第21話 『願望』

「弔木……!」

「待て、いくな。」


突柱鬼の暴走とも言えるその『習性』。それは止まることなく、ただ、破壊を続けていた。

瓦礫の山に埋もれる彼を助けに行こうとする私を片岸さんは止める。


「でも!弔木が!」

「忘れたのか。あいつは不死身だ。」

「でも、私を庇って……」


彼は私を庇い、攻撃に巻き込まれた。そこに優しさなどは無かったかもしれない。それでも助けられたという事実は変わらない。あのままあの場所に居れば生き返ろうとまた殺される。

ならば助けに行かなければ。


「片岸さん、ごめんなさい。」

「……何が、だ?」

「無理です。この場で黙って彼が何回も殺されるのを見てられない。」

「おい!何をするつもりだ!」


武器はない。鉄パイプ、これでいいか。あの硬い装甲、速い足。奴に奇襲は効かない。いかに作戦を練るかより、『今』行動することに意味があるだろう。死ぬかもしれない。

だからなんだ。不死身だからと言って殺され続ける彼を見ているだけなのが正しいことなのか。彼にだって痛みはある。

それを放っておくなんて私には出来ない。


「こっちだ!」


ならば音を立てるだけでもいい。気を引くだけでもいい。あの場からやつを引き剥がそう。私はそこら中にある廃材を鉄パイプで殴る。ただひたすらに音を立てる。

直後、音に気づいた突柱鬼はすぐにやってきた。狙い通りだ。


「あんな無茶な……っ!」


片岸はその光景を見ながら、一歩、後ろに進んだ。なぜあれに立ち向かえる。死ぬ可能性だってあるのに。もし、ここで死ねば。

ただ、そう考えるのみ。じっと隠れて好機を待つ。それが片岸の選択だった。

それもまた間違いではない。この状況において異質なのは六条雪華なのだから。


「……そろそろ不味いか。」


突柱鬼はここまで動いてなお、疲弊も疲労も困憊も見せず、ただ一直線に進んできた。そろそろ私のスタミナが限界だ。音は鳴らすものの、別に私の足は速い訳でもない。でも別に私が死んで隙を作れるなら、それでいいと思った。


「ほら!こっちだ!」

「rrrrRokuジyぉ憂?雪e津ka?_zmGzG?jk"eg#y?」


鬼は意味不明な言語の羅列叫びながら駈ける。その叫びは私達の他に人間のいないこの『世界』に響いては消える。


正直に言うと、怖い。手はさっきから震えている。もし今脚を挫いたら、なんて想像もしてしまう。でも私にはこれくらいしか出来ない。

力がないから、隙しか作れない。


「速い……っ来い!!」


確実に私と鬼の距離は縮まって行った。回避はまだ出来ているものの、もし一歩でも休めばすぐに追いつかれて殺される。それに、私のスタミナはもう殆どない。ただ体力が吸われていく。呼吸が苦しい。もうそろそろ限界だ。


「ほら!こっち……うっ」


つくづくツイてない。私はそう思った。今まさに想像してたことが起こったのだ。散らばった廃材に脚をぶつけて挫くだなんて。

馬鹿らしいにも程がある。


「rrok条?seeEeeaaAaarie??」


鬼は止まった。壁を背にして見上げる私の目の前で。じっとこちらを見つめて。何かの前触れか、それとも習性か。鬼ごっこは終わりだ。

そう言ったような気がする。

『彼』は私を強く睨む。この姿になってしても、私が憎いように。


「ありえない、って言いたいんだろ。お前。口癖か何か?それともそれしか話せないの?」


「aaAaariえ?0?arie?naい?aaA?」

「ほら、さっさと殺せよ。時間は稼いだ。あとはアイツに、任せ、る。」


息が切れる。さっきはそんなこと無かったのに。走ったからだろうか。疲れたからだろうか。それとも死ぬのが怖いんだろうか。もう終わることだ。どうでもいいや。




――何かが、刺さった音がした。




それは何かが肉を切り裂く音だ。

どこから聞こえたかもわからない、あまりいい気分ではない音。それは鮮明に、私の耳に入ってきた。血の匂いがする。いい加減この匂いも飽きたところだ。眼の前の巨体が暈ける。


私の腹には、いつの間に刺さったのか、それとも今刺されたのか。わからない杭のようなものが刺さっていた。


「お前が、刺した、のか。」


鬼は何も言わず私を見る。黙って、ただ蔑むように、虚ろな目で。


「……お前のせいで、何もかも、台無しだ。」


そう言えど、鬼は何も語らない。私の声は終わる朝焼けに消え、血だけが流れた。奴は何もせず、私の死ぬ瞬間を待ったのだろう。ただ、死に顔を観るために。


「aaAaaa?aaa……aAaaa」


また、意味の無い文字を並べる。壊れた機械のように、私には理解もできない。理解する必要もないだろう。


私は捨て台詞のように、鬼から目を逸らさずに、吐息混じりに言葉を紡ぐ。


「――成功させようと頑張った。

澄香さんを助けたいと願った。

無能力の私でも人の役に立ちたいと思った。

これまで『お前ら』のせいで何回も死んだ。

その度に歯を食いしばって立ち上がった。


でもダメだった。


何一つ、報われなかった。

アンタらのせいで日常も壊れた。

お前が人間だったかどうかなんてもう関係ない。全部、全部『お前ら』のせいだ。」


私を捕まえられなかったせいでお前は鬼にされた。憎いだろ、私が。

でも私のことが憎いのはお前だけじゃない。私も私が憎くて仕方がない。

でも今は、それ以上に。


「私はお前が憎い。憎くてたまらない。

皆を傷つけたお前が。

私から平和を奪った『お前』が。

……澄香さんを傷つけたお前が。」


私は、私の内に溜まっていた何かを吐き出すように、全てをぶちまける。

きっとそれは、黒い何かだろう。

きっとそれは、目も当てられない醜いモノだろう。

きっとそれは、本来、私が生涯吐き出すことの無かった、怨念だろう。


きっとそれは。



「だから。」



視界が霞む。



「だから私は。」




「――『お前』を絶対に許さない。」


この右手で掴んだものは夢でも、理想でも、あの羨んだ真白の月でもない。

この世界の中ではちっぽけな力。

忘れ去られた、人の望んだ御伽噺。

私のこの感情は醜い。自分の為だけの、自分が救われるためだけに存在する『正義』だ。


誰かを救ったとしてもそれは結果的にそうなっただけのこと。だが、それでもいい。

彼女を救えるなら。

今は、それだけで十分だ。



「行け。」


『aaAaAaaAaaaA!!!!』



少女は自分の背後から『真っ黒』な何かを飛ばし、杭を引き抜いて立ち上がる。その『真っ黒』は目にも留まらぬ速さで鬼に向かって一直線に、矢のように飛んでいった。


夜汐澄香の救出を終わらせた伽井達は片岸の元へ駆け寄り、その光景に目を疑った。


「片岸!何が起こってるにゃ!あれは……あの黒いのは……!」

「……俺達が戦った鬼か…?訳わかんねぇ。何であいつが……!」


『真っ黒』の斬撃に、砂埃が舞う。速すぎる。そして彼らが目を疑ったのはその存在だけじゃない。それが突柱鬼を圧倒していたからだ。

確実に、一歩ずつ。

突柱鬼は歩みを止め、後方に下がってゆく。


「やったか……!?」


砂埃が、突柱鬼の体を覆い隠す。

姿は見えない。血を少しずつ光によって凝固させながら立つ雪華は、ふぅと息を整える。数秒、時が止まったかのように静まり返ったこの空間には、また耳障りな音が響き渡る。




「innなaE絵iraaAaa阿aaA!!」



装甲の剥がれ落ちたその巨体は、蹌踉めきながら、砂埃を掻き消して私の前に姿を現した。そこに既に『真っ黒』の姿はなく、ただ天に咆哮する、異形がそこに立っていた。



「時間稼ぎごくろーさん。まあ助かったぜ。あとは俺がやってもいいけどよ。」


背後から服を払いながらゆっくりと歩いてきたのは弔木だった。見たところ体調は万全。特に問題もなく復活できたらしい。


「それは良かった。でも大丈夫。その代わりあとでなんか奢ってよ。」

「……なんか変わったなお前。面白ぇ。じゃあ俺は何すりゃいい。」

「そうだなぁ……」


私は一呼吸おいて、笑顔で彼に告げた。




「――私の腹でも切ってもらおうか。」


「……ほらよ。」



私の斬られた腹からは血が流れ出す。ドクドクと、止まることを知らずに。この感覚も久しいものだ。


……『真っ黒』と戦った時以来だろうか。身体を焦がすように熱く、切り口が別の生き物になってしまったかのような、錯覚。痛い。体が蝕まれていくようだ。


意識も絶え絶えに、私は腹に手を当てる。そこから流れてくる血は、すぐに私の手を赤に染めた。

呼吸が苦しい。でも、たった数十文字でいい。その数十文字で、全てを終わらせる。



「――構成材質、把握。」


もっと、強く。


「物質形成……形成対象指定、『血液』。」


もっと、もっと強く。

私が作り上げるのは。


「――『構成材質、改成』!!」


私が作り上げたのは。

――醜く、歪んだ今の私自身の写身だ。



「……ほぉう。イイじゃねぇか。良く斬れそうだな。」

「歪んでるけどね。」

「上出来だよ。そんなモン、斬れりゃなんでもいいんだからよ。」


自分のための、自分のためだけの、正義。

最早そこに秩序も誇りもない。

ただ獣のように、真っ直ぐに己が望みを叶えんとするための、紅く、赤く、緋い、血の剣。



「おお、止血もできんだな……そういや。剣の名前、決めたのか?」


能力で腹の傷を無理矢理に固めている私に、彼はニヤリと笑いながら立ち去る間際にこう尋ねた。


「……そうだね。今決めたよ。」

「ほう。どんな名前だ?」



相応しい名前は、既に心の内にあった。今の私の写身。間違いない。


彼には、そのままだ、なんて笑われるかもしれない。

誰かには、醜い名前だ、と嗤われるかも知れない。

また誰かには、『君らしい。』と笑われるかもしれない。



「……願望ディザイア


私が笑顔でそう告げると、彼もまた、にししと笑って私に応えた。


「お前らしい。」

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