでも言わんばかりに皆が安息し、笑みをこぼす。


でも今の私は違う。



「何が平和だああああああああ!!」



この大嘘つきめ、と大衆に向かって放つように私は全力疾走しながら腹の底から声を出す。だが、ここにそんな言葉を聞く人間は居ない。『息を止めた』街は私の声を響かせては沈黙し、私がどれだけ小さい存在かをこの場で知らしめた。


私がなぜこんな真っ昼間から堂々と公道の中心で叫びながらアスファルトを蹴っているのか。説明しようにもそんなこと私にもわからない。

言えることは一つ。結界に巻き込まれた直後にミサイルが飛んできた。



私の大嫌いなこの薄墨色の空。

それを睨む暇も与えられず、街頭の大型モニターはその静寂を切り裂くように高らかに笑声をあげた。


『ハッハッハッハッハァ!!さーてそろそろ二発目のミサイル行くぞぉ!止まってていいのかね?』


モニターに映る如何にも伯爵といったような身なりの男は口を大きく開けて上機嫌そうに私にそう告げる。すると二発目のミサイルは私を通り越して爆発した。

2、3歩前に出ていたら死んでいただろう。


「突然現れてなんなんだよアンタ!…っ何が目的だ!」



『あれれ当たらなかったの?……自己紹介がまだだったね。私の名前はヘルズ・K・ラヴクロード。僕はヒトの形をした鬼。鬼人なんだよ。目的は世界征服とでも言っておこう。今日は自己紹介ついでにあわよくば君をぶっ殺そうと考えてるが、いいかね?』

「よくねえよ!!」


モニターの男は手を広げてそう言うと、また笑い、そして自身のデスクの上にあったなにかのボタンを押した。見るからに怪しいその赤いボタンは間抜けでよくあるポチッという効果音とともに警報のような何が鳴り響かせ、パトランプを光らせた。


聴こえてきたのはこれまた不愉快な『何か』の叫び声。もう聞き慣れてしまった私の大嫌いな声。


「Qgaggggaaaaa!!」


『ほらほらー早く逃げたまえ〜本体ごと移動させたぞー。しかも私特製の装置で撃つスピードも量も二倍だ!さて、このスクランブル交差点でどれだけ逃げれるかなぁ!』


男は楽しげに、心の底から愉快だと言うように笑声を漏らしながら私にそう言った。この静寂には五月蝿すぎるその声は軈て残響を残して消えた。


「アイツ、変形しながらこっち向かってくるぜ。打開策は?」

「ないよそんなもん。弔木、剣だせる?足止めできればこっちの勝ちなんだけど。」


ビルの屋上から飛び降りてきた弔木は瞬時に生き返り、頭を掻きながら私にそう聞いた。

せめて足止め出来れば問題は無いが…


「まだ無理だな。…その作戦、勝算は?」

「99%ってとこかな。」

「乗った。んじゃ、これで。」



そう言って懐からナイフを数十本取り出すと彼は向かってくる鬼に対し、投げつける。だがそれも虚しく、全て固まって十数メートル先に散らばった。


「…は?」

「なんだよ。」

「失敗してるじゃん!」


それもその筈、彼が持っているナイフは本来投擲に優れたものでなく、ただの市販のナイフだ。近くならまだしも、どれだけ自信満々に投げようとそれは落ちるのみ。

無理なものは無理なのだ。


私が彼の悔しいことに端正である横顔を見て固まり、今すぐにでも殴り掛かろうかと思っていたところ、彼は自身のスマホを取り出し、突然電話を始めた。



「俺だ。ナイフ投げといたから目印にしてくれ。」



そう言うと彼は一方的に電話を切り、その場に座り込んで欠伸をした。何故この状況で余裕をかましていられるのかが不思議だ。そろそろ私の拳も彼の顔面を欲しているところだろう。


体についた銃火器で独楽のように回転しながら周りの街を破壊しながら進む鬼はもう既に数十メートル近くに進んでいる。既にビルの硝子は割れ落ち、電柱は折れ、地面には小さな凹みを幾つも作っていた。


私は咄嗟に弔木の背後に隠れた。どうせ死ぬかもしれないならこいつを盾にすればなんとか…いや、ダメだ。二人とも死ぬ。


鬼は既に十数メートル、ナイフの山一歩手前にまで迫ってきていた。銃火器よる火薬の匂いが辺りを漂う。その香りは徐々に私に近づいてきている。

私たちに気づいていないのか鬼は破壊を続けながらただ直進した。


空が光った。

彼女はビルから飛び降りる。地面に落ちるまでの数秒間に彼女は天に手を掲げ、空に花を咲かせた。この薄墨色の空を焦がさんとするほどの夕焼けに見紛う程の橙の華だ。

軈てその光は彼女の左腕に集束し、小さな光となる。



「――大華焔、第二十八式『向日葵』!」


そう言って鬼に触れた彼女の輝く腕からはまた大輪の華が咲く。それは鬼を覆い隠すようにして弾け、装置そのものを破壊した。

鬼はその反動で前へと倒れる。アスファルトを削りながら引き摺るようにして私達の丁度目の前で動きを止めた。

それに弔木はまた大きく欠伸をした。

私は脚が動かなかった。


彼女がこちらへと歩いてきた。


「終わったわよ。どうだった?退院後初の爆発は。ずっと撃ちたくてうずうずしてたんだから。」

「凄い……うん。この一言に尽きる。」

「腹減った。早く終わらせろ。」


完全に静止した鬼へと一歩、近づく。

灰のような状態にはなってないことからまだ死んではいないのだろう。だが、動く素振りは見せなかった。

既にモニターから彼は消えていた。

私は倒れている鬼に手を当て静かに呟く。


「それじゃ、『――構成材質変形』」


全く朝から重労働をさせてくれたものだ。こちらにだって予定はあるのに。と、3人の気持ちを代弁するかの如く腹の虫は静かに、息を吹き返す世界に鳴いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「疲れたね」

「疲れたな。」

「疲れたわね。」


椅子に深く腰掛け、非常にリラックスした大勢で私達は安堵のため息をつき、そう言った。



「ここ、王城なんですけど……」



王は少々申し訳なさそうに眉を下げながら口元を緩ませ、弔木には少し怒りを見せる、そんな全ての表情を混ぜたような顔で私達にそう言うと、藤城さんは私たちにお茶を出して、残りの一席に腰掛けた。


「しかし、鬼人?ですか。よく分かりませんね。人の形をした鬼とか。妄言にも程がある。ちょっと頭の病気ですかね。」

「まあ確かに病気かってぐらい笑ってはいましたけどね…少し引っかかるような……そうでもないような。」



よく考えてみれば本当に意味のわからない奴だ。モニターに映っていた彼の見た目…まあ多少服が現代っぽくなかったがそれ以外は至って普通の外国人だ。


「でもアイツ、鬼に何か装置?みてぇなの取り付けてたぞ。」

「そうなんですか?」

「一応解析班の者には残骸の回収はさせていますが何しろ九割爆発してたもので……」


材質を解析しようにも全て爆発したのだった。もうこの上ないくらい木っ端微塵に。まあそのせいで助かったのだが。


「悪いとは思ってないわよ。アレ、止めなきゃ雪華が死ぬじゃない。」


目を逸らして澄香さんは紅茶を飲んだ。話題になった以上、少しは責任を感じているのか冷静を装って入るが少し声が震えていた。


「世界征服……外国人……テロ……外交問題……めんどくさい……」


もっと震えてる人がいた。身体が。

口に運ぼうとしている紅茶を全て零すほどに王様は頭を抱えて震える。本当に一国の王なのか、と疑いたくなるものだ。


「ま、まあいいでしょう。取り敢えずは。放っておかないと私の胃が死にます。それより、お二人共。退院おめでとうございます。」

「ありがとうございます。」

「……ええ。」

「まさか数日で六条さんの『彩』が開花するだなんて。驚きですよ。」


そう言って王様は私達に微笑んだ。

あの戦い、本当に短いものだったし、細かく覚えてはいない。記憶が一部抜けているところもあれば、凄く鮮明に覚えてる痛みもある。でも、私は勝ち取ったのだ。この力を、澄香さんを。


「……なぜ急に使えたのかはハッキリとは分からないんですけどね。でも何の問題もなく使えてて……」

「能力の急成長、ですか。無能力を含めて、ですが前例のない出来事だ。」


自分でもわからない。でも、少しだけ思い出したことがあった。前に見た夢。何の変哲もないただの夢で終わらせることも出来る。いや、それが普通だ。でも、なんだか一つだけ。おかしな夢をみたような――


わざわざ気にすべきことではないか。夢は夢だ。それ以外の何物でもない。

それより、今は今の話をしなければ。



「そう言えば私と夜汐さんの『作戦』は結局ダメになっちゃいましたね。お二人共が無事でよかった。アルジェント……厄介です。」

「そうね。このままアルジェントが放っておくとも思えないわ。」


冷静を装う彼女は、先程とは違う震えに、少し息を吐いた。


「一応玄関先にのみ監視カメラは仕掛けておきます?異常があればすぐに警察は駆けつけられますが。」

「……お願いします。」


やっぱり怖いんだ。いや、怖くないはずがない。彼女の震える冷たい手を握って、私はそう答えた。


弔木はまだ何か気になることがあるのか必死に自身のスマホをのぞき込み、何かを打っては消し、また打つ作業を繰り返していた。恐らく何かを検索しているのだろう。


「なぁ、六条。いやまあ六条だけじゃなくていい。知ってたら聞きてぇんだが。」

「何?」


「――いくら検索しても出てこねえんだけどよ。あのよくわかんない女が言ってた『レガリア』って何だ?」


彼がそう尋ねると目を丸くし、慌てて立ち上がった人間が1人、誰もその言葉を理解してないこの空間に存在した。勿論、私でも、澄香さんでもない。王様だ。


「レガリア……?何故それを…!」

「なんでって今回の事件に関わってっからだよ。よくわかんねーけど知ってんのか?」


別にこの部屋は暑いわけじゃない。それでも王様は、汗をかき、慌てながら弔木に詰め寄る。まるでその『レガリア』という存在自体が何か不味いものかと言う程に。


「陛下、そんなに取り乱されてはお身体に……」

「いや、大丈夫だよ。それよりこっちの方が大事だ。その名が出てきた以上、放ってはおけない。」

「そんなに大事なものなんですか?」


王様は小さく深呼吸をし、暫しの瞑目の後に重苦しそうに、声のトーンを普段よりずっと低く、言葉を選びながら語り始める。

慎重に、取り乱さないように。



「――大事、なんてもんじゃないんです。あれは、国家最高機密なんですから。」

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