第20話 『少女は不幸と彼女を呪う』

「まだ生きてんのかよ。あ?なーんで傷治ってんだァ?。もう一発撃ってみるかァ!」


男の声が聞こえる。それは鮮明に、何にも暈されることなく、私の耳へと届いた。なんて耳障りな声。こんな声聞きたくもない。不愉快だ。


男は黙って座り込む少女と事務員のような男を見たあとニヤリと笑って、血の上に倒れる少女に銃口を向ける。

彼らに見せつけてやろう、そう男は思ったのだ。

まだ数回しか使ったことのない銃を向け、引き金を引く。慎重に、殺さないように。愉快そうに笑みで顔を歪ませながら。

それが彼の最大の誤算だ。



「……なんだよ、これ!」

全く馬鹿だよ。お前は。


「何でこれ、こんな。いや、ありえねぇ!何で彼奴の血が!」

…相手を間違えたんだ。


「固まって…氷みたいに……!!」

氷、か。悪くない。


「1分。1分ねぇ。私には少し長すぎるよ天使サマ。でもまあ…仕方ない、か。」

「……テメェ!なんだその腹!なんだその氷!!」


ゼマーは声も体を震わせ、私に殴るように問いかける。そこにあったのは確かな恐怖だ。彼は今、私に恐怖を抱いている。悪い気はしない。


「ああ、私は彩を持たない『無能力者』だよ。あんたと違って、恵まれてない。」

「じゃあ何で血が固まってやがんだよ!!ありえねぇ!ありえねぇぞ!!」


相変わらず煩いな。本当に耳障りだ。耳を塞いでしまいたくなる。私は吐き捨てるように小さく呟く。


「……煩いな。能力指定、系統色、――確定。」

「お、おい。何を言ってやがる。……撃つぞ!」

「能力名、判明。分類、確定。」


「『範囲指定、広域化』」


彼は震えながらも照準を合わせ、私に向かって引き金を引いた。それは偶然だった。彼は勝った、とでも言うように笑みを浮かべた。蹌踉けながらも息を荒くして立つ彼は心底嬉しそうに、偶然を喜んだ。

震えてるのにここまで撃てるとは。及第点をあげるよ。


「…下手糞。」


でも血は流れない。だって


「構成材質把握。対象指定『砂』。構成材質、変換。悪いけど。効かないよ、それ。」


砂に変えたんだから。


私がそう言うと、彼は口をぱくぱくとさせながら声が出ないという風に驚く。彼が私に恐怖を示している。実にいい気味だ。気晴らしにはいい。


「――ありえねえ。お前は無能力者なんじゃないのかよ!話が違うぞ!なんだよ!なんなんだよ!!」


「……じゃあ説明してやるよ。その1、お前の能力の膜とやらを広域化して王都の外まで広げた。それで膜の中心地点は移動した。だからお前はもうただの雑魚。その2。銃弾を砂に変えた。だから効かないよ、それ。」


ゼマーが感じたのは紛れもなく、恐怖だった。恐怖と疑問で頭が埋め尽くされていく。どんどん思考が蝕まれ、それ以外の考えがなくなる。だが、なんとか声を出そうと彼は大きく声を発した。


「ありえねぇ!ありえねぇありえねぇありえねぇ!!!」

「……煩いな。ホントは最後までやりたかったけど時間か。まあいいや。」



私は空を見上げ、小さく微笑む。そこに意味など無く、理由も私にはわからない。でも、ただひとつ言えることがあった。私はこの空を、愛おしく思ったのだ。だから私は、目に焼き付けて眠る。

だがひとつ叶うなら、もう少しだけ『向こう』を見たかった。



◆◇◆◇◆



「クソッ……殺してやる。絶対に…絶対に……」

「……え?」


状況が飲み込めなかった。突然の殺害予告。何かに怯えたように手を震わせて銃を落とすゼマー。何がどうなっている?一歩、前へと脚を進める。


「ヒィッ!!」


彼が怯えていたのは私だった。威勢のいい殺害予告はどこへ行ったのか。私も状況が飲み込めないと言うのにどう言う風の吹き回しだ。


「ほぉ?やっぱりお前雑魚じゃねぇか。つまらねえ奴。なーんか枷もすぐ壊れちまったし。お、大丈夫か?六条。」

「うん、大丈夫。でもなんかまだ意識が曖昧で。」


弔木は何故か遠くの廃倉庫の瓦礫の山から大笑いしながらこちらへとやってきた。


「……さてと、こいつも弱くなった見てーだし?死に損ないにはキッチリと責任取らせねぇとなァ!!ゼマー!」


一歩、一歩と弔木は彼に歩み寄ってゆく。まるで夢を叶えた少年のように、心から愉快そうに。楽しげに。

まだ新品同様のナイフ150本は彼が全て持っていた。

殺す舞台は整った。だからゆっくりと怯える彼に歩み寄る。




「――やっぱりダメだったわね。貴方。使えないわ。」




弔木から彼までの二間。その間には突如として女性が舞い降りた。どこかで見た風貌。私が助け出そうとしていた『彼女』によく似た女性。

あまりに突然の出来事に、弔木と私は声を失った。



「あ、あんたか。助けてくれよ。あとちょっとで作戦は完了する……!」

「この状況で?貴方は馬鹿なのかしら。いえ、問うまでも無いわね。貴方は馬鹿よ。」

「どうか!もう1度だけチャンスをくれ!お願いだ!だからあれだけは!!」


必死に懇願するゼマーに対し、女性は冷ややかに、嘲るように鼻で笑った。


「無理ね。作戦のためにレガリアまで渡して力を増幅させたのにこの程度だなんて。弱者が足掻いたところで弱者っていう見本になれてよかったんじゃない?」

「あ、あ……あああ…」


「お前は……誰だ。」

「別に名乗る程の者ではないわ。だってここで貴方達は死ぬんだから。」


少し震えた声で彼女に問いかける弔木を女性はまた冷ややかに笑い、背を向けて話を続けた。


「辞めてくれ、あれは!あれだけは!!まだ嫌だ!」

「『まだ』ね。貴方、多分最後まで言うでしょう?残念だけど。」


女性は今までよりも冷たい声で、告げる。




「――解放しなさい?突柱鬼。」


「ありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇ!!辞めてくれ!死にたくない!嫌だ嫌だ!嫌だァaAaaAaaaa!!」



ゼマーは朝焼けの空に叫ぶ。いや、これはゼマーじゃない。ゼマーだったものは、朝焼けに雄叫びを上げた。目の前に広がっていたのは先刻の血や硝煙が生温く見えてしまうほどの、地獄。


「……なんだよ、これ。」


ゼマーは、ゼマーだった肉塊は徐々に形を変え、犀のような、巨大な化け物へと姿を変えた。なんだこれは。理解できない。この化け物だけじゃない。

光景を正確に認識するまで有した時間は30秒。それほどまでに私は頭が追いつかなかった。

何でこんなことに。何がどうなっている。


「何で、何でこんなこと出来んだよ!!仲間じゃないのかよ!」


それだけじゃない。何でこんなことが出来る。狂ってる。私は気づけば彼女を強く睨み、叫んでいた。

だがそれ以外、どうすることも出来ない。


「狂ってる、とでも言いたい目ね。私、何かおかしいことしたかしら?要らなくなったゴミを有効活用したのだから本来褒められるべきではなくて?それに、避けた方がいいわよ。」

「クソッ!」


気付かぬうちに、鬼は、ゼマーはすぐそこまで迫ってきていた。紙一重、弔木が私を担ぎ、後ろへと下がったことで鬼の突進は免れた。依然として狂ったように突進を続ける『それ』を睨みながら、弔木は話す。



「このままじゃスタミナ切れで死ぬ。俺は構わねぇがお前はどうする。あの速さじゃナイフも刺せねえ車も効かねえだろ!」

「どうするったって…!どうしようもない!」


物陰に隠れた私達は小さな声で話を続けた。

突柱鬼、彼女はそう言っていた。

『突』と言うように出鱈目に速い突進をしてくる。これでは弔木も避け続けるのは無理がある。

何処か弱点があれば。いや、速すぎて見つけられない。


「おい弔木!俺らはどうすりゃいい!」


遠くから突進の音に掻き消されそうなほど小さな声の主は片岸さんだった。


「まだ生きてたか。取り敢えずお前は何とかこっちこい。あとの二人に夜汐なんたらを助けさせろ!」


「嫌だ!だが仕方ない。分かった!」


既に破綻した作戦。何もかもが予想外だった。こんな物、目の前にしたところで瞬時に作戦が組み立てられる訳では無い。それに、状況全て予想を遥かに上回った。


鬼は破壊行為を続けている。止まっていれど、動いていれど、あれには全てが攻撃対象なのだろう。いずれここも――


「――あ。」

「あ?」


私達が隠れていた廃材を大きな影が覆う。其方を向いていた私は瞬時に気づけど、アレから逃げる足はない。


「クソッタレ!!」


私の腹には彼の精一杯の蹴りが直撃する。激痛が私の腹を襲い、私の傷口が開きながら片岸さんの方向へと一直線に飛んでいく数秒間、私は歯を食いしばり、瓦礫に沈む彼を見た。


ああ、何でいつもこうなるんだ。

激痛は止まず、私は不幸を呪うようにして、その光景を強く睨んだ。

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