第22話 『夏の始まり、涙と傷跡』

溺れるような暗闇。息継ぎなどさせてはくれないほどにそこは深く、不鮮明で苦しかった。地上うえから指す光は小さく、今にも消えそう。

そんな夢を見てた。ただ起きた時、やっと苦しさが取れた。そんな感じがした。


私が目を覚まして見たのは白い天井。知らない天井。知ってる臭い。

横に座っていたのは弔木だった。


「お、起きたか。」

「あれ……私…ここは?」


「起き上がれるか?病院だ。アレと戦ったあと、お前ぶっ倒れたんだぜ?そりゃもう、スタミナ切れ!って感じにバターーンてよ。突然過ぎて驚いた。」


彼は大きな声で笑いながら私に話した。その声も今は少し、耳に響くものだったが。


「ちゃんと倒せたんだ。私。」

「ああ。良くやった。ま、俺も殺したかったけどな。借り一つだ。いつか…まあ、ラーメンでも奢れば気は済むか?」

「ああ、それでいいや。」


私がそう答えると、病室のドアが開く。入ってきたのは片岸さん達だ。


「お、目覚めたか。」

「お疲れ。いやー凄かったよ。色々。」

「大丈夫だったにゃ!良かったにゃぁ……」


口々にこの状況の感想を述べていく片岸さん達。猫撫さんは涙目になりながら抱きついてきた。少し腹が痛んだが気にはしない。


「…ありがとうございます。私そんなに大したことはしてないと思うんですけど……そうなら、嬉しいです。」

「謙遜は良くないにゃ。もっと胸を張っていいにゃよあの戦いぶりは。」

「そうだな。無能力だったとは思えない。」


そう談笑しているとまた扉が開く。

聞こえてきたのは私が今、一番聞きたかった声だった。


「全く、ここが病院で、彼女が怪我人だと考慮しての行動なのかしら?『仮面屋』さん?」

「…夜汐さん。」

「澄香、でいいわ。あの時のように。」


彼女はそっぽを向きながら風で黒檀のような黒髪を揺らし、私にそう告げた。


「あれ、聴いてたんだ。澄香さん、身体は……なんともないの?」

「貴方こそ、よく死ななかったものよ。ここ、いいかしら?」

「う、うん。」


彼女は私のベッドの横に椅子を起き、座る。片岸さん達に何やらアイコンタクトを取ると、片岸さん達と弔木は速やかに退室した。


「まずは……その、ありがとう。それとごめんなさい。私の為に、私のせいでこんなことになってしまって。」


今度は彼女は私の目を見て謝って深く頭を下げた。


「頭上げてよ。いいんだ。私がしたくてしたことだから。」

「……私のことなんて放っておいて逃げれば良かったのに。」

「澄香さんがあんなふうにされてるのに放っておくなんて私には無理だよ。」


そう言うと澄香さんは悲しそうに目を逸らして呟く。


「それじゃ、いつか死ぬわよ。」

「はは。もう何回も死んでるよ。」


呆れた、と言ったふうに小さくため息をついた澄香さんに、私は一つ質問をする。


「そう言えば、まだ気になることがあって。」

「なんでも答えるわ。それくらいはさせて。」


彼女は私の手を強く握ってそう言うと『ごめんなさい』、と言って手をすぐに離した。握っててくれてもいいのに。


「……澄香さん、私に初めてあった時、『殺す』って言ったよね。あれは……どういう意味だったの?」

「貴方を逃がそうとしてたの。まぁ、捕まってそれも無理だったけどね。」

「逃がす?」


ええ、と頷いて彼女は続ける。


「『アルジェント』に所属してすぐに、その作戦を聞いたわ。その任務を成功させればゼマーを幹部にするっていう話も。そこで私は王に掛け合ってなんとかこの国から逃がすか、どこか安全な場所で匿うか、という作戦を計画した。」


「そこで『六条雪華保護計画』を議会で話し合うその日、計画がバレて私が捕まって無理だったってだけの事よ。『殺す』って言われれば自分の身を案じて家から出ないかと思ったけど……」


また彼女は呆れたようにため息をついた後、小さく微笑んだ。本当に最初の頃は少し敬遠していたが話してみれば凄くいい女の子だ。

こんなに話してて楽しいのは久々だ。


「……ごめんね。私のせいで。」

「いいのよ。私がしたくてしたこと、だから。」


そう言うと私達は互いに小さく笑いあった。


「そう言えば……そもそも何で澄香さんは『アルジェント』に雇われてたの?話した感じそんな人には見えないけど。」

「話せば長くなるわ。でも、聞いてくれると言うのならなら。全部話す。」

「いいよ。いくらでも。それくらいしか出来ない。」


私がそう言うと澄香さんはゆっくりと語り始める。


「私にはね、父がいたの。研究者で、男手一つで私達を育ててくれて、優しい父だった。」

「うん。」

「それに、研究熱心だった。でもね、ある日を境に父は変わった。研究熱心の度が過ぎた、のかもね。もうあれは狂気だったわ。薄暗い部屋で何かを作っては壊して、その毎日だった。」

「うん。」

「それで、『アルジェント』みたいな所からお金を沢山借りた。本当ならば、一生遊んで暮らせるほどのお金。それで返せなくなったの。」

「うん。」

「その後、父は死んだわ。何処かで遺体で発見された。警察が言うには自殺だそうよ。身体には無数の切り傷があるのにね。」


「そっか。それで、か。」



辛いことが沢山あったんだ。思い出して泣いてしまうほどに。私なんかが比べてはいけない程に。

泣いた彼女の顔は、私の胸を締め付ける。


でも少し涙目になりながらも堪えて話す澄香さんに、私は何をすればいいかは知っていた。

こういう時、悲しい時。

父がよくしてくれたことだ。


私は澄香さんの頭に手を置いて、撫でた。あまり慣れてないことだから少し不器用ではあるが。


「な、にかしら。」

「辛かったね。頑張った。」


カッコつけてみたけど、利き手じゃない左手だ。それに、撫でるのもあまり得意ではない。右手が痛くてあまり動かないから仕方が無いことだけど。



『「――偉いよ。澄香は。」』



少女は大粒の涙を流す。いつか聞いた優しい声と重なったのは、自分を救った少女の声。父はいつもこうして自分を褒めてくれた。それを思うだけで、涙が止まらない。

だが、『それでいい』というふうに少女は頭を撫で続ける。



「良いんだよ。弱音を吐いても。どれだけ泣いても。辛かったよね。大変だったよね。」


彼女は何度辛い思いをして泣いただろう。私にはわからない。それでも、今。彼女が報われたと思えるのなら。

私は痛む右手を無視して、彼女を抱きしめる。

泣き続ける彼女の頭を撫で続けて。



少女は泣き止むまでこうして居よう。そう決めた。どれだけ体が痛んでも。どれだけ右手が痛んでも。


病室には、どこからか花の匂いが入ってきた。それは、あの硝煙の香りでもなく、舞う砂埃の臭いでもない。

私は全てが終わったことへの安堵を胸に、こう提案する。彼女なら、澄香さんならきっと頷いてくれるだろう。



「ねぇ、澄香さん。」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



少年少女の戦った、廃倉庫の屋根の上、自分のノートパソコンを開き、何かを打ち込んでいる男はニンマリと、楽しそうに笑を浮かべた。


「……貴方はあの子達の味方じゃなかったの?」

「ああ、僕は楽しくなればいいからね。それに普通にしてたって君らは負けるだけだ。実につまらない。」


女の問いに、男はまた笑って、楽しげに答える。


「君、サッカーや野球のスポーツは見るかい?まあバスケットでもバレーでもいいけど。」

「バレー?ってのはよく分からないけどたまに野球は見ていたわ。もう何年も前のことだけど。……なぜ?」


男の問いに、女は不思議そうに首を傾げて答える。


「チームが対戦するとしよう。片方はプロ、もう片方はそこらの大人を寄せ集めた草野球チームだ。この場合、どちらが勝つと思う?」

「勿論、プロのチームね。」


女はまた不思議そうに答える。


「そんな試合見たいと思うかい?結果が分かってる試合ほどつまらないものはないと思うんだけど。」

「全く貴方という人は……いつもいつもそんなことで。」

「おっと、君のボスから電話だよ。」


女の話の途中で男は、そう言ってポケットから端末を取り出して電話を始める。


『あら、『傍観者』ちゃん?お久しぶりね♡その後変わりないかしら。』

「ええ、不健康極まりない生活は送ってますがね。」

『気をつけなきゃダメよォ?『傍観者』ちゃんはお肌キレイなんだから。それで話は変わるけど……今回、なぜ失敗した?』


電話の向こう冷たいの声に、女は少し身震いをする。それを横目に、したり顔の『傍観者』はヘラヘラと笑いながら答える。


「っはははは!まさかこちらに非があるとでもお思いで?」

『そうじゃなかったら何だと?』


「あれは彼の力不足ですよ。彼は弱すぎる。大型の鬼になってさえ負けるだなんて。次はもっといい使い捨ての手駒を用意しとくべきですよ。」


そう言うと、電話の向こうの声は小さくため息をついて元に戻ったように答える。


『それもそうね。頭が冷えたわ。ゼマーちゃんは確かに可愛がってはいたけど雑魚は雑魚。怒っちゃってごめんなさいネ。次、期待してるわ♡じゃあね〜』


「あー……切れたね。ま、いいか。君、ちょっとビビったでしょ。」

「あの人、苦手なのよ。私も、あの子も。知ってるでしょう。」

「それもそうだね。僕も好きじゃない。」



そう言ってパソコンの作業に戻ろうとした男に、女はまだ疑問があるのか、数秒考えた後、男に問う。


「本当に彼の力不足だけかしらね。」

「それはどういう意味だい?」

「貴方、なんか弄ったでしょ。」


男は一瞬目を見開いて固まった後、顔を手で覆い、大声で笑い始めた。


「よく気づいたもんだ!そうだよ。彼の機能の一部を弄ってね。『突柱鬼』が走ったあとの地面には石の柱が出てくるんだ。それをちょいちょい、っとね。」

「それがあれば任務は遂行できた。何か理由はあるのかしら?言い残すことは?どうせ貴方のことだから大した理由ではないのだろうけど。」


蔑むような冷たい視線を自分に送る女に向けて、『傍観者』は怯える素振りも見せず語り続ける。


「まあ単純に、こっちが圧勝するのも楽しくないかなーって思ったのもあるけど――」

「けど?」


『――六条雪華を覚醒させることでこれからが楽しくなる、からかな?』


呆れたように冷たい視線はそのままに、女は男を睨みながら、静かに立ち去った。



夏の始まり、真昼の太陽。そろそろ熱くなってくる頃だとコートについているフードを被った『傍観者』は息を吐き、静かに目を閉じた。


『傍観者』は観るという役目のために生きている。その役目に終わりはない。力を手にした少女も、殺人鬼も、一国の王も、首斬りも、情報屋も、全てが対象だから終わりなど見えるはずもない。


『傍観者』は目を開けると立ち上がり、伸びをした。次は何を観ようかと心を踊らせ、歩き出す。

マフィア?ギャング?それとも大量殺人事件の生き残り?天の上の国だっていい。



――それとも、『26年前の記憶』でも観に行こうか。

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